【カクヨムコン9短編】一夏の恋

麻木香豆

一話完結

 とある暑い夏。

 今年も暑かった。そしてあの時も暑かった。



 この出会いは本当に偶然だった。

 出会い方は突然であり、名前も知らないまま私は彼に一目惚れをした。


 背はそこまで高くないけど(自分が169センチというデカい女なのでどうしても低身長男子よりも背が高いことがよくある)体格はすっごく良くてピタッとしたTシャツの上からでもわかる筋肉。別にマッチョは嫌いじゃないけどポヨポヨよりかは頼り甲斐がある。


 よく焼けた肌、スポーツマンも悪くない。健康的だ。


 黒髪短髪、笑うと歯並びの良さ。笑顔も素敵だ。


 きっと自営業だと思われる。いや自営業だ。平日の昼間、とてもあの頃は暑かった。彼の額からきらりと汗が光る。


 ああ、かっこいい。

 嫌なことも嫌な顔をせずニコニコとしているあなた。その笑顔に撃ち抜かれた。

 受けごたえもしっこりしていて通るその声は本当に耳心地良い。声フェチ、というわけではないけどね。


 こうも条件が揃った男性と出会ってしまうだなんて。



 ああ、この偶然の出会い……本当によかった。









 ジャーーーーーーーーーーー!!!




「奥さん! 下水流れましたよ! おっきいのが詰まってましたー!」


 とはっきりと近所の先の先にも届く通った大きな声で言う彼。



 彼は水道工事業者の男性。


 我が家のトイレが詰まり、業者に電話。市の決められた何十件のうちの一つからトイレが流れればいいわ! と適当に決めて選んだらやってきた業者なのだ。


 そう、出会いは偶然。選んだのも偶然。


 そりゃ客だしお金の発生する仕事だから嫌な下水掃除だっていい笑顔でやるわよ。


 ふと彼の左手薬指を見ると結婚指輪がきらり。ああ、不倫になるところだったわ。



 そもそも私も「奥さん」、既婚者ですからね。専業主婦、子育てのために専業主婦だから出会いがないのよね。


 いやいや、自ら不倫の沼にハマろうとしてるぅー。


 って妄想ですから妄想。



 にしてもこんないい男性……来世ではいい出会いをして結ばれたい、とため息をつく私だった。



 失恋、何度目……。



 私の排泄物を見られるだなんて……もっとマシな出会いがよかったわ……。


 彼はずっとニコニコと微笑んでいた。



 


 終

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