第13話 神とは善なり、祀るは修羅。
「ええと、この通路を右に曲がって……あれ、何ここ……?」
一時間ほどが経った頃、綾乃は学園の廊下を歩いていた。
今日は休みということもあり、生徒たちの数はまばらだ。施錠された教室の間を抜けながら、綾乃は靴音を響かせる。
「うーん、ここが第百五十通路のはずなんだけど」
手元の端末でマップを見やるも、表示されているのは『第270通路』の文字。何を間違ったらこうなるのか、どうやら綾乃は目標地点と逆方向に歩いてきたらしい。
普通の学園ならありえないが、この学園は超がつくほど広大な敷地面積を誇る。さらに戦術学園であるがゆえに中身も複雑に入り組んだものになっているのだ。
「学園というか、基地みたいだなぁ」
これは噂なのだが、どうやらこの学園には隠された超びっくり機能があるらしい。その為、構造が複雑になってしまったとか……と考えたところで、綾乃は頭を落とした。
(そんなことよりも早く行かないと)
今現在、綾乃が目指しているのは四皇生徒会室だ。リングの件について礼をしに行くのもあるが、本命は全員との顔合わせだ。
果たして休日に全員が揃っているのかという懸念はある。だが、昨夜渡されたつばめからの手紙に『いつでも遊びに来てええからな』と書いていたので恐らく大丈夫だろう。
多分、恐らく……。
「でも辿り着けなかったら意味ないしなぁ」
言いながら、ぽりぽりと後ろ髪を掻く。
どうもこういった複雑構造の建造物は苦手だ。これが森林なら、匂いに慣れているので場所の特定も容易いのだが、コンクリートやその他電子機器に囲まれた学園施設は、様々な気配や匂いが入り混じっているためどうしても混乱してしまう。
『目に見えるモノだけじゃ足りない』――我郎の教えに則り第六感的能力を会得した綾乃だったが、まさかそれが仇になるとは思いもしなかった。
(師匠ならこれも慣れろって言うんだろうな……)
早急に学園生活に慣れなければと決心した――その時だった。
「あれー? もしかしてアヤっちじゃない?」
前方から声が聞こえたかと思うと、突如として視界に銀色ツインテールの少女が映り込んできた。
「うわ絶対アヤっちだ! こんなところで何してんのー?」
「あ、アヤっち? え、えと……」
少女は棒付きキャンディを舐めながら綾乃の胸を軽く小突く。ぴょんぴょんと身体を跳ねさせながらツインテールを揺らす少女の勢いに、綾乃は狼狽を隠せなかった。
しかし数秒が経ったところで、ふと入学式の記憶が浮上してきた。
それは四皇生徒会による挨拶の時。綾乃の脳裏に、ぼんやりと彼女の姿が思い浮かんでいく。
(この人、確か挨拶の時に端っこにいた……)
そう、確か一番端の方でつまらなそうに髪を弄っていた……。
瞬間、「あ!」と大きな声が漏れてしまう。
「わおっ! びっくりした!」
弾かれるように少女のツインテールが逆立った。
「もしかして、四皇生徒会書記の
神善祀羅――四皇生徒会書記であり、〈魔導特科〉序列三位の実力者。彼女に付けられた二つ名〈重双の装甲姫〉は、覚えやすかったので記憶に残っていた。
まさに綾乃が今日一番会いたかった人物だ。
「って今かーい!☆」
びしっとツッコミを受けてしまう。続けてツリ目を細めると、祀羅はポケットからもう一つの棒付きキャンディを取り出してきた。
「まぁいいや。ほい、あげる!」
「これは」
「友好の証ってやつ! アヤっちにプレゼント!」
屈託のない笑みを浮かべる祀羅に釣られて綾乃も笑う。
「ありがとうございます神善先輩」
当たり障りのない礼を返すと、祀羅はワザとらしく両頬を膨らませた。
「もーアヤっち硬いって! もっと崩していこーよ」
続けて両手の人差し指を自身の顔に向ける祀羅。
「ほら、アタシのことも祀羅でいいから!」
「いや、さすがに先輩ですからそれは……」
「いいからいいから。りぴーとあふたーみー祀羅先輩! はい!」
「え、ええと……祀羅先輩?」
「うん! それでよーし!」
満足そうに目を細めた祀羅は、続けて呟いた。
「……アタシ、この苗字嫌いだし」
