第25話 社畜、戦場に降り立つ
「……オイオイなんだこれ」
森から出たところで立ち尽くす。
眼前で起きているのは、間違いなく『戦争』だった。
砦の城壁に押し寄せる黒々とした群れ。
それを退けるべく城壁の上から降り注ぐ矢の雨。
熱した油と思われる液体。
大きな石。
魔法と思しき閃光や炎。
それでも砦の状況は厳しそうだった。
なぜかと言えば、攻め手側が圧倒的に多いからだ。
ぱっと見、二千や三千ではきかない量が押し寄せている。
それらが城壁にとりつき、あるいは長い梯子を掛け、上を目指している。
かたや、城壁の兵士は百人程度。
城壁の外に出て応戦している騎馬兵もいるにはいるが、数十騎程度。
押し潰されるのは時間の問題だろう。
それに、航空部隊らしき連中の攻撃も脅威だ。
そいつらは翼のある魔物――この前倒したのより小さいが多分ドラゴン――の背に乗り、砦の塔に攻撃を繰り返しており、砦の塔を中心としてかなりの被害が出ていた。
「あれって、魔物だよな」
攻め手側は、明らかに人間のシルエットではなかった。
一応防具で身を固め、剣や槍を持っているが完全に魔物だ。
俺がゲームとか漫画とか小説で得た知識によれば、ゴブリン、オーク、それにトロル。
トロルは巨大で、象ほどの大きさがあるから遠目からでもよく見える。
あっ……今巨大な棍棒で城壁の中腹を打ち壊した。
どうやら城壁内部には部屋があるようで、崩れた壁面に大きな穴がぽっかりと空いている。
そこにゴブリン兵たちが梯子を掛け、内部に侵入を試みている。
もちろん砦側もそれを防ぐべく応戦を試みているが、数が多すぎて対処が間に合っていない。
これは……マズいときに来てしまったなぁ。
完全にお取込み中だ。
というか、このまま砦が陥落してロルナさんが死んでしまったりしたら、俺は商売どころじゃなくなる。
見込みとはいえ取引先が消滅するのは非常にマズい。
これはどうしたものか……
『ガル……』
「ん、どうしたクロ」
急にクロが足元で唸り声を上げた。
見れば、毛を逆立てて森の横を睨みつけている。
俺もそっちを見た。
「……マジかよ」
『ギィッ!』
『ギャッ、ギィッ!』
『ブフーッ!』
『フゴゴッ!』
武装した魔物の集団がこっちを睨みつけているのが見えた。
ゴブリンが二体に、オークが二体。
どうやら軍勢から分離した部隊のようだ。
遊撃隊とか、斥候兵の類だろうか?
巨大なトロルがいないのだけが救いだが、これは……かなりヤバい状況なのでは。
『ガルルッ!』
クロが唸り、巨大化する。
つまりそれだけ危険な状況と言うわけだ。
まあ見て分かるけどさっ!
「……くそっ!」
俺も『魔眼光』をいつでも撃てるように身構える。
念のため、新しくゲットした直剣を鞘から抜き放ち、正面に構えた。
……高校の体育で何度か剣道の授業があったけど、構えってこれでいいんだよな!?
『ギィッ!』
しばしの膠着状態を経て、ゴブリンの一体が突撃してきた。
武器は棍棒を持っている。
狙いは俺だ。
「ぬわっ!?」
ブン、と振り下ろされた棍棒をどうにか避ける。
それほど速くはない。
だが本格的な殺意を受け、一瞬戸惑ってしまった。
『ガウゥッ!』
だがそれが開戦の合図になったようだ。
クロが吠え、二体のオークへと突撃する。
『ギィィッ!』
「うわわっ!?」
とはいえ、俺ものんびりクロを観戦していられない。
二体目のゴブリンが攻撃を仕掛けてきたのだ。
こっちは鉈のような武器を持っている。
……こっちは喰らったら打撲とかじゃすまないぞ!
『ギィッ!』
「おっと」
『ギッ!』
「……よっ」
二体のゴブリンが猛然と攻撃をしかけてくる。
けれども……
『ギギッ!』
『ギイィッ!!』
「あれ……?」
たしかに迫力はすごい。
向こうは俺を殺しにきているのだから当然だ。
殺気というのをビシビシ感じる。
だから怖いことは怖い。
けれども。
「うーむ……」
俺は二体の攻撃を避けながら、考え込んでしまった。
なぜかと言えば。
コイツら……ものすごく必死なわりに、めちゃくちゃ動きが遅いのだ。
しかも、攻撃の筋が読みやすくてほとんど動かなくても身体を少しずらしてやるだけで簡単に躱せてしまう。
あれ、これってもしかして……簡単に倒せる感じ?
正直なところ、ゴブリンを殺すことにあまり抵抗感は感じない。
不思議なもので、まるで罪悪感がそのものが存在しないとでもいうように、気軽な心持ちでコイツらの処分方法を考えてしまっている。
これは魔眼が覚醒したからだろうか?
それとも、これまでにたくさんの魔物を倒してきたからだろうか?
まあ、今はどちらでもいい。
殺さなければ殺されるのはこっちだ。
ならば、選択肢はそもそも存在しない。
「悪く思うなよ。お前らが売ってきたケンカなんだからな」
言って、俺は直剣でゴブリンの首をスッと薙いだ。
ちょうど、棍棒を振り下ろしてできた隙に。
『ギッ――』
それで、ゴブリンの首がポロリと取れた。
どういうわけか血は出ず、ただ黒々とした断面だけが見えた。
――ボシュッ
次の瞬間、首を落とされたゴブリンの身体が淡い光に変わり、消滅した。
ああ、そういえば魔物って死ぬとこうなるんだったな。
よかった。
これならあまり罪悪感を感じなくて済みそうだ。
『ギギッ――』
残る一体も、あっさりと処分完了。
さて、残るはオークだが……
『…………』
すでにクロが二体ともやっつけていた。
「おお、やるなぁクロ」
『…………フスッ!』
ドヤ顔の代わりに鼻を鳴らすクロは、すでに豆柴サイズに戻っていた。
さて、この後はどうしたものか……
個人的には、おそらくこの戦場のどこかで戦っているはずのロルナさんのもとへ向かいたい。
だが、それには当然魔物の軍勢を突破する必要があるだろう。
「さすがにそれは無理だよなぁ……」
今の俺のスキルで、あの大軍をどうにかするものは存在しない……はずだ。
一応『隠密』を使えば魔物たちに見つからず砦内部に入ることはできそうな気もするが……
まだ効果を確かめていないので、さすがにぶっつけ本番はリスクが高すぎる。
「……ん?」
と、砦の戦いを眺めていたら気づいた。
軍勢の一番後ろに、他の魔物より二回りほど大きなヤツが両手を大きく振ったり吼え声を上げたりしている。
しかし、ソイツはその場からまったく動いていないのだ。
魔物としては、オークに見える。
だが身に着けている鎧や武器は他の奴らと比べかなり立派に見える。
あれ? もしかしてアイツって……
魔物軍の指揮官じゃね?
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