第15話 〈神滅竜装―ロスト・アサルト―〉
一時間後
〈第二四戦術学園〉第十二闘技場。太陽が降り注ぐドーム状の場にて、二人の少年少女が対峙していた。
片方は刀を構え、印象的なポニーテールを揺らす中肉中背の少年。
そしてもう片方は、右手に幾何学的なデバイスを持ち、銀髪のツインテールを揺らす少女。
名を――斬崎綾乃、神善祀羅。
Eクラスの落ちこぼれと〈重装の装甲姫〉の二つ名を持つ序列三位のエリート。
あまりに異質の組み合わせに、休日にもかかわらず観客席は人で埋め尽くされていた。
「おいアイツって……」
「オリエンテーションの時の奴だよな」
「相手した全員殺しかけたって話だぜ」
「うぇ……怖すぎだろ」
新入生と思われる生徒たちが、若干の恐怖を孕んだ視線を綾乃に向けてくる。
何やらあることないこと言われている気もするが、気にしないことにした。
と、その時。
「耳障りだから少し黙ってくれないかしら?」
「「「ひ……っ!」」」
(マリアも来てたんだ)
鬼の形相で生徒たちを威嚇するマリアの姿がそこにはあった。
その様子に若干苦笑する。だが彼らの声を制してくれたのは素直にありがたい。
(にしても)
綾乃は心を落ち着かせながら、前方の祀羅に視線を向けた。
(祀羅先輩の〈神武〉は一体)
右手に携えられたデバイス。
〈神武〉の種類は星の数ほど存在する為、正直予測は難しい。
だが〈重双の装甲姫〉という二つ名から考えるに、綾乃のような手に持つ〈神武〉でないことは何となく想像がつく。
「すごい人の数だねー、なんか緊張しちゃうなぁ☆」
祀羅は愉快そうにあたりを見回すと。綾乃の視線に気付きふっと笑った。
「なになに、アタシの〈神武〉気になっちゃう?」
「えぇ、まぁ」
「ふふ、すぐに分かるよ」
全力で相手をしてほしい。
決闘を申し込む際、綾乃は容赦の必要はないと言い切った。
それつまり、綾乃自身も本気で征くという意思表示。
今の祀羅は表面上こそいつもと変わらないが、内に秘める気が明らかに〈狩人〉のソレに変わっている。
少しでも気を抜けば狩られる。祀羅から放たれる〈狩人〉の気配に、本能が五月蠅く警鐘を鳴らす。
(……)
ふと、刀を握る手が震えていることに気付いた。
果たしてその震えが恐怖によるものなのか、それとも武者震いなのかは分からない。
ただどちらにせよ逃げる選択肢はない。
与えられるのは「戦う」選択肢のみ。
――やるしかないよね。
『では皆さん集まったところで、記念すべき今年度初! 生徒会メンバーによる決闘を始めさせて頂きたいと思います!』
開幕の宣言に会場がわっと沸く。
『司会は私〈情報科〉二年C組の暁(あかつき)ユズ。解説は我らが四皇生徒会会長、皇鳥つばめ! そしてジャッジ役に同じく生徒会会計の黒鋼影! 以上のメンバーでお届けします!』
それにしても、やけに大がかりだ。
今更感がすごいが、改めて四皇生徒会の影響力に驚かされる。
(まぁ大半は祀羅先輩の活躍を見に来ているんだろうけども)
事実、今や時代遅れの〈神武〉を携えた、しかもEクラスの落ちこぼれが生徒会に決闘を挑んだのだ。はたから見れば結果が分かり切っている試合をわざわざ観戦する理由なんてそれぐらいしかないだろう。
「祀羅先輩~頑張ってー!!!」
「カッコいいところ見せてくださぁーい!!」
「Eクラスの雑魚なんか瞬殺しちゃってくださいよー!」
「デュフwww 綾乃たんの萌え姿が見れると聞いてww」
この言われようである。てか最後誰!?
