第16話 社畜、風になる
階下に降りると、通路の雰囲気が一変した。
石造りなのは同じなのだが、かなり汚れているし空気がかび臭い。
壁面の篝火も弱く、薄暗い。
足元に転がっているのは動物の骨だろうか?
人間のものじゃないと思いたい。
「なんか……本格的にダンジョンって感じだな」
これまではJRPG的な明るさがあったが、ここは洋ゲーっぽい陰鬱さがある。
『…………』
クロの様子も、さっきまでののんびりした様子とうって変わって、鋭い雰囲気を漂わせていた。
とにかく、慎重に進もう。
通路は10メートルくらい進むと折れ曲がっていて、さらに20メートルほど先に鉄扉が見えた。
この辺りの仕様は上の階と共通のようだ。
となれば、この先は広間か部屋になっているはずだ。
そして、魔物もいると思われる。
「クロ、準備はいいか?」
『…………』
俺は右手に鉄パイプ、左手に短剣を持ちながらクロに呼びかける。
するとクロは小さく尻尾を振って応えてくれた。可愛い。
「じゃあ、いくぞ」
鉄の扉を開いた。
内部は通路より暗く、よく見えない。
照明といえば、天井の真ん中からゴテゴテしたシャンデリアらしきものが一つ吊り下がっているだけだ。
そのシャンデリアにしても、光源となっているのは十本くらいの蝋燭の火だけ。
そのせいで、この部屋がかなり広く天井の高いホール状で何本かの太い柱に支えられていることは分かるものの、全体像はほとんど掴めない。
「…………」
『…………』
ただ、内部に魔物らしき気配はなかった。
静かなものだ。
物音ひとつ聞こえない。
「よし、入るぞ」
『…………』
一応周囲を警戒しながら、俺とクロはソロリソロリと部屋に入った。
うーん、それにしても暗すぎてよく分からないな。
数歩進んでみたものの、足元の様子すらおぼつかない。
魔眼のスキルに暗視能力とかあればいいんだけど……
レベルを上げたら出てこないかな?
もちろん今はそんな便利スキルはないので、俺は素直に懐中電灯をつけることにした。
いったん短剣は鞘に納め、持ってきたリュックにイン。
明かりを点けるとパッと周囲が明るくなり、広間の柱や壁面の構造がよく分かるようになった。
そして。
「…………ひぁっ!?」
変な声が出た。
骨だ。
そこら中に、骨が転がっていた。
それも人骨だ。
何人分、とかそういうレベルじゃない。
床という床にばらまかれた白骨死体。
壁面には横長の穴が開いており、そこにも白骨死体が詰め込まれている。
それに柱。
やけにゴテゴテしたデザインだと思ったら、足元から天井まで全部人骨で装飾されていた。
あまりのおぞましさに一瞬吐き気がこみあげてくるが、口を押さえてどうにか耐える。
これ……いわゆる地下墳墓とかそういう場所なのだろうか?
これに似た場所が、ヨーロッパとかにあったような気がする。
それにしても悪趣味だが……
『ガルル……』
と、クロが唸り声を上げた。
視線の先は、懐中電灯の光が届かない闇の中だ。
……まさか。
そう思った瞬間、カロン、と音がした。
さらに別の場所からカロンと音が鳴る。
――カロン。カシャン。
今度は後ろから。右から。左から。
――カロン。カシャン。カシャン。カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ――
ついにはあらゆる場所で音が鳴り響き、広間全体が甲高い騒音で埋め尽くされる。
そして、その音の原因は……
「クロ、これは罠だ!」
俺は思わず叫んだ。
目の前には動く人骨がいた。右にも左にも。振り返っても、動く人骨だらけだった。
ライトで照らした範囲だけでも、多分百体は下らないだろう。
俺たちは完全に包囲されていた。
これはいわゆる「モンスターハウス」だ。
部屋に入るといきなり大量の魔物に囲まれるという、ダンジョンゲーではおなじみの罠。
まさか自分自身が掛かるとは思わなかったぞ……もちろん気分は最悪だ。
そしてこの魔物は『鑑定』しなくても分かる。
スケルトンだ。
不幸中の幸いだったのは、出現したのがスケルトンだけだったことだ。
ここで
それにしても……クソ!
まあ、魔物が出てこないとは思ってなかったが……さすがに数が多すぎる!
しかも、なぜか『弱点看破』が効いていない。
弱点が視えないのだ。
「っても、やるっきゃないよな……!」
やらなきゃやられるだけだ。
一応、『鑑定』で敵の情報を確認する。
《対象の名称:スケルトン/生命力0 魔力0/危険度 中》
《スケルトン……
なるほど、そういう仕様かよ……!
でも、これだけの数に囲まれてどうしろと!?
つーか死霊術師と言われても人の気配なんてなかったぞ!?
どこだよ!
……と思ったら、ホールの奥にある柱の陰に、ローブを羽織り、妙な杖を掲げた骸骨が見えた。
杖からはぼんやりと青い光を放っているから、丸見えだった。
だが、ネタが割れてしまえば話は早い。
「クロ、あの杖を持ったガイコツを叩く! お前は無理せず――」
『ガウッ!!』
「うおおっ!?」
俺についてこいと言いかけたところでクロが吠え……巨大化した。
小さくなる前の堂々たる姿に戻ったのだ。
驚く俺の前で、クロはスッと伏せをした。
「……もしかして、乗れって言ってるのか?」
『……フスッ!』
あ、これは「早くしろ」のフスッ! だ。
こっちをジロリと眺めているし、多分間違いない。
そうこうしているうちにスケルトンの群れがカシャカシャと俺たちに向かってきている。
圧し潰される前にどうにかしないと。
「頼む、クロ!」
俺はクロの背中にまたがり、首元のたてがみを掴んだ。
次の瞬間。
クロが跳んだ。
「ぬわぁっ!?!?」
慌ててクロのたてがみにしがみつく。
ものすごい勢いで景色が流れる。
まるで風になったような気分だった。
気づけば死霊術師の前に着地していた。
どうやらクロはスケルトンたちの頭上を一気に飛び越えてしまったらしい。
だが、このチャンスを逃すつもりはない。
死霊術師の胸部には、赤く光る拳大の玉が見えた。
間違いない、あれが弱点だ。
「これでどうだあああぁぁ!!!!」
俺は雄たけびを上げながら、渾身の力で死霊術師の胸部に鉄パイプを叩きこんだ。
――ガシャァァァン!
まるでガラスが砕けるような音が響き、死霊術師スケルトンがバラバラに砕け散る。
次の瞬間。
カラカラカラカラカラカラ――
今まで大群で蠢いていたスケルトンたちが動きを止め、バラバラに崩壊していく。
広間に静寂が戻るまで、そう時間はかからなかった。
「……ふう。さっきのはちょっとビビったな」
『…………』
動くものがいなくなった広間で、俺は安堵のため息を吐いた。
ちなみに気づいたときにはクロは元の豆柴サイズに戻っていた。
もったいない……
「クロ、よくやった」
『…………』
とりあえずご褒美に思いっきりモフっておいた。
なおどっちにとってご褒美だったかは不明。
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