第11話 社畜と従魔契約

「やべぇよやべぇよ……」



 俺は完全に送り狼・・・にビビっていた。


 いやだって、ダンジョンの中をいくら全力で走ってもゆっくり歩いてみても一定間隔でずっとついてくる巨大な狼がいたら、誰だって怖いに決まってるだろ!?



 ただ幸いなのは、コイツは俺を取って食う気がなさそうなことだった。


 そうするつもりならば、俊敏な狼はとっくに俺を仕留めているはずだからな。



「なんなんだよまったく……」



 ヒタヒタと俺のあとをずっと付いてくる狼をなるべく見ないようにしながら、俺は出口を目指す。


 そしていくつかの部屋と通路を抜け、ついにダンジョンの出口に到着した……と思った、その時だった。



『…………』


「えーっと……?」



 さっきのように狼が素早く俺の前にやってきて、通せんぼされた。


 なんだよこいつ……



 襲ってくる気配がないのはいいんだが、これではダンジョンから出られない。



「あの、そこから出たいんですけど」


『…………』



 俺を無視してフスッと鼻を鳴らし、出口をふさぐように座り込む狼。


 完全に「ここを出たければ我を倒していけ」みたいな状態だ。



 まさかボスか? こいつがこのダンジョンのボスなのか?


 絶対に勝てる気がしないぞ……



 戦闘力は当然として、そもそもこんなモフモフの塊に暴力を働く自分が想像できない。


 これは……完全に詰みでは?



『…………』



 そんな俺の様子になぜか狼が呆れたような目になり、クァ……と大きなあくびをする。


 その時だった。



 《契約の確認:魔狼が契約の締結を求めています》


 《契約しますか? はい/いいえ》



 視界に文字が浮かび上がった。



 契約?


 なんだこれ?



 流れから察するに、「契約」とやらを求めてきているのは、この狼のようだ。


 というかコイツの頭付近に▼のマークが浮かんでるし。



 つまりこの狼は、俺と契約をしたいがために出口を塞いでいるということらしい。


 つーか狼とする契約ってなんなんだって話である。



 そもそも、である。



 契約という言葉は、たった二文字だが社畜という種族にとっては重要な単語である。


 締結すれば契約に縛られることなるし、ましてや相手は魔物だ。


 俺にとって一方的に不利な可能性だって否定できない。



 そもそも契約の内容が示されていないのに締結するバカはいない。


 できれば事前に条項をしっかり精査したうえで、会社に持ち帰ったうえ法務担当に確認させて……



 って何を考えているんだ俺は。


 頭を振って気持ちを切り替える。


 急に「契約」とかいう単語が出てきたせいで仕事モードに頭が切り替わってしまっていた。



 これは会社の仕事じゃない。


 ただのプライベートだ。



 とはいえ、内容のわからない契約を締結することなんて怖くてできるわけがない。



「あの……契約の内容って確認できませんかね?」


『…………』



 おそるおそる尋ねると、再び狼はフスッと鼻を鳴らして俺の左目に視線を合わせてきた。


 すると。



《契約内容の提示》


 

《従魔契約》

 

《第1条 汝と我は、従魔契約を締結することを――》


《――――――――――――》


《――――――――――――》


 ………………



 おお、なんか一気に条項が出てきたぞ。



 なるほど、『従魔契約』か。


 これなら字面からなんとなく分かる。


 

 契約の主体が「汝」と「我」になっているのが気になるが、まあここ現実世界じゃないっぽいしな。


 むしろ「甲」「乙」とかより分かりやすい。問題ない。


 内容をざっくり要約すると、重要な部分はこう定められていた。



 ひとつ、俺と狼は従魔契約を結ぶ。主が俺で従が狼。


 ひとつ、主人は従魔を養う義務がある。従魔は主人の身の安全を護る義務がある。


 ひとつ、主人の得た力は任意で従魔に分け与えることができる。従魔が得た力は、一割を主人に還元しなければならない。



 他にもいくつも細かい条項があったけど、「お互い険悪になったときは武力でなく話し合いで解決する」「相手が『魔族』あるいは『深淵のおり』だと判明したときは、その相手方は一方的に契約を解除することができる」などファンタジーっぽい条項があるものの、どちらかが一方的に不利になるようなものはなかった。


 ていうか魔族って反社扱いなのか……


 この狼のいた世界の世界観てそういう感じなのね。把握把握。



 んで『深淵の澱』ってのも魔族と同列扱いだけど、多分魔族の魔物版的な存在なのだろう。まあ、語感からして危険そうではある。


 とにかくコイツも反社認定なわけね。了解です。



 契約の内容は大体把握した。


 これ、要するに俺に対して自分を養ってくれって言っているよね? この狼。


 いやまあ、犬は大好きだけど……



 こいつを飼うとなると、色々と問題が山積みだ。


 そもそも、である。



「君、でかすぎるんだよね……」


『…………!?』



 一番のネックはそこである。



 ていうかサラブレッド並みの巨体を持つ狼とか、現代日本でどうやって飼育するんだ。


 どう見ても、毎日牛一頭はぺろりと平らげそうなんだけど!?



『…………』



 あ、小さくなった。


 若干不本意そうな様子だったけど、俺との契約締結の方が大事だったらしい。



 ともあれ、今や狼は豆柴くらいのサイズ感だ。かわいい。全身をモフり倒したい。


 たしかうちのアパートは規約上小型犬までなら飼育可だったはずから、このくらいのサイズなら自宅に連れて帰る分には問題ない。


 というかサイズ自由に変化できるんか、この狼。


 さすがファンタジー狼だな。



 ……ええと。


 まだ他にも問題は大量にあるんだけど……


 こいつ、契約しないと多分出口からどかなさそうなんだよな。



 仕方ない。


 俺は覚悟を決めた。



 できるだけ早く、届け出と予防接種だけはしっかり行っておこう。


 ……あと、魔物って変な病気とか持ってないよね?


 

 と、そうだ。



「ええと、君……って名前とかないの?」



 『魔狼』ってどう考えても種族名だよな。


 となると、せめて呼び名くらいは知りたいところだ。



 ……いや待てよ。



 俺は目の前に浮かんだままの契約条項に目を走らせる。


 ああ、あったあった。


 結構下の方だ。


 そこにはこう書かれている。



《汝は我と契約が完了した場合、汝は我に対する命名権を獲得する。なるべくカッコいい名前を付けるがよい》



 なんかこの条項だけ、やたら狼の意思が前面に押し出されてないか……? まあいいけどさ。



 そうだな……名前……狼キャラっていうと、「ロボ」とか「フェンリル」とかいろいろ思いつくけど……既存の固有名詞系はどうも抵抗感がある。


 かといって、「ポチ」とか「ペス」はなんかしっくりこないしなぁ。



 やっぱ無難に「クロ」とかだろうか。毛並み真っ黒だし。


 うん、それでいこう。



「よし……決めた。俺は君と契約することにする。名前は……『クロ』だ。いいね?」


『…………フスッ!』

 


 魔狼――『クロ』が満足そうな様子で大きく鼻を鳴らした瞬間……パッと周囲が光に包まれた。



 一瞬目を細めるが、すぐに光は落ち着き。


 そして目の前に新たな文字が浮かび上がった。



 《契約完了:主 廣井アラタ 従 魔狼クロ》



 どうやら主従契約は無事完了したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る