『では会場が十分に温まってきたところで選手紹介を行いたいと思いますッ!』
司会の言葉と共に、上部のシェルターが閉じ、太陽の光を完全に遮った。
暗闇に包まれる会場。だがすぐに眩いスポットライトが輝き、その光は綾乃を捉えた。
『入学早々生徒会に喧嘩を売ったのは、〈刀〉使いの期待の新人! それは勇気かそれとも無謀か! 一年E組斬崎綾乃選手ッッッ!!!』
オオオオオオオッッッ! と轟音にも似た歓声が沸き上がった。
その光景に、綾乃は少しだけ目を見開く。
(てっきり僕だけシーンってなると思ってたけど)
この反応を見るに、ある程度歓迎はされているらしい。
内心少し安堵しながら、綾乃は小さく手を上げた。
『お待たせしました! 続きまして、四皇生徒会書記にして序列三位! そして〈重双の装甲姫〉の異名を持つ破壊の権化! 二年S組神善祀羅選手ッッッ!!!』
一拍も置かず地面が割れんばかりの歓声が轟いた。
先ほどとは比にならない。ビリビリと空間が震えるほどの声量。
こ、鼓膜が破けるッ!?
戦いの為に耳を良くしたのが裏目に出てしまった。綾乃は涙目で肩を落とす。
「ちょっと何その紹介~! アタシはもっと清楚で大人しいっての!」
対して祀羅は響き渡る歓声に委細構わずむすっと両頬を膨らませていた。
(多分真反対だと思います……)
『では、テンカウント開始ですッッッ!!!』
迫真の叫びが響くと、設えられた大型モニターに『10』の数字が浮かんだ。
(って、ツッコんでる場合じゃなかった)
綾乃は細く息を吐き、精神を研ぎ澄ませる。
――九。
相手は強者も強者。序列三位の最強の一角だ。
――八。
不安がないと言えば嘘になる。緊張しないなんてありえない。
――七。
果たして今の自分が敵う相手なのか、考えが止まらない。
――六。
いや駄目だ。考えるな。集中しろ。
――五。
どうなるかなんて分からない。今僕ができることは、全力をぶつけることだけだ。
――四。
祀羅先輩の想いも、考えも、今はどうでもいい。
――三。
結局、剣を交えれば分かる話だ。
――二。
精神を研ぎ澄ませ。戦う理由を見失うな。
――一。
僕は人々を護るために、
――零。
『バトルスタートッッッ!!!』
――強く、あり続けるッッッ!!!
間髪入れず綾乃が鋭く地を蹴る。
時間はかけない。一瞬で仕留めて見せるッ!
目を細め、綾乃が刀を振り抜こうとした、
「いくよ、アヤっち」
その瞬間。
「〈
突如として、凄まじい衝撃波が会場を襲った。
〈疑似戦界システム〉で護られているはずの会場設備が悲鳴にも似た軋みを上げ、観客を保護するバリアに無数の亀裂が刻まれていく。観客の悲鳴は絶えず、続けて目が眩むほどの輝きが刹那の速度で会場を包んだ。
「なんだッ!?」
爆発にも似た暴風が一定間隔で巻き起こる。無数の気候条件での修行に耐え抜いた綾乃ですら、立っているのが精一杯であった。
『早速祀羅選手が〈神武〉を起動ッッッ!! 凄まじい迫力です! 私の声が届いていますでしょうか!?』
綾乃には辛うじて聞こえているが、恐らく普通の生徒には届いていない。それほどの轟音と衝撃をまき散らした嵐は、やがてゆっくりと収束されていく。
「――」
数秒が経ち、爆煙が晴れていく。
そうして現れた『ソレ』に、綾乃は驚愕に目を見開いた。
「こ、れは……」
それは、鈍色の装甲を纏った巨大な影だった。
五メートルほどの巨躯には独特の意匠が施されており、装甲に刻まれた傷らしきモノが淡く赤い光を帯びている。そうして鼓動のリズムに合わせるように、輝きは明滅を繰り返す。
一種の機動兵器というのだろうか。人間同じく二本の手足を持ちながら、頭部から伸びた二つの角、後方臀部から伸びた尻尾。その姿は、人間をベースにしながらも、部分的に竜を模したようなデザインに見えた。
『で、出た――――――!! 祀羅選手の〈神滅竜装〉! やはりいつ見ても恐怖を覚える姿ッッ!! さあ綾乃選手はこれにどう対抗するのかッッ!?』
司会が〈神滅竜装〉と呼んだ異形の機体は、背部に折りたたまれた六つの機械的な翼を勢い良く展開すると、頭部に設えられたツインアイを紅く輝かせた。
「——いくよ」
そして神喰の神話戦争 ~TS刀使いは女の子になってからが強いんです!~ @doradora440
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