社畜おっさん(35)だけど、『魔眼』が覚醒してしまった件~俺だけ視える扉の先にあるダンジョンでレベルを上げまくったら、異世界でも現実世界でも最強になりました~
第18話 新米騎士、覚悟をする【side】
第18話 新米騎士、覚悟をする【side】
「……クソ、なぜこの場所に
非常にまずいことになった。
レーネ・ロルナは森の上空を旋回する大きな影を睨みつけ、悪態を吐いた。
確かに先ほどまで居た『聖地』メディ寺院遺跡は、レーネが駐留する監視砦からもそれなりの距離があり、『魔界』との境界も近い。
だが、まさかその帰路で竜種に襲われるのは完全に想定外だった。
――王都のシャロク教総本山から『聖女』がここまでお忍びで巡礼にやってくるという伝令が入ったのは、つい三日前のことだ。
すでに彼女は王都を出発しており、二日後には到着するという。
この監視砦を監督するべく王国騎士団より派遣されてきたレーネは、砦の兵たちとともに慌ててこの一帯の魔物の駆除を行った。
とはいえ、『魔界』との境界よりこちら側は、砦に配置された一般兵たちでも倒せるような小物ばかりだ。
とくに苦労もなく『聖地』まで道周辺にいる魔物どもを駆除し終え、それでも万が一のことを考え自分が護衛として付き従っていたのだが――
思い返せば、この森に入ってからというもの周囲が不気味なほど静まり返っていた。
駆除済みの魔物はともかくとして、鳥のさえずりどころか、虫の声すら聞こえなかったのだ。
行く道は何事もなかったものの、その異変に気付くべきだった。
あるいはレーネが熟練の冒険者、それも『
この春で王立騎士学院を卒業し晴れて王国騎士団に配属されたのち、指揮官育成訓練をかねてこの地に赴任してきた新米騎士レーネには、どだい無理な話であった。
だが、魔物にそんな言い訳は通用しない。
「来い、はぐれ竜め! 真っ二つにしてやる!」
レーネは自分を鼓舞するためにも、上空を旋回するワイバーンに大声で怒鳴りつける。
あれはおそらく……森の奥、魔界側にそびえるオミド山脈に巣くう群れの一体だろう。
もっともこの時期にこんな場所で、たった一体だけで彷徨っているということは……雌とつがえず群れを追い出された雄個体――『はぐれ竜』だ。
実際、竜はしばらく餌にもありついていないのか酷く痩せていた。
つまり他の個体に比べれば、はるかに弱い。
「ならば……!」
騎士学院では、実戦課程を含めすべて『最優』を取得し首席で卒業している。
大丈夫だ。
私ならば……やれる。
レーネは覚悟を決めた。
『ガアアァァッ!!』
その殺気に呼応したのか、ワイバーンが吼えた。
上空で身をひるがえすと、レーネに向かって勢いよく急降下してくる。
鋭い鉤爪が目前に迫り――
――ギィン!
