第28話 社畜、犬好きとの邂逅
統率を失った魔物たちが散り散りに逃走し、あるいは兵士たちに倒され、やがて砦に静けさが戻った。
しばらくすると、重たい音がして城門がゆっくりと開いた。
城門からは、鎧姿の男女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
女性はロルナさんだ。
男性の方は……どちら様だろうか?
「やはりヒロイ殿だったか」
ロルナさんは俺に近づくなり開口一番そう言って、納得したように頷いた。
「どうもロルナさん、ご無沙汰しております」
「うむ。ヒロイ殿こそ壮健のようだな。……それで、今日はどのような用向きでこの場所へ?」
ロルナさんの顔は少し疲れが見える。
やはりタイミングが悪すぎたか?
とはいえ、こうやって出てきてもらった以上は「やっぱいいです」というわけにはいかない。
「できればこちらの砦でも商売をさせていただければと思いまして。厚かましいかとは思いましたが、まずはロルナさんにご挨拶にお伺いしました。……取り込み中でしたか?」
「いや、つい先ほど片付いたところだ。砦内は少し慌ただしいが、問題ない」
言って、ロルナさんが周囲を見渡す。
砦と、俺が出てきた森の間にある平地には、静かな風が吹き抜けている。
戦闘が終わったこの場所には、辺りには俺たち三人しかいない。
さっきの大騒ぎがウソのようだった。
彼女が続ける。
「ふむ、商売か。もちろん私としては歓迎したいところだが……」
と、ロルナさんが少しだけ逡巡するように黙りこみ、それから再び俺を見た。
「その……つかぬことを聞くが、オークコマンダーを倒したのはヒロイ殿か?」
なぜかおそるおそるロルナさんが聞いてくる。
ここは肯定していいかどうか悩むところだが、まあドラゴン倒したときにある程度こちらの手の内は知られている。
それにあのボスオークは明らかに砦を攻めていたからな。
ロルナさんたちとは敵対関係にあるのは間違いない。
そしてそれはつまり、ここで商売をしたい俺の敵ということでもある。
「まあ……そうです」
だからまあ……ここで肯定しても、特に問題ないだろう。
というか、あの魔物はオークコマンダーというのか。
『鑑定』を掛けるまえに倒してしまったけど、鎧とか着ていたけどオークの親玉っぽい感じだったからな。
「なあ騎士殿、本当にコイツなのか? ドラゴンを倒したって商人は」
と、声を上げたのはロルナさんの隣に立っていた鎧姿の男の方だった。
洋画とかで出てくるアクション俳優みたいな体格のワイルドなオッサンだ。
歳は俺と同じくらいだろうか?
背は俺よりずっと高い。185cmくらいありそう。
つーか背負っている剣でか……でっか!
ワイルドオッサンの身長より長くないかこれ。
あんなの、ちゃんと振り回せるのか!?
まあさっき振り回してるの見たけどさ。
あと目つき、怖っ! なんかめっちゃ睨まれてるぞ……
「あぁ兵士長、すまない。紹介がまだだったな」
と、俺とワイルドオッサンの空気感に気づいたらしく、ロルナさんが間に割って入ってきた。
「こちらが先日私とアンリ様をワイバーンから助けてくれたヒロイ殿だ。ヒロイ殿、こちらは監視砦の兵士長、フィーダ・バルベストだ」
「初めまして、廣井アラタと申します」
「……フィーダだ。そこの砦で兵士長をやっている」
フィーダさんがそれだけ言うと、「ふーん」とか「ほぉん?」とか「おお?」とか呟きながら、俺の周りを回りながらジロジロと眺めまわしてきた。
まるでカツアゲ前のヤンキーみたいだ。
あとたまにヤンキーどころではない鋭い殺気みたいなのを飛ばしてきて怖い。
まあ、俺もいちいち反応したりはしないけど。
というか、巨狼状態のクロに比べてしまうと、どうしても威圧感がもの足りなく感じてしまうのだ。
さすがにスライム以下とまでは言わないけども、ダンジョンの死霊術師率いるスケルトン軍団に囲まれたときの方がまだヒリヒリ感があったし。
ちなみに当のクロといえば俺を見つめながら舌などを出してハッハッして見たり、なぜか楽しそうにしている。
なんなんだお前は何か言いたいことがあるならハッキリ言えっての。
……ケンカなんて買わないからな?
「なるほど……よく分かったぜ」
何がよく分かったのか分からなかったが、フィーダさんはひとしきり俺を眺めまわしたあと、ひとり勝手に納得したようでウンウンと頷いた。
「騎士殿、あんたの言う通りだ。コイツは強ぇ。俺の殺気にまったく動じないたぁ、普通じゃねえよ。だがまったくそう見えねぇのが厄介だな。見た目は完全に王都の商人見習いって感じだからな」
「あ、ありがとうございます?」
なんだろう、この褒めてるのか
とはいえ、俺もよく訓練された社畜だ。
こういうときは曖昧に笑みを浮かべておくに限る。
「それに、だ」
言って、フィーダさんがいきなり俺の足元にしゃがみこんだ。
どうやらクロに興味を示したらしかった。
ちなみにクロはフィーダさんにあまり関心がないらしく、ツーンとすました様子だ。
「見ろ、騎士殿。コイツの連れてきている犬の毛色の艶、目の輝き……それに、このプライドの高さ。間違いなく大事にされている。俺の言っている意味、分かるか?」
「いや……すまない兵士長。馬なら分かるが、犬は飼ったことがない」
困惑した様子でフィーダさんを見つめているロルナさん。
彼女の気持ちは分からないでもない。
しゃがみこんだままクロを眺めるフィーダさんの顔は、完全にデレデレだったからだ。
アクション洋画風ワイルドオッサンの風格は、どこにもなかった。
さてはこいつ……重度の犬好きだな?
急に親近感が湧いてきたぞ。
「いいか騎士殿」
フィーダさんがスッと立ち上がって、ロルナさんに向き直った。
それから彼は、真剣な表情で力強く宣言する。
「犬好きに悪いヤツはいねえ」
うんうん、俺もその意見だけは賛成だ。
特にクロは可愛いからな。
まあ実際は犬好きでも悪いヤツはたくさんいると思うけどさ。
だってほら、映画の黒幕とかって葉巻咥えながら豪華なイスでふんぞり返り、小型犬とか膝に乗っけて撫でくりまわしてるイメージだし。
「…………」
ちなみにロルナさんは宇宙猫みたいな虚無顔になっていた。
もしかしたら、フィーダさんは普段こういうそぶりを見せないタイプなのかもしれない。
そんな彼女の様子を察しているのかどうかは分からないが、フィーダさんがツヤツヤした笑顔でガッ! と俺の肩に手を回してきた。
「ヒロイ殿……だったか? ようこそ『監視砦』へ。しけた場所だが、歓迎するぜ」
それでいいのか兵士長さん……
まあ、俺にとっては願ったりかなったりだけどさ。
というわけで、砦の内部にお邪魔する運びとなった。
……ちなみにフィーダさんだが、その後俺を砦に入れるために砦の門番さんに指示を出したり真面目に手続きをこなしていたことを付け加えておく。
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