第9話 社畜と宝箱(怖)

「…………」


  広間の先にある扉には、鍵はかかっていなかった。


  ゆっくりと冷たいノブを回し、扉を少しだけ開く。


  奥には、これまでと同様、松明が掲げられた石造りの通路が伸びていた。


  大体20メートルほど直線が続き、右に折れている。



「よし、行こう」



  扉が勝手に閉じたりしないよう、ホームセンターで買ってきたドアストッパーを噛ませる。


  それから先ほどスライムたちを撲殺した椅子を回収し、ゆっくりと通路に足を踏み入れた。



 そのまま慎重に曲がり角のところまで進み、リュックからコンパクト手鏡を取り出した。


 こいつは自宅から持ち出してきたものだ。



 手鏡を開き、曲がり角の向こう側が見えるように上手く角度を調節する。


 特に魔物は見えない。


 これまでの道程と同様、通路が続いている。


 その先には、またもや鉄製の扉が見えた。


  

「……よし、クリア」



 そういえば軍隊とかでは、屋内とかで索敵をしてて問題なかったときは「クリア」と言うんだよな?


 まあ、俺軍隊も自衛隊も入ったことないから分からないけど。


 こういうのは気分だ気分。

 


 曲がり角を曲がると、30メートルほど奥に扉が見えた。


 ぱっと見、鍵は掛かっていない。


 俺は扉まで進み、ゆっくりとノブを捻った。



 ――ギイィ……



 軋んだ音をたて、扉が開く。



 内部は、小部屋になっていた。


 先ほどの大広間と比べると、かなり狭い。


 だいたい、十畳ほどだろうか。


 内装はなく、石造りの壁が剥き出しになっている。


 ちょうど正面の壁には、次の通路か部屋に続く扉が見えた。



「おっ……?」



 そして、よく見ると。


 部屋の隅に、木箱が置かれていた。


 枠を鉄で補強した、宝箱のような木箱だ。



 ……ていうか、あれ宝箱だよな?



 フォルムがまんまだし。


 ただ、これを開けていいのかはかなり迷った。



 というのも、である。


 俺も、人並みにゲームを嗜むタイプだ。



 何を言わんかといえば、俺はこの木箱が『ミミック』か『罠』である可能性を疑っている。


 もしミミックなどの魔物が宝箱に擬態しているのならば、さすがにスライムのように簡単に倒せるわけがないだろう。



 ミミックといえば、どんなゲームでもやたら強力だからな。


 それに、ミミックでないとしても、他の罠の可能性は否定できない。



 毒ガスが噴出したらこんな小さな部屋はすぐに充満してしまうし、開けた瞬間に矢が飛び出してくる仕掛けになっていたら、絶対に避けられない。


 なので、『いい大人』は宝箱を見つけたとしてもすぐには飛びつかないものなのだ。



 とはいえ、どうしたものやら。


 流石に、あの木箱の安全を確認する前に近づくのは危険だろう。



「ん……そういえば」



 よく考えたら、魔眼のスキルに『鑑定』というのがあった気がする。


 レベルは……



 《スキル表示 鑑定:レベル1》


 《スキルを使用しますか?》



 ちなみにスキルをどう使用するかは、感覚で分かっている。


 で、もちろん使用するに決まっている。



 《対象を鑑定中……》


 《鑑定完了》


 《対象の名称:宝箱/生体反応:あり/危険度 強》



「うっ……マジか」



 内容物は不明ながら、生体反応ありとか……絶対ミミックだろ。


 この手のシチュエーションだと定番だからな。


 よしんばそうでなくても、生体反応のある宝箱とか、開けたらロクな目に遭わないだろう。



 当然、ここはスルーだ。


 気にならない。気にならないったらならない。



「…………」



 おれは宝箱の置いてある側と反対側の壁を伝いながら進み、反対側にある扉を開けて進もうとして……


 なんとなく視線を感じ、振り返った。



 ……なんか、蓋がちょっと開いてた。



 3センチくらいの隙間だ。


 さっきはちゃんと閉じてたはずだよな?



「…………」



 思わず、俺はそのわずかな隙間に目を凝らす。


 すると。



 ――じゅる、じゅるるっ



 蓋の隙間から、テラテラとぬめりけのある肉塊のような物体が、一瞬ちらりと見え……パタン、と閉じた。



「…………………」



 俺は急いで部屋を出た。ダッシュで。



 部屋を出ると、先ほどと同じような通路が伸びていた。


 ただし、今度は5メートルほどしかない。


 その先には、例によってまた扉があった。



「なるほど。だんだん構造がわかってきた気がするぞ」



 どうやらこのダンジョンは、細長い通路と大小の部屋で構成されているようだ。



 もちろん違う可能性も大いにあるのだが、ちょっと進んだ限りでは周囲の構造に統一性があるし、俺の推測はそう外れていないような気がする。


 できれば、入るたびに中の構造が変化するタイプでないことを願うばかりだ。


 とりあえず、スライムの出現する広間までは変わらないっぽいけど。



 そんな感じで、どんどん進んでいく。


 

 その後は大した変化はなかった。


 だいたい、十メートルから三十メートルほどの長さの通路が続き、扉がある。その先に部屋がある感じ。


 部屋の大きさはまちまちで、数メートル四方の小部屋から体育館ほどのホール状の広間まで様々だ。



 ちなみに通路で魔物に遭遇したことはないから、このダンジョンに関しては多分、通路は安全地帯だと思われる。


 もっとも、部屋から通路まで追いかけてこないとは限らないので気は抜けない。



 部屋で湧くのはスライムが主で、たまに宝箱。


 スライムは弱いので退治して安全を確保し、宝箱は『鑑定』するともれなく危険判定が出たので全部スルー。



 そんな感じで五、六部屋分くらい進んだあとのことだった。


 通路から扉を開き、ちょっと大きめの広間に出たとき、変化が現れた。



「扉が二つあるぞ……」



 広間には、これまでと同じ鉄の扉と、それより重厚な鉄の扉があったのだ。


 重厚な方はなぜか床に接しておらず、少しだけ斜めに据え付けられている。


 まるで、誰かが適当に壁に扉だけを貼り付けたような、奇妙な光景だった。



 なんだこれ。


 メチャクチャ怪しいんだが。


 なんというか、いかにも「この先になにかありますよ」みたいな扉だ。



「これ……そういうデザインとかじゃないよな?」



 念のため『鑑定』してみると、ちゃんと『扉』だった。


 そうなれば、もう先に進むしか選択肢はない。


 俺の中の冒険魂がこいつを開けろと叫んでいる。


 罠とか危険度の表示もないので、とりあえずノブを回してみる。



「回った……」



 鍵は掛かっていなかった。


 俺は胸の高鳴りを感じながら、重たい扉を押し開ける。


 そして。



「うわっ!?!?」


 

 慌てて急いで閉じた。



「なんだ今の!?」



 扉の先……ちょっと広い空間の奥に何かうずくまっていた。たぶん魔物。


 見た目は狼みたいだが、大きさは馬のようだった。


 そしてそいつは、まるでハリネズミみたいに何十本もの槍で刺し貫かれていた。

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