第14話 今、試される資質。


「遅かったやーん綾乃クン」

「うわっ」


 生徒会室のドアを開けた綾乃は、眼前に現れたつばめに肩を震わせた。


「何やそないにびっくりせんでもええやん。傷つくわー」

「あぁすみません。少しボーっとしてて」


 大仰に身体をくねらせるつばめ。

 綾乃は苦笑いを浮かべながら、後頭部を軽く掻いた。


「まあええわ。せっかく遊びに来てくれたんやし、たーんと歓迎せなな」


 パンっと手を叩き、「影」と名を呼ぶ。


「お呼びでしょうか」

「うん、綾乃クンにお茶入れたって。実家から届いた美味いやつが棚にあるはずやから」

「承知しました」


 軽くお辞儀をした少年は、視線を綾乃に寄越す。


「お久しぶりですね、綾乃少年」

「影さん、いたんですね」

「ぶッ……」


 綾乃は突如として現れた、生徒会会計――黒鋼影の姿に目を丸くした。

 相変わらず神出鬼没の人物である。少々の驚愕が混じった反応に、傍らにいた祀羅が吹き出した。


「その様子じゃ元気そうですね。近況を聞く必要はなさそうです」


 影は祀羅を一瞥した後、淡白な様子で給湯室へと去っていく。


「いやあアヤっち才能あるわー、面白すぎっしょ!」


 それを見届けた祀羅は大笑いしながら綾乃の背をバンバンと叩いた。


「え、ええと」

「そうやで祀羅。あんま綾乃クンを『いじめたら』あかんで」

「…………あり?」


 どこか含みのある言い方に、祀羅が汗を垂らした。


 その様子を見たつばめは、はあと大きなため息を吐いた。


「ごめんな綾乃クン、祀羅はちょっとおかしな子でなぁ」

「ちょー! それ言ったらカイチョ―もでしょ!?」

「黙っとき」

「うー、ズルいぞー……」


 リスのように両頬を膨らませる祀羅に構わず、つばめは続けた。


「特に〈神骸〉に関しては人一倍反応する子なんや。だからまぁ、許したって」


 一瞬、彼女の目が鋭くなる。


「は、はぁ」


 肩を揺らされながら言い切ったつばめは、祀羅の脳天にチョップを入れる。


「いたー!」

(……)


 そんな賑やかな風景を横目に、綾乃は目線を少し落とした。


 〈神骸〉に関しては、人一倍反応する……か。


 どうするべきかと思い悩んでいる時。


「無理に言う必要はありませんよ。言わずとも、ある程度の事情は察しています」

「影さん。あ、ありがとうございます」

「いえ」


 すっと横入りしてきた影が、来客用のテーブルにお茶を置く。


「だからアタシらの間に入ってくんなし」

「失礼、視界に映らなかったもので」

「はぁ!? アタシの背が低いって言いたいワケ!?」

「そんなことは言っていません。ただ事実を言ったまでです」

「この、カゲオのくせ――」


 一触即発のその時だった。


「喧嘩やめるアル」


 いつの間に現れたのか、紅花が窓のフチにしゃがみ込んでいた。


「ゲッ、紅花」

「相変わらず神出鬼没な方ですね」

「祀羅も影も同じ仲間なら仲良くするネ。客人の前でみっともないヨ」


 軽い身のこなしでバク転した紅花は、着地ざまに腰に手を当て首を傾げた。


「ふふ、まともな時の紅花は頼りになるなぁ」

「つばめ、それは悪口か?」

「嫌やわぁ、深読みしすぎやで」

「ふむ……ならよし」


 ところで、と綾乃に視線を寄せる。


「生徒会室に何か用カ?」

「あ、そうだった」


 祀羅や生徒会のわちゃわちゃが原因ですっかり忘れていた。


「つばめ会長、リングの件ありがとうございました」

「あぁ、別に構わへんよ。手続きはほとんど影がやったしな」


 ちらりと影を見やるつばめ。


「そうだったんですね、影さんもありがとうございました」

「なに、会長のためですから」

「ほーんと、脈ナシなのによくもそこまで推せるよね」


 眼鏡のふちを上げた影に、またしても祀羅が突っかかる。

 喧嘩再発……と思いきや、影は黙ったまま何も言うことはなかった。

 ただ沈黙したまま、つばめの背を見据えている。


「私が出来る恩返しは、このくらいですので」

「……ふーん」


 つまらないといった様子でそっぽを向く祀羅。

 つばめは二人の様子に微笑を零した後「そうや」と両手を合わせた。


「せっかく遊びに来てくれたんや。入学祝いも兼ねて決闘でもせえへんか?」

「あ、面白そう! はいはい! アタシやりたーい!」

「決闘、ですか」


 子供のようにはしゃぐ祀羅とは対照的に、綾乃は暗い面持ちで呟く。


「なんや。綾乃クンなら喜ぶと思ったんやけど、調子でも悪いんか?」

「あ、いえそういうわけでは」


 強者と戦うことに関しては嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 だがしかし、先ほどの祀羅の言葉がどうしても引っかかってしまうのだ。

 もやもやとした言い得ようのない気分。


「もー祀羅がいじめるから綾乃クン落ち込んでもとるやん」

「えー! アタシのせい――って否定できないや☆」

「はぁ……全く」


 続けてつばめが綾乃の名を呼ぶ。


「なんやモヤモヤしてるんやったら、それこそ剣で語り合うのが一番ちゃうか? 言葉だけじゃ分からないことも、剣を交えれば分かるもんや。それこそウチとしたようにな」

「――っ」


 彼女の言葉に、綾乃はハッとした。

 そうだ、うじうじ悩むなんて僕らしくない。

 祀羅先輩が何を想い、何を考え、あの言葉をぶつけてきたのか。

 表面的な理解では足りない。もっと深く、祀羅先輩のことを知る必要がある。

 ならば話は簡単だ。


「祀羅先輩」

「ん、なーに?」


 すうと息を吸う。


「僕と――全力で戦ってください」

「――」


 一拍、静寂が場を包む。

 この学園に入った時点で、否、この力を身に宿した時点で、いつかこんな日が来るんじゃないかとは考えていた。

 自らの「力」と真正面から向き合う。そんな日が。

 会長はその機会を与えてくれた。

 祀羅先輩は逸らし続けていた僕の目を正してくれた。

 ならば、感謝こそすれ、彼女たちの気持ちを無下にすることはあってはならない。


「いいよ。全力で、いやそれ以上で相手してあげる」


 祀羅はふっと表情を崩すと、戦士の眼差しで綾乃を射抜いた。


「――死なないでよね、斬崎綾乃」

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