第26話 社畜、敵将を討ち取る

 見えたのは、周囲の連中より一回りも二回りも大きなオークだ。


 派手な鎧と矛のような武器を振り回して周囲を怒鳴りつけている。


 その様子が遠くからもよく見て取れた。



「あいつ、敵の指揮官だよなどう見ても」



 そうでなくても重要な存在なのは間違いなさそうだった。


 少なくとも、アイツの号令を起点に魔物の軍勢が動いているのは少し見ていれば分かる。



 おそらく砦からもその様子は確認できているはずだが、残念ながら矢や投石や魔法では届かない場所にいるため手をこまねいて見ているしかないという状況のようだった。



「なあクロ。あいつを倒せばこの戦いは終わると思うか?」


『…………』



 クロは俺の言葉が分かっているのか分かっていないのか、小首をかしげてこちらをじっと見つめている。


 まあ、ちゃんとした返事が返ってくることは期待してないけどな。



 でも、誰かに問いかけるという工程は大事だ。


 これで覚悟を決めることができる。



「そんじゃま、やってみますか」



 俺は一度深呼吸をしてから、オークの指揮官……ボスオークに視線を合わせた。


 それから、魔眼に強く力を込めていく。



 ――キイイイィィン……



 耳鳴りのような音が頭の中に響き渡る。


 『魔眼光』のチャージ音だ。



 大丈夫、問題ない。



 コイツのマックスチャージ出力は数百メートル先のドラゴンを撃墜できる程度の威力と射程があることは確認済みだ。



 問題はあのボスオークの兜だ。


 素材は金属か何かに見えるが、実際はどうか分からない。


 異世界だし、もしかしたら魔法的な素材でできているのかもしれない。


 さすがにドラゴンの頭骨より硬いとは思えないが……万が一ということもある。



 ただ、幸いボスオークの着込んでいる鎧は派手ではあるが、いわゆる全身鎧ではなかった。


 おそらくあの鎧姿は、敵を威圧し、味方を鼓舞するためのものなのだろう。


 だから肌が露出しているところが多い。


 首の付け根などはその最たるものだ。



 ……狙いは、あそこにするか。



 『魔眼光』の衝撃力は少なくともドラゴンの頭部をまるまる吹き飛ばすほどだ。


 首元に直撃すれば、確実にあのボスオークを仕留めることができる。



 ……よし。その方向でいこう。



 ――イイイイィィン……



 方針が決まったところでチャージが完了した。


 あとはタイミングを見計らって発射するだけだ。



 できるだけ外さないように、アイツの動きが止まった瞬間を狙う。


 ただ、その瞬間がなかなか訪れない。



 さて、どうするかな……



 と、そこでちょっとしたことを思いついた。


 本当に戯れのつもりだった。



「クロ、大声で吼えられるか? あのボスオークを振り向かせたいんだが」



 言ってみただけだ。


 もちろんクロが俺の言葉を解するとは思っていない。


 それにここから吠えたら俺たちの居場所がバレてしまうからな。


 だが。



『ウゥ~……――――ッ!!』


「えっ」



 クロが唸り、そして吠えた……ような気がした。


 『ような気がした』のは、クロの吠え声が全く聞こえなかったからだ。


 だというのに、大声で吠えたように大きく口を開けていた。


 なんだ、これ?



 ……と思ったら。



 なんとボスオークが動きを止め、こちらを窺うように振り向いたのだ。



「今だっ……!」



 まちがいなくチャンスだった。


 クロがあのボスオークに何かをやったのは間違いない。


 けれども、それを確認するのはあとだ。


 アイツがこちらを完全に認識する前に。



 俺はボスオークの首元めがけて、『魔眼光』を発射した。



 ――パシュッ



 次の瞬間ボスオークの頭がきれいさっぱり消え失せ、少し遅れて小さな破裂音が耳に届いた。


 それから少し遅れて、ズズン、という重たい地響き。


 見れば、『魔眼光』がボスオークの頭を貫通して砦の城壁の一部を破壊していた。


 やべっ……本気出しすぎたかも……



 さすがにちょっと血の気が引いたが、仮に怒られが発生しても不可抗力ってことで押し通すしかない。



 ともあれ、ボスオークを仕留めたのは間違いなかった。


 周囲の取り巻きたちが慌てたように右往左往している。



「クロ、とりあえず場所を移すぞ」


『…………』



 魔物たちがこちらに気づいた様子はない。


 けれどもスナイパーというのは、場所を特定されると終了だ。



 というかあの量の軍勢がこっちに気づいたら冗談抜きで終了だからな。


 俺はクロを連れて、急いで森の中に駆け込んだ。



「ふう……どうやら気づかれてないみたいだな」



 こちらに向かってくる魔物がいないことを確認し、ひとまずほっと一息つく。


 城壁のことはもう考えないことにした。



「なあクロ、お前さっき何をやったんだ?」


『…………』



 問いかけるも、クロは金色の目で俺をじっと見つめて小首をかしげただけだった。



『――――ッ!? ――――ッッ!?!?』


『――――!! ――ッ!』



 一方魔物の軍勢は、指揮官がいなくなったことで徐々に動揺が広がっていくのが分かった。



 最初はボスオークの取り巻き。


 その次に各部隊の長らしき魔物たち。


 それから城壁に取りついた歩兵たち。



 それらがどんどんと統制が取れなくなり、戦場全体が混乱状態に陥っている。



 ゴブリンやオークたちはさすがにまだ組織だった動きをしていたが、それでも指示が飛んでこないことに気づいたのか徐々に戦場から逃げ始めていた。


 城壁を破壊しようと大暴れしていたトロルに至っては、急に指示がなくなったせいか城壁の真ん前で立ち尽くしている。


 空を飛ぶドラゴンなんて、無秩序に周囲を飛び回ったり自分に乗っているゴブリン兵を食い殺したりしてした。



 魔物の軍勢は、完全に統率を失っていた。



 そして……



「お、あそこだ! 見えるかクロ。あそこにロルナさんがいるぞ!」



 ここからだとかなり遠目だが、城壁の上で暴れまわる女騎士とでっかい剣を振り回すおっさんが見えた。


 間違いない。


 あの銀髪はロルナさんだ。


 おっさんの方は知らない顔だが……砦の関係者だろうか?



 ……それはともかく、よかった。


 俺はホッと胸をなでおろす。


 あの人、生きていたんだな。



 とりあえず状況が落ち着いたらロルナさんのもとに向かうとするか。

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