第13話 未知の地
こっそりとじいちゃんと文子さんの姿をスマホのカメラに収めた僕は、次にこの広場のような公園を歩いてみたくなった。
二人に自販機で買ったお茶を渡しながら「軽く歩いてこようかと思うんだけど……」と告げると、文子さんは「急がなくて良いからね。ゆっくり見てきてちょうだい」と言ってくれた。
じいちゃんも、文子さんの膝が気になっていたのだろう。僕が別行動することに賛成した。
北海道の八月。
ちょうど気温が一番上がる午後二時。
太陽の日差しは強いけれど、東京で感じるようなげんなりする暑さではない。爽やかで、僕の体を流れる汗さえも、東京で流れるそれよりずっと清潔なんじゃないかと勘違いさせるくらいだった。
千鳥ヶ池という大きな池の周りには、歩きやすいように舗装された散策路が広がっている。池の縁には無人のボートが十台ほどきれいに並んで浮かんでいて、中心の方では親子やカップルが乗るボートが数台、池の中を自由に進んでいた。
楽しそうな声と共に移動するボートを優雅に避けるように泳ぐ鴨の姿もあった。
(人が乗ってるボートが近くに来ても気にしないんだ。安全な場所だって分かってるのかな?)
少し気になって観察していたら、ボートに乗っている子どもが嬉しそうに鴨に手を伸ばした。鴨はというと、そんなことお構いなしにボートの真横を通り過ぎ、気の向くままに移動している。
(随分と余裕そうだ)
その平和過ぎる風景になんだか和む。
池とは反対側に目を向けると、生命力にあふれた木々たちが圧倒的な存在感を放っている。わさわさっ、と揺れるどっしりした樹木に目を奪われた僕は、誘われるように散策路を外れ、芝生の中に入っていく。
(うわっ! ちょっと道を外れただけなのに一気に涼しくなった!)
天然の緑のカーテンが僕の体感温度をぐんぐん下げていく。東京とは違い、空気が澄んでいて気持ちがよい。こんな体験ははじめてだった。
時折吹く風に葉が揺れて、カサカサッと乾いた音が鳴る。
葉の動きに合わせて、遮られていた太陽光が急に差し込み、その眩しさに思わず目を細める瞬間さえも新鮮で楽しい。
(そういえば、こんなに大きな木をゆっくり下から見上げる、なんてしたことないなぁ)
東京では、そもそもそんな機会すらなかった気がする。
さらに歩き続けていると、あちこちで色とりどりの花が美しく咲く花壇を見かけた。僕はあまり、というか全然花に詳しくないからどんな種類の花なのかは分からなかったけれど、その美しさに目を奪われた。
(……すごい。きれいだ)
今まで花を見て心が動いたことなどなかったのに、どうやら
もう少し先に進むと、小川をまたぐ短く可愛らしい橋を見つけた。
(なんだろ、あそこ)
橋の奥は大きな樹木の影になっていてまだ見えない。
こういう、小さな川を渡った先は不思議な世界でした、みたいな雰囲気の場所はいくつになってもどうしてもワクワクしてしまう。
僕は足早に橋に近付く。
すると、その先には鳥居があり、向こうには拝殿が建っていた。
(……え? 神社?)
ここに来る前にマップで確認した神社の頓宮に、僕は偶然たどり着いたらしい。
公園の敷地内に神社の頓宮があるのは珍しいな、と思い僕は軽く一礼をして鳥居をくぐり、参道の端を進む。
参拝のルールは地域によってさまざまと聞くが、北海道はこれで良いのだろうか?
全体的に規模は小さいけれど、手水舎も狛犬もあり本格的だ。
神紋のモチーフは桜だった。
文子さんが「春になると、ここにはたくさんの桜が咲いて、とってもきれいなのよ」と言っていたのを思い出し、ピッタリだなと思いここでもその風景を撮影した。カシャ。
頓宮の他にも、僕は心が動く度に色んな写真を撮っていた。
池を泳ぐ鴨、鴨の近くを通るボート、一気に涼しさを感じさせる緑のカーテン、迫力のある樹木、手入れが行き届いた鮮やかな花壇、小川の向こうとこちらを繋ぐ橋、小さな神社。
昔と今とでは、見える風景は全然違うだろうけれど、じいちゃんと文子さんもこの公園を歩き回っていたと聞いた。当時は、どんな風に見えていたのだろう。
普段なら、時々周りに合わせて食べ物の写真を撮るとか、大学の掲示物を念のため撮ってメモ代わりにするとか、その程度だ。こんなにカメラアプリを使ったのははじめてかもしれない。
東京に戻ってから、この旅の思い出を引き出すための切符が増えたみたいで、なんだか嬉しかった。
初めての土地での散策と撮影に満足した僕は、顔がにやけるのを堪えつつじいちゃんたちの所に戻った。
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