第22話 社畜と、これまでとちょっと違う日常

「先輩、彼女でもできました?」



 出社して外回りに準備をしていたら、隣の席の同僚から声をかけられた。



「いや……別に。なんでそう思ったんだよ」


「いやいや! 普通に分かりますって。なんなんすか最近の、その余裕な態度。まさか、ついに大人っすか~? 大人の階段上ったっすか~?」



 ニヤニヤ顔の同僚には悪いが、そんな事実も予定もない。


 こいつ……それを分かったうえで言っているのか?


 だがコイツは年がら年中こんな調子なのは知っている。


 ここでキレてもあまり意味はない。



「違うよ……実は最近、お犬様をお迎えしてな」


「そっすかー……」



 一瞬同僚は悲しそうな顔をしたが、すぐにパァっと顔を明るくさせた。



「おめでとうございます先輩、犬系彼女ができたんすね! ていうか彼女さんを「お犬様」呼ばわりとか、先輩って意外と鬼畜系だったんすか? やりますねぇ~」


「お前な……そろそろ怒るぞ」


「ちょっ……冗談っすよ冗談!」



 俺の殺気が伝わったのか、同僚は慌てて訂正すると「アハハ……」と誤魔化すように頭を掻いた。



「でもワンちゃんお迎えすると独身期間が伸びるって聞きますからねー。そこは注意した方がいいっすよ? ウチも姉貴が「一人暮らしが寂しいから」とか言って猫を飼い始めて、そっからもう十年以上彼氏ができていないらしいんで」


「……そうだな、気を付けとくよ」



 はあ……


 コイツとは一回りほど年が離れているが、デスクが隣同士なせいかやたら話しかけてくる。


 もちろん悪い奴じゃないしことはよく知ってるし、仕事もできる奴だ。


 というか、コイツが入社したときの指導係が俺だったからな。


 あっというまに仕事面では追い抜かれたが。



 だというのに、である。



 すでに独り立ちしたあともなぜか「先輩、先輩」と慕ってくれているのだ。


 まあ、今日みたいに若干舐められているのかもなと、感じることもあるが……


 それでも、これまでの関係もあって別段不快というほどではない。



 言ってみれば、『陽キャってこんな感じだよなぁ』を体現したようなキャラである。


 だから、「そんなものだ」と思えば気になることもない。



 それにそもそも、俺もコイツのことを「お前」呼ばわりしてるからな。


 まあ、お互い様、というやつだ。



「ていうかお前はどうなんだよ。もう彼女さんと長いんだろ」


「あー、まあそれは……うぇへへ」



 なぜか同僚は、およそ陽キャとは思えない笑みを浮かべると、頬をぽりぽりと掻いた。



「なんだよその気色悪い笑みは」


「いや、実は……相方とは、今度籍を入れることになりまして」



 いきなり爆弾発言が飛び出した。


 いや、別に爆弾ってほどでもないが……隙あらば彼女さんののろけ話を振ってきていたからな。


 ちなみに馴れ初めは不良にナンパされて困っていた彼女さんを助けたことだそうだ(残念ながらコイツは不良にはボコボコにされたらしい)。


 かっこよすぎだろこの男。



 ちなみに彼女さんにも会ったことがあるが(同僚の忘れ物を届けに会社までやって来た)、派手な色黒ギャルだった。


 見た目はともかく、礼儀正しい子だったのを覚えている。


 素直に彼と彼女さんの幸せを祝いたい。




 俺については……どうだろうな。


 とにかく、俺は俺の人生を生きるだけだ。


 今はクロもいるしな。




 そういえば、クロは今ごろどうしてるだろうか?


 さすがに平日休むわけにもいかず、あいつを家に置いたまま出社してきたが……



 そうだな。


 あいつのためにも、今後はなるべく早く帰るようにしよう。

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