「え、何か言いました?」
聞き取れず問い返すも、祀羅はかぶりを振るだけであった。
「なんでもないよー! とゆーか休日に学校とか、アヤっち真面目君かにゃ?」
「あぁ、それなんですけど――」
綾乃は生徒会室を目指している事、そして現在迷子であることを伝えた。
そうすると、祀羅は「なーんだ」と軽い調子で歩を進ませ始めた。
「アタシも今から行こうとしてたんだよね!☆ ちょうどいいし、一緒に行こっ!」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
後続する綾乃。二人は、全く人気のない廊下を歩いていった。
道中は綾乃の自己紹介から始まり、他愛もない会話を交わした。つばめが二つ名呼びを恥ずかしがっていることや、『カゲオ』と呼ばれる影への不平不満、そして自分の二つ名に若干の不満があること。
弾丸のように話し続ける祀羅は、さしずめ快活の化身とでも形容できようか。
綾乃が忙しく相槌を打っていると、「そういえば」とまたしても新たな話題を切り出してきた。後方をちらりと一瞥した祀羅は、その視線を〈刀〉に向ける。
「それってさ、どういう〈神武〉なの?」
「どういう……ですか?」
答えに困る質問が来てしまった。若干困惑気味に応答すると、察したのか祀羅は「あ、嫌なら答えなくていいよ」と両手を振った。
「でもね、あの時――オリエンテーションの時さ、アタシ見たんだよね」
祀羅の声のトーンが段々と下がっていく。先ほどまでの快活な様子はどこへやら、神妙な声音で祀羅は続けた。
「――〈神武〉を喰った〈竜〉の姿を」
「……」
ピタリと歩を止めた祀羅は、据わった目で綾乃を射抜いた。
(殺、意?)
彼女の瞳に潜んでいる感情が殺意であると気付いた綾乃は、ごくりと固唾を呑んだ。
先ほどまでの祀羅とは明らかに雰囲気が違っている。人間から狩人への変貌。直感が導き出した感想に、思わずたじろいでしまう。
そのまま永遠にも思える時が過ぎた。
現実時間で一分が経った時、祀羅が一つ吐息を吐いた。
「ごっめーん。アタシとしたことがちょっと意地悪しちゃったかな」
「……あの、その」
「いいよいいよ無理に答えなくても。アヤっちにもいろいろ『事情』があるんでしょ?」
「すみません」
「もー、だから硬いって」
微笑を浮かべる祀羅からは、すでに『狩人』の気配が消えていた。
(祀羅先輩は、一体……)
安堵すべきことなのだろうか、そういった疑念がこびり付いて離れない。
そんな綾乃の様子に、祀羅は表情を真顔に戻す。
「……ホントごめんね。アタシにもアタシの『事情』があってさ」
空を見上げながら彼女は続ける。
「君の願いも、君がやろうとしていることも、アタシは応援したい。ホントだよ?」
「…………」
祀羅は綾乃の顔を覗き込むと、寄り添うようにして心臓部分に指をそっと這わせた。そうして小さな円を描いたあと、じっと影の落ちた顔を綾乃に向けてくる。
表情は笑みのまま。だが、奥底にある感情は微細に震えていた。
そうして、祀羅は静かに呟いた。
「でもね――もしもの時は容赦なく殺すから」
「…………っ」
底冷えするような声音が、静寂に包まれた空間に響き渡る。
骨の髄まで殺意に晒された綾乃は、言葉を発することすら出来なかった。
「って冗談冗談! ほら、そこ抜けたら生徒会室だよ! どっちが早いか勝負しよー!」
視線を外した祀羅は、何事もなかったように駆け出していった。やがてその背が見えなくなると、綾乃は大きく安堵の息を吐いた。
(――助かった、のかな?)
なぜ祀羅が殺意を向けてきたのか。正直細かいことは分からない。
しかし、
(多分、気付いてるんだろうな。あの人は)
胸の奥底で眠っている、その正体。
「アヤっち! はーやーくー!」
「今行きます!」
だが今考えても栓ないことだ。
綾乃は「よし」と両頬を軽く叩くと、生徒会室向けて駆けて行った。
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