「ぐぅっ!」
ワイバーンの引っ掻き攻撃を、
「くそ、腐っても竜種か。重い……ッ!」
今の攻撃で剣の刃が大きく欠けてしまった。
騎士剣は王都の名工が鍛えた業物だが、ワイバーンは野生の馬を獲物にする程度には巨大な魔物だ。
人族の身で攻撃を受け止められただけでも上出来だった。
「ぐっ……指が……」
もっとも、今の衝撃で指の骨が数本折れてしまった。
今は残る指と気力でどうにか剣を持ち上げているが、また同じ攻撃を受ければ次はない。
監視砦の兵士長に無理を言ってでも、重装兵用の大盾を借りてくるべきだった……レーネは後悔したが、時すでに遅し。
「レーネ!」
すぐ背後から、叫び声が聞こえた。
聖女様……聖女アンリ様だ。
彼女はこのノースレーン王国でたった三人しかいない、封魔の力を持つ『聖女』だ。
魔族どもや連中に与する腐れ貴族どもに見つからぬよう、危険を冒してでも単身この『聖地』まで巡礼にやってこられたというのに……
彼女に死なれてしまっては、仮に『勇者召喚』が成功したとしても魔王の封印手段が失われてしまう。
自分の命に代えても、彼女だけはお護りせねば。
「アンリ殿、決して顔を上げてはなりませんぞ! 砦までは森が続きますゆえ、茂みに身を隠しながらこの場から速やかに離れてください!」
「でも……それでは貴女が!」
「早く! 私の細腕では、そう長く持ちませぬ」
慈悲深いお方だ。
シャロク教最高神官に続く地位であるにもかかわらず、たった一日顔を合わせただけの自分の命すらも、気にかけてくださる。
だからこそ、お護りせねば。
強い崇拝の念が、レーネの胸に込み上げる。
ここで聖女様を無事逃がすことができるのならば、自分が死ぬ意味は十分にある。
しかも敵は『はぐれ』のワイバーンとはいえ竜種だ。
相手に不足はない。
「ぐうぅ……!」
レーネは折れ曲がった指を無理矢理元に戻すと、両手で剣を握り直す。
「――《
魔力の糸がレーネの手から伸び、剣と両手を強く縛り上げる。
王国騎士が習得すべき捕縛魔術の一つ、『
本来は罪人などを捕縛するための魔術であるが、これで何本指が折れても剣を持つのに支障はなくなる。
「これでよし。拘束魔術は、もう少し真面目に勉強しておくべきだったな」
そうすれば、竜を捕縛することもできたであろうに。
「まあ……是非もない」
レーネは苦笑してから口を引き結び、姿勢を低くして、腰だめに剣を構えた。
捨て身の剣ならば、必ず相手に届かせねばなるまい。
ならば、身体ごと竜にぶつかるのが最善。
この身が竜の爪に引き裂かれようとも、剣がその心臓に届けば何も問題はない。
『オオオォォォン!』
ワイバーンが雄たけびを上げ、再び攻撃の体勢を見せた。
大きく旋回し、こちらに姿勢を向ける。
勢いよく急降下してくる。
「私の死に場所はここにあり……ウオオオオォォッ!!」
レーネもまた、雄たけびを上げた。
襲い掛かってくるワイバーン目がけて渾身の刺突を放ち――
「…………は?」
剣が空を切った。
来るべき衝撃も来なかった。
覚悟していた痛みもない。
唖然とした顔でレーネは見上げる。
すぐ目の前で、急制動をかけたワイバーンが翼を大きく広げていた。
そして、その喉袋が膨れ上がり赤熱しているのが見えた。
「しまった……こいつ、雌だ……!」
ワイバーンは女系社会だ。
その理由は、単純。
雄はただの空飛ぶ猛獣に過ぎないが、雌は火焔ブレスを吐く。
雄より雌の方がはるかに強いのだ。
性成熟を迎えたワイバーンの雌は、繁殖期に入ると自分の卵を温めるために『赤熱鉱』という高熱を発する魔力鉱石を食べ、喉の袋に蓄える。
これで体温を維持しつつ冬の間も凍えることなく産んだ卵を温めるのだが……
この『赤熱鉱』は巣に近づいた外敵を排除するためや、獲物を狩るときにも用いられる。
つまり相手を火焔ブレスで焼き殺すことができる。
学院時代にさんざん習ったはずの知識を、こんな土壇場で思い出すとは。
「む、無念……」
剣の届かない高さからブレスを吐かれてしまえば、なす術はない。
まさに今、レーネは『獲物』だった。
「聖女様、どうかご無事で――」
避けようのない死を前に、しかしレーネは目を見開きワイバーンを睨みつけた。
それが彼女にできる、精一杯の抵抗だった。
そのときだった。
――バシュッ!
レーネの視界を横切るように、一条の閃光が
空気が爆ぜるような音が彼女の耳をつんざいた。
ワイバーンの頭部が消し飛んだのは、それと同時だった。
力を失った竜の巨体が、地響きと共に地に墜ちる。
「……………………は?」
何が起きたのか分からなかった。
だが、自分の最期の時が今日ではなくなったことだけは、かろうじて理解できた。
「あ、あっぶねえぇぇぇぇ……!」
そして……彼女の耳に、悲鳴じみた男の声が飛び込んできて……そこで我に返った。
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