第10話 社畜と巨狼
一体なんなんだアイツは!?
ええと……槍が何十本も刺さった巨大な狼?
意味わからん。
ていうか……怖!
確かに、この扉はこのダンジョンの他の扉に比べて明らかに異質だけど……
ていうか、アイツ生きてんのかな。
ここのダンジョンの魔物、倒すとゲームみたいに消えるんだよなぁ。
となれば、あの狼はまだ生きていることになる。
まあ、倒したのスライムだけだから、アイツがどうなのかは分からないけど。
……そうだ、この場所からでも『鑑定』は機能するかな?
せめて、相手の素性だけでも知っておきたい。
俺はスキル『鑑定』を起動する。
ここに来るまでに何度も宝箱に掛けてきたから、もうお手の物だ。
《対象を鑑定中……完了》
《対象の名称:魔狼/生体反応:微弱/危険度 弱》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《対象の名称:トレント/生体反応:強/危険度 無》
《……………………》
おおう……
何か大量に情報が出てきたぞ。
なるほど、狼っぽい魔物の名前は魔狼、と。
見た目通りだな。
トレント……というのは、もしかして槍のことか? 確かに槍は木製みたいだが。
まあトレントと言えば樹の魔物だから、そうであれば鑑定に引っかかるのは頷ける。
しかし……情報量の薄さはさすがレベル1といったところだ。
狼については、まだかろうじて生きてることとくらいしか分からん。
いずれにせよ、狼も槍型トレントも危険度は宝箱に比べると大幅に下がっている。
まあ、大量の槍に串刺しにされていたら危険度も何もあったものじゃないからな。
それにしても、狼の方は「生体反応:微弱」かぁ……
瀕死ってことだよな、この場合。
たしかにあんな痛々しい姿で元気なのはおかしいけども。
「…………」
俺は鉄扉に背中を預け、部屋の天井を眺めた。
それから、少しだけグッと身体に力を込め、扉のノブに再び手を掛けた。
正直、迷った。
相手は死にかけで身動きがとれないとはいえ、巨大な狼だ。
手負いの獣ほど恐ろしいものはないとも聞いたことがある。
それでももう一度狼の様子を見てみたいと思ったのは……子供の頃、実家ででかい犬を飼っていたからかもしれない。
俺が中学に上がる頃に天寿を全うしてしまったが、それまでの楽しかった光景が頭の中にどんどん湧き上がってきて……止められなくなった。
この瀕死の狼の苦痛を、せめて取り除いてやりたいと思った。
……独りよがりなのはわかっている。
けれども犬好きは、どんなときでも犬好きなのだ。
『…………』
部屋に足を踏み入れると、狼の耳がピクリと動き、閉じていた目を薄く開いた。
金色の綺麗な目だった。
こちらに向かって唸り声を上げる気配もない。唸る気力がないのかもしれない。
ただ、俺が一歩足を踏み出すと、狼の腹が警戒するように大きく上下した。
「お前は魔物なのか? ……っても、言葉が分かるわけがないか」
『…………』
狼のすぐ側までやってきた。
それでもやはり唸り声を上げることすらせず、狼はただじっと俺のことを見上げている。
俺が何をしようとしているのか、それを観察しているように思えた。
すでに狼は瀕死の状態だ。
もしかしたら、介錯を待っているのかもしれない。
俺はその逆のことをした。
左目の魔眼を通すと、槍の柄の中ほどで赤く発光する『点』が視えた。
1ミリくらいの小さな点だ。
これがトレントの弱点のようだ。
槍の『弱点』というのも変な感じだが……トレントという魔物の弱点ならば、頷ける。
そしてスライムのときに分かったが、魔物は弱点を攻撃すればあっさり倒すことができるようだ。
俺は背負っていたリュックからドライバーセットを取り出した。
その中から俺は
『…………』
狼が大きく息を吐きだし、目を閉じた。
残念。
俺が刺そうと思っているのはお前じゃない。
錐をグッと握りしめ。
俺は狼に刺さっている槍の柄に突き刺した。
すると。
――パキン!
まるでガラスのように、槍が砕け散った。
砕け散った破片は光の粒子へと変わり、あっという間に虚空に溶け消えていく。
ふう……一撃で倒せてよかった。
『…………』
狼が驚いたようにこちらをじっと見つめてくる。
いや、俺もあっさり破壊できてびっくりしてるんだけど……それはそれで
「よし、この調子でいくぞ」
――パキン!
――パキン!
――パキン!
鑑定の結果出てきた名前はトレントだったが、身動きも反撃もしてこないただの槍だ。
とくに苦労することもなくすべての槍を消滅させることができた。
『……ぐる』
と、身体が自由になった狼が唸り声を上げながら、立ち上がろうとしている。
「やべっ」
いくら瀕死だとはいえ、あの巨体で襲いかかってきたらひとたまりもない。
慌てて部屋から飛び出そうと踵を返した……のだが。
『……ガウ』
「……マジか」
なんと おれは おおかみに まわりこまれてしまった!
って、RPG風に言ってる場合じゃねえ!
どういう身のこなしなのか、瀕死だったはずの狼があっという間に俺の退路に立ちふさがったのだ。
動く姿、全く見えなかったんだが!?
ここまでコイツが元気なのは想定していなかったぞ!?
つーかなんか槍で刺されていた傷がすでに治ってるように見えるんですけど……
毛並みもツヤツヤの漆黒に戻っているし。
もしかして、超回復とかそういうスキル持ちですか!?
これはちょっと想定してなかった。ヤバい。
一人の犬好きとしてコイツを助けたのは後悔していないが……
どう考えてもこれ、絶体絶命だよな!?
「そ、そこを通してほしいんだけど……」
『…………』
そっすか、ダメっすか……
だが、いつまでたっても狼が襲いかかってくる様子はなかった。
ただ不思議そうな目で、俺をじっと見つめているだけだ。
そして、どれくらい時間が経っただろうか。
『…………』
急に狼がフゴッと大きく息を吐くと俺から視線を外し、スッと横にどいた。
どうやら俺の犬愛が通じたらしい。
「ウッス、失礼します」
俺は狼を刺激しないようにゆっくりと側を通り抜け、部屋を出た。
はあ……今日はいろいろと疲れた。
早くダンジョンを抜けて、自宅で熱いシャワーを浴びよう。
そんなことをぼんやり考えながら、出口に向かって歩き出す。
それはまあ、いいんだけどさ。
「…………」
『…………』
なんか狼が、少し離れてずっと俺のあとを付いてくるんだが?
◇
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