第5話 社畜だけど身体の調子が良すぎる

 ――ピピピッ、ピピピピッ!



「……はっ!?」



 スマホのアラーム音で目が覚める。


 気づけば窓の外は明るかった。


 完全に熟睡していたらしい。



「ふあぁ……」



 ベッドの上で起き上がり、伸びをする。



「……?」



 そこで気づいた。


 身体が痛くない。



 もちろん昨日のことは、まだ鮮明に覚えている。


 左目でしか見えないダンジョンに入り、スライムらしきモンスターを何体も倒した。


 そのせいで、帰宅すると身体中が痛くて仕方なかった。



 だというのに、今の体調といったら……身体が痛むどころか、絶好調だ。


 十代に戻ったのかと錯覚するほどに、身体に力がみなぎっている。


 なんだこれチャンスか?

 


「目はそのままか……」



 残念ながら、洗面台の鏡に映った俺の左目はあかいままだった。


 というか、むしろ朱さが増したような気がする。



 あと、変な模様みたいなものが瞳の部分に浮かんでいる気がするんだが……


 これ、魔法陣か?


 ゲームとかアニメとかで見た気がするヤツだ。



 なんというか、本格的に『魔眼』って感じになってきたな……



「…………」



 昨日から変なことが立て続けに起こりすぎていて、もう目に魔法陣が浮かんでいても驚きはない。


 とりあえず出てきたのは、



「今日も眼帯必要だな……」



 というセリフと乾いた笑いだけだった。



 ちなみに昨日のヤツをもう再利用するハメになった。


 今日こそはドラッグストアで新しい眼帯買って帰ろう。




 ◇




「……それでは失礼いたします」



 すべての取引先を回り、俺は安堵のため息をつく。


 前任者のトラブルがあった取引先も、担当者に菓子折りを持っていったら快く受け取ってくれた。


 すでにトラブルは解決済みのうえ謝罪は昨日のうちに済ませているから問題ないとは思っていたが、念には念を、である。


 取引先の窓口との関係は良好に保っておくに越したことはないからな。



「さて……結構時間が余ってしまったな」



 俺は腕時計を見た。


 もうすぐ定時といったところだ。


 すぐ会社に戻ってもいいのだが、あまり早くに戻ると課長あたりからちゃんと外回りを頑張っているのか疑われてしまう。


 とくに課長は現役時代に気合と根性で仕事を回していた世代だからか、営業に出たヤツが日没前に帰ってくることをよしとしない。


 正直非効率極まりないが、結果を出していれば逐一行動を監視されるほど厳しくないのが救いでもある。



 そんなわけで、俺は定時になるまで街で時間を潰すことにした。


 それに新しい眼帯も買う必要があるしな。



「ありがとうございましたー」



 ドラッグストアで首尾よく眼帯をゲット。


 近くのカフェに入り、新しいものに替えようとした……そのときだった。



「あ、ちょっと通りますねー」



 背後で女性の声がした。


 見れば、女性店員さんが俺の席の隣のテーブルを拭こうとやってきたところだった。



「……ん?」



 そこで俺は気づいた。


 一生懸命テーブルを拭いている店員さんの首もとに何かが見えたのだ。



 鮮やかな緑色のつる植物のタトゥーだ。


 うわぁ、と思った。



 ――結構清楚で可愛いのに、これまたエグめのヤツを入れているなぁ……


 ――もしかして、実は元ヤンだったり彼氏がオラオラしてたりするのだろうか?



 そんな感想を抱く。


 とはいえ俺も赤の他人の趣味に物申すような危ない性格じゃない。


 すぐに彼女から興味を失い、自分のスマホに視線を戻そうとした……その時だった。



 ギュルッ、と・・・・・・タトゥーが動いた・・・・・・・・



 ……えっ。

 


「う…………」



 それと同時に、スタッフのお姉さんがうめき声を上げその場に崩れ落ちた。



「ちょ、大丈夫ですか!?」



 さすがに放置しておくわけにいかず、慌てて声をかける。 



「うわっ……なんだこれ」



 思わず声が出た。



 彼女の顔は赤黒く変色していた。


 まるで誰かに首を絞められているようだった。


 

 いや、違う。


 それにタトゥーが首に巻き付くような形に変化していたのだ。


 そして今もなお、ギュルギュルと彼女の首を絞めるよう蠢いている。



 なんだこれ……病気、じゃないよな?


 ていうかこの状況……かなりまずいのでは!?



「なんだなんだ」


「おい、スタッフの姉ちゃんが倒れたぞ」


「うわ、怖っ……」


「おい、誰か助けろよ」



 他の客も異変に気付いたのか、こちらに注目している。


 が、関わるのが面倒なのか誰もこちらにやってこようとしない。


 あまつさえ、スマホを取り出し撮影を始める始末だ。



「ちょっと、大丈夫ですか!? 私の声、聞こえますか?」


「う……」



 倒れ込んでしまったお姉さんの頬を叩いたり肩を揺さぶってみるが、うめき声を上げるだけでまともな反応は返ってこない。


 というかすでに顔が腫れ始めている。


 どう見てもかなりヤバい状況だ。



 つーかなんだこの気色悪いタトゥーは!?


 触ってみるが、もちろん店員さんの首の肌の感触だけしか伝わってこない。


 と、その時だった。



「クソ、誰か店員さんを呼んで……うぐっ!?」



 いきなり左目に灼熱感が襲った。


 ダンジョンを見つけたときと同じ感覚だ。



「ぐ……」



 クソ、こんなときになんだってんだよ!


 だが俺の意思に反して灼熱感はどんどん強くなってゆき、再び視界に火の粉が散り始める。


 頭がクラクラとして、意識が朦朧とする。


 クソ、俺まで倒れたら……



 そう思った瞬間。



 以前と同じように、フッと灼熱感が消えた。


 それと同時に、店員さんの首に違和感を覚えた。



「うわぁっ!?」



 それを見て、俺は思わず声を上げてしまった。


 彼女を支えていた手を離しそうになってしまい……どうにか耐える。


 絵だったはずの植物の『つる』が実体化して彼女の首をギュウギュウと締め付けていたのだ。



 おいおいウソだろ……



 あまりに非現実的で、目の前の光景を受け入れるのを脳が拒絶している。


 だが、いくら見てもそれは間違いなく蔓だった。



 そこで思い当たる。


 まさか、これ……ダンジョンの扉と同じ現象なのか?



 ということは……


 

 よく分からんが、蔓が実体化しているのなら除去できるのでは……?



 触れてみた感じ、グニョグニョ蠢いていて気色悪いものの『蔓』自体はまだ新芽のような感触で細く柔らかい。


 これなら素手でも引きちぎれそうだ。



 となれば……やるしかない!



 俺は店員さんの首と『蔓』の隙間に指をこじ入れ、むしり取るように引っ張った。



 ――ブチッ、ブチブチッ!



 おおっ、意外といけるぞ!


 『蔓』は意外なほど脆く、少し強く引っ張っただけでちぎれてしまった。


 ならば、話は早い。



「よし、これなら……!」



 店員さんの肌を傷つけないように注意を払いながら、幾重にも巻き付いた『蔓』をむしり取っていく。


 そして。



「う……」



 首に巻き付いた『蔓』をすべて取り去ると、彼女は小さくうめき声をあげ、うっすらと目を開いた。

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