第18話 晋太朗の奔走①

 …………。

 意気揚々と就活をはじめたはいいものの、結果からいうと散々だった。

 まぁ、当然と言えば当然だ。


 家族会議を終えた僕はすぐに、一覧にしてまとめておいたアシスタントを募集している会社にメールを送った。これは一般的な就活でいうインターンのようなものだから、どうにか受け入れてもらって、大学生のうちにプロの現場で経験を積みたい。

 不利になるのは重々分かっていたけれど、嘘をつくわけにもいかないので、正直に未経験であることを申請した。

 多分、八十社くらいには連絡しただろう。


 なかなか大変な作業だったけれど、これは大体の就活生が通る道だ。

 ただ、僕の場合、希望職種がピンポイントに絞られすぎているし、自分のスキル的に『下手な鉄砲でも数撃ちゃ当たる』精神が必要なわけで。

 その結果、大学の友達よりも多くの会社に応募している自覚はあった。


『慎重に検討しました結果、誠に残念ながらご希望に添いかねることとなりました』

『今回はご希望に添えない判断となりました』

『選考結果としては【不採用】の連絡をすることになりました』

『誠に残念ながらご意志に添えない結論となりました』


 返信されたメールを開く度に、このテンプレートのどれかが記載されている。


 メールの最後は決まって、

『今後のご健勝をお祈り申し上げます』

『今後の活躍を祈念いたします』

『奈良岡様のご活躍を心よりお祈り申し上げます』

 と、お祈りメールと呼ばれる所以となる一文で締めくくられている。


 就活生の多くが、このお祈りメールにメンタルをやられると聞いていたけれど、僕はそこまでダメージはなかった。

 まったく凹まないと言えば嘘になるが、こうなることははじめから分かっていた。

 だから「やっぱそうなるよな」と、妙に冷静に納得している自分がいた。


 こんな風に形だけでも「一応選考はしましたよ」という知らせがあれば良い方で、不採用通知のメールすらこないことも少なくない。

 予想していた通り、やっぱり今の僕じゃ碌な書類選考も受けられないまま、除外されていくようだ。

 しかし、こんなところで立ち止まっている時間はない。


 僕は、複数の会社への連絡と並行して、相棒となるカメラの購入の準備を進めていた。

 本気でプロになるつもりなら、言い訳できないようにローンを組んででもはじめから高い機材を買うべきだ。プロと同じレベルの道具を持つべきだ。と、主張するカメラマンも多い。

 一方で、初心者向けのコンパクトカメラからはじめた、というカメラマンがいないわけでもない。


 そりゃあ僕だって、買えるものならプロが使うような高性能のカメラがほしい。しかし、貯金がない以上、金銭的な問題は大きい。

 それに、僕みたいな素人が高スペックのカメラを持つことに、少なからず抵抗も感じていた。


 結局どんなカメラを探せばよいのか分からないままとりあえず調べて見ると、初心者向け、プロ向け、コンパクトカメラ、デジタル一眼レフ、ミラーレス一眼と、次から次へと商品が出てきて余計分からなくなった。


(こういうときに相談できるカメラに詳しい人がいたらいいだけど……)

 そう思ったとき、高校の同級生・田所一たどころ はじめの顔が浮かんだ。

 田所は高校三年間、たまたま同じクラスでよく話す方だった。確か田所は高校時代、生徒会で広報を担当していた。

 生徒会の活動を全校生徒に発信するための写真を撮影していたし、自前のカメラを使っていると聞いたことがある。

 大学を卒業してからは会う機会がなくなっていたけれど、僕は早速、田所にメッセージを送った。

 結果的に、この行動は大正解だったと言える。


「カメラマンになりたくて」とはさすがにまだ恥ずかしくて言えなかったけれど、「本格的にカメラをはじめたいから、どんな製品を買えばいいか相談に乗ってほしい」と伝えた。

