第6話 剱山様と柏木さんと名取




 肉体が朽ち果てても。

 記憶が消え去っても。

 魂は。

 魂だけは。

 あなたと一緒に。











「そなた」

「はい」


 何がどうして仮面の男性の気が変わったのかは、わからない。

 けれど。


「豪語するだけの実力を見せてもらう」

「はい」


 自信満々に答えた。

 記憶喪失の男性に腕を掴まれていなければ、胸を強く叩いていた所だ。


「任せてください」


 集中しては全身を駆け巡る血流を強く意識する。

 我が身に流れる術師の力よ。

 集結したまえ。

 集結しては、全身に行き渡らせるのです。

 顔を見た事もない、曾婆様曾爺様ご先祖の方々。

 顔をしょっちゅう見ている、婆様爺様母様父様。

 とてもとてもお世話になっている、この世界の神秘なる力様よ。

 俺に力を貸してください。


 この村の人々を慰めてください。

 この座敷牢の結界を解いてください。

 仮面の男性と記憶喪失の男性が一緒にいられるようにしてください。


「そなた」

「はい?」

「………いや。礼を言う」


『礼を言う』


 以前にもこの仮面の男性に言われた事がある。

 そう思った瞬間、記憶のない映像が怒涛の如く押し寄せて来た。




『見目麗しい。ただそれだけの理由で人柱に選ばれた』

『泣いて謝罪された事がある。神に縋らなければ生きてはいけない。神がいなければ現実という漆黒の荒波に飲み込まれてしまう』

『神を仕立てなければ』

『死にたくない。まだ生きていたい。まだまだ生きてしたい事がある。知りたい事がたくさんある』

『死にたい。この村の為に死にたい。役に立つ人間だと。生に誇りを持たせたい。それでこそ、この世に生を受けた意味がある』

『この村から出て、広い世界を見たい』

『村の者の命と魂は徐々に怨念へと変わって行った。わらわの身の中で、暴れておる。どうか。頼む。村の者を慰める。わらわにも。この座敷牢に結界を張っておくれ。この世に災厄を振り撒かぬように』

『ふふ。無用だ。村の者を全員、慰め終えたのならば、自らの足で出て行く。出て行き。あやつを探しに行く。見つけ出して、輪廻転生の輪に投げ飛ばしてやるわ』

『わらわはもう、輪の中には、入れぬからのう』

『ふふ。そなたが成し遂げて見せると申すか。そなたが不可能であったならば、子孫が成し遂げると?あほう。子孫に押し付けるでない』

『異なる血が混ざり合う事で不可能になる事もあれば、異なる血が混ざり合う事で可能になる事もある。なあ。子孫よ。よろしく頼む』




「おう。顔も名前も知らないご先祖様。俺は成し遂げて見せる!」











「と。豪語しておったのにのう」

「剱山様。そんなに意地悪な事を言わないでください。申し訳ありません。名取様」


 ころころころころ。

 鈴の音を転がすように笑う仮面の男性、もとい剱山様を、記憶喪失の男性、もとい柏木さんが窘めている。


「いえ。仰る通りですから気にしないでください」


 そう。剱山様の言うように、まだ彼を座敷牢から出せてはいないのだから。

 あの日。

 すべての力に力を貸してほしいと願い出た日。

 すべての力が集結したのはいいものの、集結しすぎたおかげで、俺は鼻血を流して気を失った。

 村の人たちを慰める事と柏木さんの記憶を戻せる事はできたらしいのだが、何故か、座敷牢の結界がより強まってしまい、剱山様でも自力で出る事が叶わなくなってしまったらしい。


「はよう結界を解くのだ」

「剱山様。急かしたらできるものもできませんよ。名取様。ゆっくりで構わないですよ」

「柏木さん」


 柏木さんの優しさに、ほろり、涙が浮かび上がった。

 ああ、癒される。


「………名取。そなた。柏木に惚れたか?」

「惚れそうですね。でも。惚れた所でこの想いが成就するとは思ってないので安心してください」

「ふむ。聞きわけがいいのは、そなたの長所よな」

「ありがとうございます。頑張ります。早く結界を解いて、二人に雪を見てほしいです。雪だけじゃなくて、いっぱいいっぱい見てほしいです」

「名取様。ありがとうございます」

「ふむ。その心意気に免じて、無事に結界を解いた褒美に仮面の下の素顔を見せてやろう。わらわの見目麗しさに腰を抜かすぞ。柏木。ゆるせよ。わらわの素顔を見せる事を」

「まあ。嫌ですけど。名取様にはお世話になっていますし。その。とても迷惑をかけていますので。我慢します」

「迷惑だなんてそんな。夢ですし。気にしないでください。あ。安心してくださいね。夢だからって、途中でやーめた。なんて、手は抜きませんから」


 俺が強く言うと、柏木さんは剱山様と顔を見合わせて、何故だか微妙な表情になったのだが。それは、俺が無事に座敷牢の結界を解いて、目を覚ました時に知る事となる。

 同時に、すぐに忘れる事となるわけだけれど。


 警官に記憶喪失の男性を任せた日から、一か月間まるまる意識を失っていたらしい俺は、目覚めた時に長い夢を見ていたと呟いたそうだ。

 どんな夢だったかは、残念ながら覚えていないが。

 心がぽかぽかしているので、きっといい夢だったのだろう。




「今年は暖冬らしいから見られないかもしれないわよ」

「あ。うん」


 退院して付き添ってアパートに来てくれた母の返しに、首を傾げる。


 どうして雪が見られるといいなんて、言ったんだっけ。











「雪が見られるまでは、あやつの傍らにいてやろうかの」

「はい。剱山様」

「柏木」

「はい」

「ありがとう」

「………私こそ。ありがとうございます。剱山様」

「うむ」

「一緒にいきましょうね」

「ああ」







 肉体が朽ち果てても。

 肉体が変質しても。

 記憶が消え去っても。

 記憶がこびりついても。

 魂は。

 魂だけは。

 あなたと一緒に。

 いついつまでも。

 巡り廻りて。

 そうしてまた、訪れるのだ。

 肉体を得て、手と手を取り合える日が。

 火傷しそうなほどの熱を、直に味わえる日が。

 










(2023.11.11)



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雪待月 藤泉都理 @fujitori

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