第3話 事故
「去年体育倉庫で、マットに挟まって男子学生が亡くなった事件があったのご存じですか」
まどかは茉莉を見る。
「ああ、あったな。丸まったマットに逆さまに落ちて。学校中大騒ぎになって」
去年、中等部の体育倉庫の中に縦に丸めて置いてあった体育マットの中に、中等部の男子生徒が逆さまに落ちて、そこから抜け出せなくなり、そのまま頭に血が上り、うっ血して亡くなるという事件があった。
「でも、あれは事故だろ?確か誤って落ちてしまったとかなんとか」
新聞報道などではそういう話になっていた、当時、行われた緊急全校集会では、校長もそう言った説明をしていた。
「あれは事故じゃないんです」
だが、まどかは力を込めて言った。
「えっ」
茉莉は驚き、まどかを見る。
「殺されたんです」
まどかはそう言って、強いまなざしで茉莉を見返した。それははっきりと、何か事情を知っている顔だった。
「お前、犯人を知っているのか?」
茉莉が訊いた。
「彼はいじめられっ子だったんです・・」
まどかが声を落として言った。
「・・・」
「みんな知ってます。あいつらがやったって・・」
まどかは悔しそうに、その感情を滲みだすように言った。
「先生だって知ってるんです」
「えっ」
茉莉は驚く。
「でも、みんな黙ってるんです」
まどかは悔しそうに言った。
「先生も知っているってどういうことだよ」
「・・・」
まどかは、口を開こうとしたが、だが、その時、何か強い思いが込み上げてきたのか、まどかの目に涙が浮かんだ。そして、唇を震わせ、何も言えなくなる。
「・・・」
茉莉はそんなまどかを黙って見守るように見つめた。
「犯人は池尻、和田、池戸、加藤、大井、私たちの学年の不良連中です。きっとそうなんです。犯人はあいつらなんです」
やっと気持ちを落ち着け、口を開いたまどかは、強い口調で言った。
「なんか聞いたことあるな」
茉莉が呟くように言う。中等部で荒れている連中がいるというのはなんとなく高等部にも噂で流れてきていた。
「彼はいつも、放課後、あの体育倉庫の中で彼らに一発芸とかやらされていたんです。みんな知ってるんです。そんなこと。みんな見てたんだから。いつも・・」
まどかは悲しそうな表情でうつむく。
「じゃあ、何で誰も何も言わないんだよ」
「それは・・」
「そういえばあったなそんな事件」
お京が言った。お昼休み、他の生徒は、校庭でボール遊びなどに興じる中、校庭のそんな喧騒を聞きながら、五人はまたいつもの学校の屋上の機械室の上に集まっていた。
「なんで学校もちゃんと調査しないんだよ」
お京が茉莉に訊く。
「池尻の父親がこの町の有力企業の創始者で、この学園に多額の寄付をしているんです」
茉莉がまどかから聞いたことをそのまま言った。
「ありがちな話ね」
夢乃がその巨大な丸メガネを人差し指で上げながら口を開く。
「それに学校としては、やっぱり殺人事件となると体裁が悪いからっていうのもあるみたいです」
茉莉が続けた。桐生西城学園は、この地域では超名門の私立の学校として名が通っている。
「それで、教師たちも真実を知りながら黙っていると」
静香が言った。
「はい」
茉莉が静香を見て答える。
「なるほど・・」
そして、夏希がため息を吐くように言った。それもありがちな話だった。私立の学校は世間体を異常に気にする。さらに、名門の桐生西城学園は、特にそうだった。学校の品位、世間からの評価、それが最も大切な価値観として、学校内部で信仰に近い形で共有されていた。
「でも、さすがに警察は黙ってないだろ」
お京が言う。
「池尻の父親は、市長とツーカーの仲らしいです」
茉莉が言った。
「それにしても」
「それに、決定的証拠がないんです。目撃者もいない体育倉庫の中での出来事で、しかもその日は、いつも放課後体育館で練習しているバスケット部とバレー部が外の走り込み練習に出ていて誰もいなかったんです」
「なるほど・・」
お京が呟くように言う。
「でも、殺人かどうかはまだ分からないだろ。その子が言っているだけで」
「そうですけど・・」
しかし、茉莉は、まどかのその迫真に迫る物言いに、理屈を超えた真実めいたものを感じていた。
「まあ、でも、夏希は顔見られてなかったわけだし、とりあえずはよかったよな」
お京が夏希を見て言った。
「そういう問題じゃないでしょ」
そこに静香が、噛みつくように言う。
「なんだよ。じゃあ、どういう問題なんだよ」
お京はすかさず反撃する。
「その子の気持ちを考えなさいってことよ。相変わらず鈍いわね」
静香がお京を見る。静香は、頭がよ過ぎて、少し言い過ぎるきらいがあった。
「なんだと」
お京はいきり立つ。
「あなたよくそんなんでこの学校に入れたわね」
「どういう意味だよ」
「そういう意味よ」
「まあまあ」
茉莉が間に入る。どうもお京と静香は、お互い嫌っているわけではないのだが、相性が悪いらしい。いつも、ちょっとしたことですぐに口論になる。
「お京」
その時、そんな空気を切り替えるように夏希が口を開いた。
「なんだよ」
お京が夏希を見る。
「あんたは、その池尻って子たちの情報を集めて」
「ああ、分かった」
お京は素直に承諾する。夏希は、個性派ぞろいのこの中でリーダーをやっているだけに、妙に言葉に説得力上があり、人を従わせてしまう力があった。我の強いお京も、だから、すぐに承諾し返事をする。
お京は社交性が高く、学校ではバンドをやっているせいもあり、誰もが知る人気者で知り合いも多かった。だから、情報取集に関して非常に長けていた。
「夢乃あんたは、直接、池尻たちの動向を探って」
「はい」
夢乃は気配を殺すのがうまく、静かに相手に近寄って、盗み聞きや盗聴をすることなどが得意だった。
「静香、あんたは学園と池尻の親の関係を調べてくれる?」
「分かったわ」
静香の親は日本でも有数の財閥のトップで、様々な社会の裏側の情報にも精通していた。
「茉莉」
「はい」
「あんたは引き続きそのまどかって子のことをよろしくね」
「はい、ガッテン承知」
茉莉は勢いよく答えた。そして、五人はその場を離れ、バラバラにまた元の学校の日常へと戻って行った。
必殺仕事人女子高生 第1章・体育倉庫マット事件 ロッドユール @rod0yuuru
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