第4話 社畜とレベルアップ

「はあ、はあ……どうだ、やってやったぞ!」



 すっかり綺麗になった広間で、俺は勝利の雄たけびを上げた。


 今や俺以外に、動くものはない。


 やった……どうにか生き延びたぞ……!



「っはぁ……!」



 それを確認したところで力が抜け、たまらず石床にへたりこむ。



 こんな大きな生き物との命のやり取りなんて、生まれて初めての経験だ。


 いまだに現実感がない。



 でも……全力で椅子をぶんまわしてスライムと戦った記憶は強烈な興奮と高揚感とともに何度も脳裏にフラッシュバックされ、なかなか消えてくれない。


 きっと今日の出来事は死ぬまで忘れないだろう。


 そう思うくらい、強烈な体験だった。



「クソ……今更手が震えてきたぞ」



 多分安堵したからだろう。


 手がプルプル震えてモノが持てない。


 というか全身がめちゃくちゃ痛い。


 戦闘どころか、最近はろくに身体を動かしてなかったからな……


 怪我はしていないが、明日は絶対筋肉痛だぞこれは。



「帰るか……」



 とはいえ、いつまでもこうしていられない。


 時計を見ると、すでに午前2時を回っていた。


 どうやらかなりの時間、呆然としていたらしかった。


 まだ手足がガクガクしていたが、足を踏ん張り立ち上がる。


 スーツと鞄を回収し、ホールの出口に歩き出す。


 そこで、なんとなく後ろを振り返った。



「……この部屋、まだ先があるのか」



 入ってきた扉とは反対側に、同じような扉が見えたのだ。


 さっきはスライムとの戦闘で夢中だったからまったく気づかなかった。


 ……あの扉の先はどうなっているんだろう。



「いやいや、もうたくさんだろ」



 俺は首を振って、ムクムクともたげてきた好奇心を頭から追い出す。


 さすがにもう気力も体力も限界だ。


 それにこんな危ない場所は、一刻も早く出なければ。



 俺は扉を開き、もと来た通路を戻り――無事にダンジョンの外に出ることができた。



「はあ……寒っ」



 深夜の街はかなり冷え込んでいて、じっとしていると冷気が身体にしみ込んでくる。


 とはいえ、先ほどのピンチに比べれば寒さなんて大した問題じゃないけど。



 その後、俺はどうにか自宅のアパートに戻ると――熱いシャワーを浴び、ベッドにもぐりこんだ。



「はあ……疲れた」



 身体を横にした瞬間に強烈な眠気が襲ってきた。



 今日は散々だったからな。


 身体中が泥みたいだ。



 まどろみのなか、俺はぼんやりと考える。


 相変わらず、左目の視界は朱いままだ。



 けれども、この眼が俺をダンジョン(?)に誘い、そしてスライムとの戦いを助けてくれた。


 確かにずっとこのままなのは困るけど……案外、悪くないかもな。


 ていうか、明日ちゃんと起きれる……かな……



 …………


 ………………………………



 夢を見た。


 あいまいで、それでいてところどころ妙にはっきりと記憶に残る、不思議な夢だった。



 《本日のリザルトを報告します》



 《実績開放……『暴露の魔眼』の覚醒》


 《戦闘報告:腐肉スライムの討伐……10体》


 《魔物討伐によるマナの総獲得量……0→60マナ》


 《現存マナ総量……60マナ》


 《『魔眼』レベルの上昇値に達しました……レベル1→2》


 《レベル上昇により、スキル:『ステータス認識』『弱点看破:レベル1』を獲得しました》


 《上位者権限行使により、残存マナを体組織の損傷回復及び軽微な病巣の除去に充当》


 《現存マナ総量……0マナ》



 《……………………》



 《……安心しました》


 《このまま覚醒しないかと、諦めていました》


 《私ですか? 私は ■■■■ です》


 《ですが、今のあなたでは私の姿も名前も、目覚めたときには忘れてしまっているでしょう》


 《ですが……》


 《いずれ現実世界でもお会いできるときがやってくるでしょう》


 《あなたが完全に覚醒した、そのときには》


 《私の口から直接言いたいのです》


 《救ってくれてありがとう……と》



 《……………………》



 まるでゲームのミッションクリア画面のように、文字が次々と脳裏を流れていく。


 夢の中で、俺はそれを淡々と眺めていた。



 その後。


 夢の中で綺麗な女性に出会った気がしたが……



 どんな姿をしていたのか、どんな声をしていたか。



 目覚めたときにはすっかり忘れていた。

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