 田所は思った以上にカメラに詳しく、いくつかの機材を特徴や大体の値段とともに紹介してくれた。


「俺のおすすめはこんな感じかなー」

「ありがとう。すごく参考になった。随分詳しいんだね?」

「実は、高校で写真撮ってるうちにカメラにハマって、卒業してからバイト代貯めて良いカメラ買ったんだよ。それ調べるときに、色々と詳しくなったって感じ」

 僕は、カメラに詳しい友達がいたことに嬉しくなった。

「知らなかった。今も撮ってるの?」

「いや、今は全然。就活で忙しいってのもあるけど、買って満足しちゃったってのが大きいかも」


 そう言えば、田所は熱しやすく冷めやすいタイプだった。

 いろんな分野に熱中できるのは長所ともいえるけれど、その移り気の早さに驚いたこともあったっけ。

 そんな、高校時代の思い出を振り返っていると、僕の返信を待たずに田所が再びメッセージを送ってきた。


「俺が買ったカメラでよければ、奈良岡使う? 新品で買って、あんま使ってないから状態はいいよ。NikonのZ fcってやつなんだけど」

 調べて見ると、カメラ本体とレンズで十五万円ほどした。

「いいの!?」

「俺、もう使わないだろうし、ちょうどどうしようか悩んでたからさ。使ってくれる人が持ってたほうが良いと思うんだよね」


 田所はカメラ一式をくれるつもりでいたようだけれど、さすがに申し訳ないので「少しで悪いんだけど、五万円で売ってくれない?」と申し出た。

 五万円は今の僕が一括で払える最大の金額だった。

 こんなことなら、バイト代もっと貯めておけばよかった。そもそも、バイトのシフト、もっと入れておくべきだった……。

 実家だからと甘えて、僕は必要最低限のシフトしか入れていなかったのだ。

 月に四~五万ほどのバイト代を無計画に使っていたんじゃ、貯金なんて貯まるわけがなかった。


 田所は二度、お金はいらないと言ったけれど、三度目で僕の申し出を受け入れてくれた。

 後日、田所はカメラ一式と一緒に、「参考になるかと思って」と撮影技術に関する雑誌や作品集なども持ってきてくれた。高校生の頃、読んでいたらしい。

 五万円以上の収穫に、僕は何度も礼を言い田所と別れる。ひとまずこれで、実際に撮影できる状態が整った。

 これは、日々お祈りメールを確認するばかりだった僕にとって、久しぶりの希望だった。


 残暑はすでに終わり、季節はもうすぐ秋に入る。

 アシスタントの内定をもらうべきタイムリミットまで、あと約五ヵ月。

 正直、少しの猶予もなかった。


 僕は、空いた時間には田所から買ったカメラと参考書を持って、公園に撮影に出かけた。

 ちょうど紅葉がはじまるタイミングだったから、被写体には困らなかった。

 たった一本の木を撮影するのに、構図や角度、設定、モード、レンズを変えながら軽く三百枚以上は撮っていたと思う。時間が過ぎるのが、おそろしく早かった。

 しかし、それだけ撮っても、良いと思える写真は一枚か二枚程度。

 写真の難しさを痛感しながらも、撮れば撮るほど、その奥深さに夢中になっていくのが分かった。


 とは言え、撮影ばかりもしていられない。

 僕は、会社がダメなら、と次は個人で活動しているカメラマンでアシスタントを探している人がいないか探した。

 これは我ながら意外と良い作戦だったと思う。

 SNSで「東京 カメアシ募集」と検索すると、数件ヒットする。

 長期のアシスタントとして募集されるのは経験者ばかりだったから、僕は単発や急募、スポットに絞って探した。狙い通り、こういった案件は採用率が高かった。


 アシスタント希望のDMを送ると、簡単な業務内容の確認作業があり、日時が送られてくる。

 こんな風に、手軽に連絡が取れるツールが溢れている現代のありがたみを改めて実感した。


 はじめて参加した現場は、ウェディングのロケーション撮影だった。

 DMでは撮影補助と聞いていたけれど、実際は背景に映り込みそうな通行人に謝罪しながら移動をお願いしたり、車から撮影現場まで重たい機材を持ち何往復もしたり、といった雑用ばかりだ。

 それでも、撮影現場に少しでも混ざれたことに感動した。


 中にはただの肉体労働で、撮影には一切関われないときもあった。

 高圧的なカメラマンには、僕が携わっていない荷物の不備で理不尽に怒鳴られたこともある。

 アシスタントとは名ばかりで、実際のところ雑用係だ。

 だけど不思議と苦ではなかった。そういう現場からでも、学べることはもちろんある。

 僕はすべての現場で、一つでも多く知識を盗んで帰ろうと意気込んでいた。


 安定した採用先は決まらないまま、僕は月に三、四件の現場に参加しながら年を越し、気付けば一月も下旬に差し掛かろうとしていた。

 自宅で、新たにアシスタントを募集している会社はないかと検索していたとき、ある写真館のホームページに行きついた。

 今まで一度も見たことがなかったから、多分開設して間もないのだろう。

 店舗情報と作品一覧、定休日のお知らせ、問い合わせフォームしかない、できたてほやほやのサイトだ。


 風景、動物、食べ物、自然。

 いろいろな作品を公開していた中で、僕が釘付けになったのは人物写真だった。

 カメラ目線の写真は一枚もなく、すべて自然な表情が収められている。

 家族じゃなきゃ引き出せないんじゃないか、と思うくらいナチュラルで、その人本来の魅力がこれでもかというくらい溢れている。

 それらは僕が撮りたい写真、理想の写真そのものだった。

 しばし目を奪われていた僕は、慌てて店舗情報を調べる。


「柳写真館……。ここだ!!」


 今までアシスタントを募集していない会社にはメールを送ったことがなかったけれど、僕は迷わず問い合わせフォームを開いていた。

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