第15話  謀反の代償

 上意により剣持玄馬は捕縛され、取り調べは側近・配下の武士・家族にまで及んだ。

 江戸においても香取弥七郎は同様の扱いとなった。

 謀反の関係者は取り調べにより芋づる式に浮かび上がり十数名の咎人を出した。

 泉寿院に関しては表向きの捜査はされなかったが、裏では数名の侍女が加担しており密かに処罰された。

 また、町人であったが泉寿院の実家も毒物を家中に持ち込んだ罪を訴えられ、町奉行所は薬師問屋の権利を剥奪はくだつしたのであった。


 玄馬が入牢した直後、三治は一度だけ面会に行った。

「そなたには動かぬ証拠を見せておこうと思うて来た」

 三治は証拠の書状を見せた。

「これには泉寿院様の名が記されているため典定殿には見せておらぬ。その意味はわかるな、この期に及んで藩まで道連れにしてはならぬのだ」

 玄馬はじっと目を閉じ沈思した後、静かに頷いた。

 三治は玄馬の態度をいさぎよいと思ったが、玄馬の思いはそうではなかった。

 三治には玄馬と典定の血縁関係は知らされていなかったため無理もないことだが、玄馬の最後の願いは藩ではなく孫である典定の安寧であった。

「人の縁とは不思議なものだな。わたしは謀反があったおかげで紗季に会えた。記憶も言葉も失い暗闇の中にいたわたしに紗季は光明こうみょうを与えてくれた。わたしたちは互いをいつくしみ慕い合う仲となり、一時は母上も夫婦になることを認めてくれたのだ。されど首謀者がそなたと判明し、此度はそなたのせいで破談となった。紗季は今、母上の屋敷にあって痛めた心を癒しておる。まことに罪深いとは思わぬか」

 目を閉じたままの玄馬の頬に一筋の涙が流れた。

「完璧だったそなたたちの企てが失敗に終わったのは何故だと思う。一握りの善人がいたからだ。その善意がわたしを救い、小平太を助けた。この世は善意で支えられている。それがわからぬから失敗したのだ。わたしはそなたを恨まぬ。寛大な心が、善意こそが強さだと信じているからな」

 玄馬にはわかっていた。かつての自分たちにも救いがあったのなら、その善意が向けられていたのなら、家を恨み藩を恨むこともなかった。

 玄馬と別れさせられた後、れんはもらった金を貧しい両親に渡し、絶望の淵で自害していた。

 玄馬はせめて美和を一番高い場所に上らせて、蓮に許しを請うつもりだった。

(蓮、すまぬ。美和まで亡くしてしもうた。せめてもの救いは我らの孫が立派な藩主になったことだ。それで勘弁してくれ。もうすぐそちらへ行く。親子三人で仲睦まじゅう暮らそうな)

 玄馬は最後まで無言を通した。だが三治が去る時、黙ったまま深々と頭を下げ平伏したのであった。


 謀反の取り調べには三月みつきを要し終結した。

 香取弥七郎は江戸から国元に護送され、剣持玄馬と共に刑場にて斬首となった。

 当然ながら家禄・財産は没収された。

 加担した武士においては切腹、謀反と知りつつ手を貸した者は入牢そして財産を失い、命令されただけの者はお役御免となったが家禄を子に継がせることができた。

 その他、侍女や奉公人においては懲役・追放・鞭打ちなど罪の重さに応じて執行された。


 一方で冤罪えんざいであった野尻家と菊枝の実家は家禄・財産共に戻り、新しい屋敷も得ることができた。

 特に菊枝に対しては藩からは慰霊金、祥法院からは千代松を守った褒賞金が家族に与えられた。菊枝の家ではその慰霊金で菩提寺に菊枝の慰霊碑を建て墓の代わりとした。

 役職については、早見徳之進は江戸詰めのまま筆頭家老となり、野尻平九郎は空席となっていた大目付に昇進した。また、隠密討伐隊を指揮した岩田源兵衛は剣術指南役に返り咲いた。


 平九郎が江戸に旅立つ朝、源兵衛は街道まで見送ると言ってついて来た。

「長いこと世話になったな源兵衛。道場の方は今後どうするのだ」

 歩きながら平九郎が尋ねた。

「うむ、師範代に任せて残そうと思う。武家の次男・三男のり所だからな」

 武家では嫡男以外の冷飯食いは家にも居ずらく、剣術修行という名目で時間を潰していたのだ。

「それと三治も時々稽古に来る」

「随分と腕を上げたようだな」

 平九郎も討伐隊での三治の働きを聴いていた。

「怖いほどにな。どこまで強くなるのかまったくわからぬ。今は亡き堀部安兵衛が見込んだ才だからな」

「それならば、そのうちにおぬしも敵わなくなるぞ」

 堀部安兵衛はこの春、幕府の沙汰により他の浪士と共に切腹していた。

「そういえば討伐隊に参加した弟子たちは皆婿むこ養子の先が決まったそうではないか」

「そうなのだ。おかげで道場の名も上がり、わしも鼻が高い」

 源兵衛が高らかに笑った。相変わらずの豪快な笑い声が聞けなくなると思うと平九郎は寂しさを感じた。

「次に会うのは秋だ、参勤交代の供をすることになっておる。江戸の美味い酒を用意しておけよ」

 街道に踏み出す平九郎の背に向かって、源兵衛は恥じることなく大きく手を振った。

 その背が小さくなってもたたずむ源兵衛に、平九郎も堪らず振り向き高く手を上げて応えた。


 平九郎は旅の途中で松本に寄ることにした。息子に会うためであった。

 浜治屋の暖簾のれんをくぐった平九郎は町人姿の平太に会うこととなった。

 祥法院から子細は知らされていたものの、悲しい生き方を選んだ息子を認めるのは辛かった。

「小平太よ、やはり戻ることはできぬか」

「申し訳ございません、嫡男でありながら勝手な振る舞いをいたしました。お許しください、父上」

 平太は涙を潤ませ許しを請うた。

「わかっているのだ、生きていてくれただけでも有難いのに不憫に思えてな。されどそなたが幸せならばそれで良い」

 平九郎も瞼を熱くして頷いた。

「父上、大目付になられたとか、ご昇進おめでとうございます。大目付ともなれば婿養子の話もございましょう。どうか妹に婿を取り、その者に家督をお譲りください」

 平太は武士には戻らぬ決心を見せた。

「承知した、そうしよう。されど商売で江戸に来た時には遠慮のう寄ってくれよ、家族であることに変わりはないのだからな」

「ありがとう存じます。必ずそうさせていただきます」

 最後は互いに笑顔で話せるようになった。

 平九郎は菊枝の墓参りをして、そのまま江戸への旅を続けるのであった。


 浜治屋からはの姿が消えていた。

 江戸に行った紗季は思った通り戻っては来なかった。

 平太が一人で帰って来た時、くみは紗季のことを尋ねたが平太は無言で首を横に振るだけだった。

 紗季が想い人に会えたなら平太があんなに悲しい顔をするはずはないとくみは考えた。

(身分の低いあたしになどわからない何かがあったんだわ。紗季様はもう戻らないのね)

 くみは泣きたくなった。自分が此処にいる理由も無くなってしまった。

 そんな折、母親からの便りで『とみたまの湯』が再開したことを知った。

 すでに母親は女中として働いており、くみも共に雇ってもらえるというのだ。

 くみは主人の宗衛門に故郷に帰る旨を話し、暇乞いとまごいをした。宗衛門は快く承諾し、路銀の足しにと給金を弾んだ。

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