第4話  尋ね人

 野尻平九郎は一途に千代松の行方を捜していた。

 最初の一年はひたすら事件現場に立ち、道行く人々に声を掛けては目撃者を捜した。

 しかし平九郎自身が逃亡した脱藩者であるため、あまり人目を引く行動はつつしまねばならなかった。

 そこで二年目からは街道を何度も往復する行商人に狙いをつけ、宿場間の道を何度も歩きながら行商人を捕まえては訊いて回った。

 三年目に入ってようやく一人の干物ひもの売りに出会った。

「足を止めてすまぬが、三年ほど前にこの街道で親子連れが武士に斬られたのを見なかったか」

 問われた干物売りは平九郎の姿を見ていぶかしんだ。無理もなかった。薄汚れた道中着に無精ひげ、やつれた顔に眼光だけが鋭かったからだ。

「怪しいものではない。襲われた武士はそれがしのせがれなのだ」

 そこまで言うと、干物売りの顔にあわれみの表情が浮かんだ。

「そうですかい、お気の毒に。確かにこの目で見ておりました」

 干物売りは一部始終を話した。

「ご子息様は瀕死ひんしの状態になりながらも敵を討ち果たしました。奥様はご自分も深手を負いながらもお子様を抱いて谷川へ飛び降りました」

 平九郎はがっくりと膝を付き、閉じた瞼に力を込めた。

(小平太、よくぞ戦ったな)

 心の中で息子を褒め、唇を噛みしめながらも顔を上げた。

「子は斬られておらぬのだな」

「はい、ご夫婦で守られました」

 平九郎は千代松が生きていると信じたかった。

「かたじけのうござった。おかげで希望が湧いてきた」

「わたくしもお孫様が見つかることを祈っております」

 干物売りは襲われた三人が、平九郎の息子夫婦に孫だと勘違いし丁寧に頭を下げて去って行った。


 翌日から平九郎は川下に向かって姫川を辿った。下流に行くにつれ川幅は広がりやがては越後の国を抜けて海に注ぐ。 

 平九郎は川筋を下りながら釣り人・漁師・川船の船頭たちに訊き回り、あげくは荷揚げ人足の集う飲み屋にまで顔を出した。

 誰に尋ねても「子供の死体が上がったなんて話は聞いたことがねえ」と冷たくあしらわれた。

(しかし考えようによっては生きているということだ)

 そう思うと平九郎はめげずに下流にある町や村を廻ったが、何の手掛かりも得ることができずに月日ばかりが過ぎていった。


 江戸を出てからあと二月ふたつきで八年になろうという夏、平九郎は富山湾に面した港町で途方に暮れていた。

「人捜しをされているのはお侍様ですか」

 海を眺めている背中に呼びかけたのは一人の若者だった。

「そうだが、それがしに何か用かな」

 振り向いた平九郎は相手が若かったので、目撃者ではないと決めつけ力なく答えた。

「わたしは三吉という薬売りですが、父が昔お侍の子を助けたと言っていましたので……関りがあるかどうかわかりませんが」

 平九郎は頭を殴られたような衝撃を受け背筋が震えた。

「詳しい話を聴かせてくれ。違っていても構わぬからな」

 三吉の戸惑いを感じて平九郎は安心させるように穏やかな口調で言うと近くの飯屋に誘った。そして昼餉を注文すると催促するように、

「それでは親父殿から聴いたことを話してくれ」

 と身を乗り出した。

「父は薬の行商で江戸まで行っております。わたしが十歳の時ですから八年ほど前だと思いますが、わたしは秋に帰ってくる父の土産を楽しみにしていました。ところが土産の着物は川で溺れた子供に着せてしまったからもうないと言うのです。わたしが駄々をこねると、その子はお侍の子で両親が殺されたあげくその子まで殺されそうだったから町人の着物を着せたのだと聴かされたのです」

 三吉が話し終えると平九郎はじっと目を閉じ、やっと巡り会えた喜びに浸っていた。

「もっと早くそなたに会いたかったものだ」

 平九郎が安堵した目で三吉を見つめると、

「わたしは父の役に立ちたくて今年から海沿いの町を廻るようになりました。それにしてもお会いできて良かったです」

 三吉も役目を果たしたような気分になった。

「それがしは親父殿に礼を言わねばならぬ、今はどちらにおいでかな」

 平九郎が尋ねると、

「今は行商に出ております。秋には戻ると思いますが、お急ぎでしたら江戸の定宿じょうやどにしている旅籠を知っております。父は美濃助と申します」 

 三吉は矢立から筆を取り出すと手早く旅籠の場所と名前を記した。

 その後は雑談を交わしながら昼餉を食べた。平九郎は江戸をってから初めて美味うまいと感じたのだった。

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