第9話

「そう言えば、どうやって【ヤドリギ】から移動したんだ?」

「え、なんのこと?」

 定められた滞在期間を抜け、カミルとルーンは同じ馬車で帝都を目指していた。

 尤も、カミルがルーンと同じ馬車に乗り合わせているのは罪人である彼女を監視するためで、この馬車も一般の郵送馬車ではなく、公的な護送車である。


 本来なら、カミルのような団長クラスが罪人を監視するのは珍しいが、一緒に帝都へ帰る部下もおらず、また、街の衛兵を何日もかけて往復させるのも忍びないので、衛兵たちの申し出は断っている。


「ドワイトを殺した日と、ラングの部屋に入り込んだ日だ。あの日両方とも、お前は【ヤドリギ】で働いていただろ。特に、ラングを殺そうとした日は俺たちより後に店を出たはずだ。それがどうやって先回りした?」

「ん~……」

 と、ルーンが顎に手をあて、考える素振りを見せる。


「私、両方ともお店には出てないよ?」

「は?」


「いやいや。ドワイトの日はたまたまお休みだったけど。ラングの日は慎重に行きたかったから、おやすみ頂いたんだよね」

「そんなはずはない。確かに俺は、赤髪のお前に会計をしてもらった。お前はお代を計算間違いして、仕方がないから差額分は心付けとして渡してやると」

 あの時の状況を説明するカミルだが、ルーンには思い当たる節がないらしい。彼女にますます困惑の色が浮かぶ。


「赤髪? 確かに、娼婦として働くとき以外は髪色隠すのにカツラ被ってたけど、赤色は持ってないし……。誰かと間違えたんじゃない? と言っても、赤髪の女の子なんて、うちの店にいたかなあ……」


 そんなはずない、と今度は心の中で叫ぶ。確かに、あの街を訪れた初日、【ヤドリギ】でルーンと名乗る女に接客してもらった。髪は赤色で、笑顔が眩しくて、どこか妹と似ているような──。


「そう言うことか……」

「なになに? 誰かわかったの?」

「ああ、わかった。──奇蹟は起きてしまったのだな」


 ルーンと出会ったのは雨が上がる前だった。

 あの街は死者と出会える街。

 その実は雨上がりに地面から発露する花粉が見せる幻覚だ。

 だが、伝説は理屈では通らぬ筋道を辿って、誰かのもとで実行される。


「あの髪色は俺の妹じゃないか」


 どうして気づかなかったのだろう。気づいてあげられたら、もっと話して、謝ることができたのに。

 お腹を空かせていないか。ひどい目に遭っていないか。どこに居るのか。色々、訊くことが出来たのに。

 もっと、俺に対して恨み言を言ってもよかったのに。どこまでも優しい妹なんだ。


「いいさ、どうであろうと変わらない。俺はいつかルーンを見つける。そのために生きてきたんだ」

 誰にも聞かせぬつもりの独り言。ただ、口に出してしまわないと、胸の内で腐ってしまいそうだった。


「なになに? ルーンならここにいるよ⁉ お兄さん、かっこいいしサービスするよ!」

 何も知らぬ“ルーン”が身を寄せて、肩へ頬ずりする。

 ハツラツとしているが、上目遣いの媚びた子猫のような瞳がカミルを見つめる。


「日の下で生きていくつもりなら、その男に媚びる癖を治せ」

「なにそれなにそれ! ちょっと今のは無神経だよ、私の今までの苦労も知らないで!」

「煩い! 妹に似たお前が阿婆擦れみたいなことをするのが気に食わないのだ!」

「あ、他の女を重ねるのも減点! お兄さん、モテないでしょ? 私が色々教えてあげよっか?」

「そうやって、自然な流れで股間に手を伸ばすなこの阿婆擦れ!」


 裁判になろうと、情状酌量が認められて長くともルーンは2,3年で刑務所から出てくるであろう。

 その後、どうやって日の下の暮らしを覚えさせるか。カミルは早くも頭を抱えるのであった。

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休暇中”冒険者”のミステリー解決編~あいつもこいつもそいつも絶対何か隠している~ 白夏緑自 @kinpatu-osi

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