第17話 社畜と転移魔法陣

 スケルトンのいた広間を抜けるとまた通路があり、広間や小部屋があった。


 上階の構造と似たような感じだ。


 で、構造の大小とか細かいデザインの違いはあれど、出現する魔物は死霊術師と奴らが操るスケルトンばかり。


 どうやらこのダンジョンは階層によって魔物の種類が固定されているようだ。


 それでも部屋ごとにちょっとした違いがあり、スケルトンが剣やメイスを持っていたり、複数体の死霊術師が出現したりしたが……


 死霊術師を叩けばすべてのスケルトンを沈黙させられるので、大した脅威とは感じなかった。


 余談だが、クロが俺が戦っている方とは別の死霊術師に素早く飛び掛かり胸の赤い玉を噛み砕いていた。


 セットしたスキル『弱点看破』を有効活用してくれているようで嬉しい。



 それとたまにミミック部屋のときもあった。


 ただヤツは離れた場所から弱点を『魔眼光』で撃ち抜けば瞬殺だったので、今後苦労することはないだろう。



 そんな感じで出てくる魔物たちを軒並みなぎ倒し、この階層最後と思しき広間へ。


 ここはこれまでと違いちゃんと篝火が灯っており、静謐な空気が漂っていた。



「これは……?」



 その広間の奥には、祭壇のようなものがあった。


 十数段分ほどの階段を昇ると上は2メートル四方の平場になっており、そこには『魔法陣』が描かれていた。


 そう、魔法陣だ。


 円形で複雑な謎言語と幾何学模様で構成されていて、淡く光っているアレである。



「すげ……」



 当たり前だが、本物なんて見たのは生まれて初めてだ。


 がぜんテンションが上がる。



 一応、鑑定しておくか。


 ここまでの道中で、魔物でもなんでも変わったものは『鑑定』する癖が付いている。


 というわけでよろしくお願いします、鑑定先生!



《名称:転移魔法陣(双方向) 登録座標:メディ寺院遺跡最奥部 転移先:メディ寺院遺跡外縁部》


《転移魔法陣……座標を指定し、離れた場所と場所を転移できる魔法陣の総称。その複雑な術式には主にロイク・ソプ魔導王朝期の魔導言語が用いられている。遺跡がダンジョン化してもなお正常に機能しており、これは用いられた魔導言語の堅牢さを示している》



 なるほどなるほど。


 さっきの短剣に続いて謎王朝が出てきたけど、とりあえずコイツは転移魔法陣だってことは分かった。


 それと、このダンジョンが『メディ寺院』という遺跡で、ここが最奥部だということも。



 で、魔法陣の転移先から推察するに……どうやらこれ、ゲームとかでよくある『脱出用』魔法陣らしい。


 まあ、ここから入口まで引き返すの、かったるいもんね。


 祭壇に設置されているのは、元々こうなのか『ダンジョン化』とやらでこうなったのか微妙なところだ。


 まあ、なんとなくだが後者のような気がする。


 だって普通、祭壇の上に脱出口なんて設置しないだろうからな。



 で、問題はこの転移魔法陣の行き先なわけだが……『鑑定』の説明によれば、どうやらこのダンジョンの外側に出られるようだ。



「……ちょっと待てよ」



 そこで俺は気づく。



 この魔法陣における、『外』って……どこだ?



 『鑑定』の説明によれば、コイツの行き先は『メディ寺院遺跡外縁部』だ。


 外縁部って、多分ビルの外じゃないよな。


 ってことは……まさか、この魔法陣を使えば、ガチの異世界に転移できる……ってコト?



