第24話 社畜、副業を始める

 ――そうだ、副業をしよう。



 そう思いついたのは、例のダンジョンの入口に放置したままの戦利品を思い出したからだ。


 これらをお金に換えようと思った。



 もっともダンジョンの構造は一定期間で初期化(?)されるようだから、アイテム類は消滅している可能性があるが……


 もしそうでも問題ない。


 ダンジョン内のミミックは『魔眼光』で離れた場所から射抜けば簡単に倒せることが分かったし、倒せば確定で何かしらのアイテムやら武器やらをドロップするからだ。



 そして俺は今、新たな同居者がいる。


 もちろんクロのことだ。


 とりあえずこいつは犬として各所に届け出たので問題はないが、それはそれとして食費がかかるし、身の回りのグッズも揃えなければならなかった。


 つまりは金である。



 俺は一応勤続年数だけはそれなりにある社畜なので、それに応じて給料も人並み……よりはちょっと少ない程度には貰っているのだが……



 当たり前だが全然金が足りん!



 しかもクロはかなりの大食漢であることが判明した。


 普通に買ってきたフードではとても足りないのだ。


 その小さな体のどこに食べ物が入っていくんだ、とドン引きするくらい食う。


 もっとも、食事についてはわりとなんでも大丈夫そうなのが分かりすぐに割高なドッグフードから俺と同じメニューに変えたので、そこは助かっているのだが……


 おかげで帰ってからコメを余計に三合炊く日がしばらく続いている。


 完全に赤字だ。



 まあ、これについては仕方ないと思っている。


 なにしろ元が巨大な狼だからな。


 

 というわけで、副業である。



 もちろんダンジョンのアイテムをこちら側で換金するのは不可能だ。


 硬貨類やアクセ類はともかくとして、短剣は多分店に持ち込んだ瞬間通報される気がする。



 だから基本的には異世界で商売をすることにした。


 そして、商売で得た金でクロの食料を調達することにした。



 もちろん副業の目的はそれだけじゃない。


 異世界が目の前にあるのだから、いろいろ見て回りたいと思うのは当然のことだ。


 それに残った金を貯めてある程度財をなすことができれば、向こう側で土地や建物を買うことができるかもしれない。


 そうなれば、週末は異世界で別荘暮らしという、最高に贅沢なライフスタイルを確立することができるかもしれないのだ。



 もちろん障害になるポイントは多数あるし、実際にそれが可能かどうかはまだ未知数だ。


 それでも……この計画にはロマンがある。


 それも、両手では抱えきれないほどのロマンが。



 異世界スローライフ。



 ああ、なんて甘美な響きだろう。


 できるかな……? じゃない。


 『やる』んだよ……!



 というわけで。


 俺は週末を楽しみに、まずは目の前の仕事を頑張ることにした。



 ……そうと決まれば不思議なもので、業務の効率化は思いつくし課長のあしらい方も上達するしで、気づけばいつもより二時間以上早く仕事を上がれるようになっていた。


 なんというか、これもクロのおかげだな。


 コイツには感謝しかない。



 そして、あっという間に週末がやってきた。




 ◇




 結論から言えば、ダンジョンに残置していたアイテム類は消滅していなかった。



「短剣に、硬貨が二五枚……ペンダントが三つ。これで全部か」



 念のため数えてみるが、以前と数や種類が変わっている様子もない。


 少し考えたが、もしかしたらここが『通路』だからだろうか。


 リセットされるのは、通路に接続した『部屋』だけ、とか。


 まあ、今から検証するのも面倒なのでさっさとそれらを回収して異世界に向かうことにした。



 それと、一応こっちの世界のものをいくつか準備しておいた。


 ダンジョンのアイテムがゴミみたいな価値だったときのための保険だ。



 具体的には、近場の雑貨店で購入した万年筆を数本と、フォークやナイフなどの金属製の食器類をある程度。


 万年筆のうち一本はちょっと値の張るヤツにした。



 これはロルナさんへの贈り物だ。


 正直、騎士っぽい人がペンを送られて喜ぶのかどうかと言われると微妙ではあるが……俺は女性が好むアクセサリを選ぶセンスなんてないからな。


 今後彼女と商売上のお付き合いが続いていくのなら、そのときに改めて彼女の好きなものを贈ればいいだろう。



 ちなみに食料の類は、やめておいた。


 あっちの世界の人が、こっちの食べ物を食べても問題ないか分からなかったからだ。



 余談だが、異世界に到着するまでに硬貨が十枚とペンダントが四つ増えた。あと短剣の他に直剣も。


 ミミック、もう完全にただの宝箱だな。



 あ、死霊術師さんとスケルトンさんも大量稼ぎでお世話になっております。


 あいつら、もうマナの成る木……もとい骨にしか見えん。




 ◇




「ふあ……やっぱりここは空気が気持ちいいなぁ」



 もはや作業と化した魔物との戦闘を楽々こなし、ダンジョン最奥部の転移魔法陣で『外側』に出る。


 こちら側は爽やかな陽気だった。



 山側から吹いてくるそよ風は涼やかで、湿った緑と土の香りが戦闘で昂った気持ちを静めてくれる。


 太陽は森の向こう側にそびえる山の際から少し出たところだ。



 どうやらこちらは早朝のようだ。


 日本との時差は……半日くらいだろうか?



『…………』



 ふと足元を見れば、クロが気持ちよさそうに伸びをしている。


 そういえば、ここでは巨狼に戻ってもいい気がするんだが……どうやらクロはこの姿が気に入っているようで、必要なとき以外は大きくなろうとしない。


 まあ、俺もいざという時はコイツを抱きかかえることができるから別に構わないんだけども。



「さて、行こうか」


『…………』



 目的地は、ロルナさんたちがいるはずの『監視砦』という場所だ。


 魔法陣のある遺跡から続く、森の小道を辿っていけば着くはずである。



「それにしてもいい天気だなぁ」



 木漏れ日の下を、クロと一緒にのんびり歩く。


 そういえば、こうやってハイキングみたいなことをしたのはいつぶりだろう。



 なんというか、息を吸って吐くだけで身体の細胞という細胞が活性化するような気になる。


 身体に力がみなぎっていて、特に理由もないのにスキップなんぞしたくなってくる。


 ……齢35のオッサンのスキップは地獄絵図なのでやらないが。



 それはそうと、完全に気分はレジャーだった。


 こういうのだよこういうの。



 無駄にウキウキした気分のまま小道を進む。



 靴が石畳を踏みしめる音がザクザクと心地よい。


 それに、周囲では小鳥のさえずりや、地響きとか、何かがぶつかり合う音とか……



「……うん?」



 俺は立ち止まった。


 何かがおかしい。


 周囲から聞こえる音の中に、静かな森には似つかわしくないものが混じってきている。


 具体的には誰かの雄たけびとか、何か重たいものが地面に落下したときのような地響きとか、ガンガンキンキンと金属同士をぶつけ合うような甲高い音だ。



 それは明らかに、俺が進む方向から聞こえてきていた。



「……まさか」



 慌てて駆け出す。


 クロも異変に気付いたのか、すぐ後ろを駆け足でついてくる。



 そして……



「おいおいマジかよ」



 森を抜けると、確かに砦がそびえていた。


 巨大な砦で、高さ20メートルはあろうかという城壁が、まるで万里の長城のように左右に長く伸びている。



 そして、その砦には……たくさんの魔物が群がっており、城壁の上からはいくつもの火の手が上がっていた。

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