第6話 社畜と現実と狭間の現実
「う……私、何を……」
「大丈夫ですか?」
店員さんが目を開いた。
顔色は元に戻っている。
まだぼーっとした表情をしているが、特に異常はなさそうに見える。
良かった。
ほっと胸をなでおろす。
「ちょっと、山本さん、大丈夫ですか!?」
と、そこでようやく他の店員さんが駆けつけてきた。
どうやら他の客が助けを呼んできたようだ。
……これで俺も役目も終わりかな。
「すいません、介抱していた者です。多分、貧血か何かだと思います。頭は打っていないと思いますが……一応、病院で見てもらった方がいいかもしれません」
「……そうですか、ありがとうございます。山本さん、もう大丈夫だからね」
駆けつけてきた女性店員さんがジロリと俺を見てから、倒れた方を俺からかばうように位置取り、彼女の身体を支え立たせた。
まるで俺が彼女に何かをしたかのような疑いようだが……まあ、仕方ない。
どちらの店員さんも若い女性だからね。
これに比べて、こちらはくたびれたオッサンリーマンだ。
たいして顔も良くないし。
だから善意で若い女性を助けたとしても、こういう目で見られるのは慣れている。
まあ、別に後悔はない。
ないったらない。
俺は自分の心のままに行動しただけだ。
「それじゃ、私はこれで」
誤魔化すように時計を見れば、定時が近づいてるのが分かった。
さすがにそろそろ会社に戻らないと、今度は『どこで油を売っていたんだ!』と課長にどやされてしまう。
この辺のタイミング、結構シビアである。
俺は足早にカフェを出ようとして……
「あ……あの」
「あ、ちょっと山本さん?」
出入口のあたりで、背後から呼び止められた。
見れば、先ほど倒れた店員さんが、他の店員さんに支えられながら俺の方を見ていた。
「
ぺこり、と頭を下げられた。
「……私は側についていただけですよ。それでは、失礼します」
あの現象を、彼女にどうやって説明したらいいのか分からなかった。
だから俺は彼女にそれだけ言って、足早にカフェを出た。
「あっ……」
背後で名残惜しそうな声が聞こえたような気がしたが、振り返ることはしなかった。
別に見返りを求めてのことじゃないからね。
……ただ、彼女の言葉とともに身体は軽くなったのは事実だ。
まあ、オッサンにとってはそれで十分なのである。
その後。
なんとか絶妙な時間に会社に戻ることができた俺は、残務処理を終え、今度は終電を逃さずに帰宅することができたのだった。
◇
《本日のリザルトを報告します》
《戦闘報告:シック・ヴァインの討伐……1体》
《魔物討伐によるマナの総獲得量……+150マナ》
《現存マナ総量……150マナ》
《『魔眼』のレベル上昇値に達しました……レベル2→3》
《スキルレベルが上昇しました:『ステータス確認:レベル1→2』『弱点看破:レベル1→2』》
《レベル上昇によりスキルを獲得:『鑑定:レベル1』『身体能力強化:レベル1』》
《スキル一覧:『ステータス確認:レベル2』『弱点看破:レベル2』『鑑定:レベル1』『身体能力強化:レベル1』『異言語理解:レベル1』》
《現存マナ総量……50マナ》
《……………………》
《今日はお疲れ様でした》
《まさかこちら側の存在――魔物が、これほどこの世界に浸透しているのは想定外でした》
《ですが、あなたのおかげで排除することができました》
《ありがとうございます》
《私は現実世界に影響を及ぼすことができません》
《今のところは、ですが》
《……………………》
《いずれにせよ、あれらは人族にとって有害です》
《見つけ次第、排除していただければ助かります》
《排除すれば、マナを得ることもできますし》
《……………………》
《そういえば》
《夢……という人族共通の機能を間借りしておりましたが、どうやら目覚めるとステータスの内容すら忘却してしまうようですね》
《これでは意味がありません》
《私としたことが、うっかりしておりました》
《スキルを強制解放します》
《……………………》
《上位者権限によるスキル獲得:『明晰夢:レベル5』》
《上位者権限によるスキル進化:『ステータス確認:レベル2』→『ステータス認識』》
《スキル一覧:『ステータス認識』『弱点看破:レベル2』『鑑定:レベル1』『身体能力強化:レベル1』『明晰夢:レベル5』》
《……………………》
《これで貴方は夢の外でもステータスを確認したりマナを割り振ることにより自由にレベルアップやスキル取得を行い、獲得したスキルを自由に使うことができるようになりました》
《ステータスを呼び出す場合は、『ステータスオープン』と唱えるか念じてください》
《……………………》
《申し訳ありませんが、私自身の姿は、まだ隠蔽させていただきたく思います。ご容赦ください》
《さて、そろそろ目覚めの時間のようです》
《それでは、またいずれ》
《……………………》
《……………………》
また妙な夢を見た。
今度はかなりはっきりした夢だ。
けれども、どう頑張っても、話しかけてくれた女の人の姿と声だけは思い出すことができなかった。
◇
「……おかしいわね」
深夜の月明かりの下、とあるビルの屋上で。
一人の少女が首をかしげていた。
深夜に出歩くにはあまりに派手な、フリフリの衣装。
ツインテールでまとめられた長い髪は、日本人とは思えない鮮やかなピンク色。
とても可愛らしい顔立ちの少女だ。
年のころは十三、四だろうか。
しかし……彼女が持っているのは、小柄な少女に似つかわしくない巨大な戦槌だ。
戦槌には、夥しい血痕が付着している。
もっとも――未だ乾ききっていないその血痕は、濃い紫色をしていた。
「この辺で、かなり強い妖魔の気配を感じたのに、いくら探しても見つからない。討ち漏らしたと思ったけど、勘違い?」
少女のあどけなさの残る顔が、訝しげに夜の街を見下ろしている。
『どう思う? ルーチュ』
『どうもこうもないッチュ』
彼女の肩でポン! とコミカルな音が弾け、珍妙な形状の小動物が現れる。
リスに似ているが、やたら丸っこい。
強いて言いあらわすならば、ドングリを貪りに貪った、冬眠前のシマリスだろうか。
『さっき妖魔を倒した街区以外に、どこを探しても痕跡すら見当たらないッチュ。こんなことは初めてッチュ。ミラクルマキナはどうッチュ?』
シマリス……ルーチュはまるでカートゥーンのような動きで肩を竦める。
「さっき言った通りよ。ていうか、ミラクルはやめてって言ってるでしょ。マキナでいいから」
『そうもいかないッチュ。僕らマスコットは規約上、魔法少女を正式名称で呼ぶように定められているッチュ』
「世知辛いわね! ……まあいいわ。妖魔だろうが怪人だろうが倒せばポイント入るんでしょ? ここ最近は他の子たちと比べても出遅れ気味だし、今日は徹夜で探すわよ」
『で、でも僕は正規じゃなくて臨時の派遣マスコットッチュ。規約上、
「……だから?」
『ッチュ!? お、脅さないでッチュ! うぅ……サービス残業、頑張るッチュ……』
「よろしい」
そんなやりとりを残し、魔法少女とマスコットは夜の闇に消えていった。
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