「…………」



 俺は腕時計を見た。


 まだ時刻は19時を回ったところだ。


 明日は仕事だが、時間的にはまだ余裕がある。



 それにこれまでの様子から、このダンジョンと外部……現実世界との時間のズレはほとんどないものと思われる。


 となると、この転移魔法陣でダンジョンの外に転移したとしても、おそらく時間のズレはないはずだ。


 鑑定先生の信頼性は、これまでの『鑑定』で証明されている。


 この魔法陣は『双方向性』とのことだから、転移した先にも対になる魔法陣があるということだろう。


 それはつまり魔法陣でここまで戻ってくることもできる、という意味でもある。



 ならば……



「クロ、ちょっとこの先に行ってみたくないか?」


『…………!』



 俺の提案に、尻尾を揺らすクロ。


 どうやらコイツも乗り気のようだ。


 ならば、もう俺を止める理由は何も存在しない。



「すうー、はあー」



 俺は深呼吸を何度かしてから、転移魔法陣の上に足を踏み出した。


 次の瞬間。



 周囲が閃光に包まれ、浮遊感が身体を襲う。


 俺は思わずギュッと目を瞑った。




 ◇




「……ここは?」



 目を開くと、視界一杯に緑色が飛び込んできた。


 頬を撫でる、爽やかな風。


 サワサワとさざめく葉擦れの音。



 ビルの立ち並ぶ街中じゃない。


 静かな森に囲まれた小さな広場の隅っこに、俺はぼんやりと立っていた。



「…………」



 天を仰ぐ。真っ青な空が見えた。


 少し早い雲が流れていくのが見える。


 どうやらここは現実世界とは違い、まだ昼間のようだ。



 見渡せば、広場の中央に崩れた石壁や石床が見えた。


 あれは多分、遺跡の一部なのだろう。


 こっちは完全に崩壊しているらしい。



 足元には、苔むした石畳に刻まれ光を放つ転移魔法陣が見えた。


 これにもう一度乗り直せば、最深部に戻ることができるはずだ。



 それにしても……


 なるほど、これが『メディ寺院遺跡』の外観というわけか。


 建物はほぼ崩壊しているものの、意外と小綺麗な様子ではある。


 なんというか、きちんと清掃されている、というか。



 日本でも廃寺とか廃神社なんかは、もっと荒れ放題だからな。


 ……よく見ると、崩れた石壁のふもとにお供え物らしき花束が手向けられていた。


 一応、人の手が入った場所であるようだ。



『…………フスッ!』



 と、周囲の景色に見とれていたら足元で鼻を鳴らす音がした。



「お、クロも転移できたか」



 見慣れた黒い毛玉に視線を落とし、ちょっとだけホッとする。



「さて、ここからどうするかが問題だ」



 間違いなくここが異世界だということは分かった。


 それだけでも十分な成果だ。


 時間も遅いし、今日はここまでで切り上げてもいいと思う。


 だが……それと同時に、もう少しだけ先に進んでみたいという欲求もあった。



 結論から言うと、俺は後者を選択した。



「クロ、行こう」


『…………』



 遺跡の広間からは、森に通じる小道があった。


 その奥へと俺は歩を進める。


 クロは特に不満を現すわけでもなく、俺の少し後ろをトテトテと付いてきた。



「それにしてもすごい場所だな。ジャングルか? ここは」



 森の木々は鬱蒼と生い茂っていて、昼間だというのにかなり薄暗い。



 だというのに迷わず歩けているのは、森の小道がしっかりと整備されているからだ。


 足元は石畳が敷き詰められていてかなり歩きやすい。


 さっきの花束のこともあるし、もしかするとこの遺跡は観光地か何かなのだろうか?



 そんなことを考えながらのんびり歩いていた、そのときだった。



 ――ギイン! ギギン!



「なんだ?」



 道の先から、何か金属をぶつけ合うような甲高い音が聞こえてきた。


 それに、誰かの叫び声や獣の唸り声。


 森の天辺が突風に吹かれたようにザワザワと蠢いた。


 これ、もしかして……



「クロ、急ごう」


『…………!』



 言って、俺は走り出す。


 そして……すぐに何が起きているのかが分かった。



「クソ、なぜこの場所にワイバーンが!」


『ガオオォォッッ!!』



 騎士っぽい姿の女性が修道女のような女性をかばいながら、なんかドラゴンっぽい魔物と交戦していた。

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