第11話 再会と初対面
じいちゃんを待ち合わせのホテルまで案内した僕は、せっかくだし旭川の街を散策したいから、と言ってその場を離れた。一緒に歩いてきた道を引き返し、とりあえず僕は一人で駅の方に向かう。
今朝は、じいちゃんに負けじと僕も落ち着かなかったせいか、予定よりも早くにホテルを出発し、約束の時間の三〇分も前に待ち合わせ場所に着いてしまった。
さすがに早すぎたかと思ったものの、喫茶店はすでにオープンしていたから先に入店しておくと言うじいちゃんを見送ってきた。
心なしか、少し緊張しているように見えた。
じいちゃんは昨晩、文子さんと再会するのは五十六年ぶりだと言っていた。
長年離れていた二人にはきっと、語り尽くせないほどの積もる話があるだろう。ゆっくり過ごしてほしい。
ばあちゃんの手紙の内容からして、二人の再会が穏やかなものになるのは明らかだったから、そんなに心配はしていなかった。僕はただ、じいちゃんが伝えたいことを全部伝えられていますように、と陰ながら願うだけだった。
じいちゃんと別れてからしばらく、街中や商業施設をブラブラした。
これと言って真新しいものは見つけられなかったけれど、初めて来る場所ってだけで楽しかった。まだまだ歩き回れそうだ!
しかし、ふとお腹が空いたような気がしてスマホを見ると十一時半を過ぎていた。時間が過ぎるのがあっという間で少し驚きながらも、一度自覚した空腹を誤魔化すことはできない。
僕はすぐさま、散歩の目的を観光から飲食店探しに切り替える。
知らない土地での一人飯なんて、なんだかすごく大人になったような気がして少しテンションが上がる。
どうせなら北海道らしいものが食べたい。
この辺で食べられそうなご当地グルメをスマホで検索すると、ラーメン、スープカレー、寿司と美味しそうな写真が絶えず出てくる。
うわぁ、美味しそう……!
食べ物がおいしいことは、北海道の大きな魅力の一つだろう。
どれも捨てがたかったけれど、ラーメンが一番多く上がっていて、しかもちょうどおすすめされている店が近くにあったので迷わず入店した。
旭川といえば、醤油ラーメンらしい。普段はあまり選ばない味だけれど、だからこそここでは即決だった。
アルバイトらしき女性によってテーブルに置かれたラーメンは、とてもシンプルなのに僕の目をくぎ付けにする力があり、見た目も香りも自信たっぷりにその美味しさを主張しているようだった。
僕はゴクリとつばを飲み込み、小さく「いただきます」と呟いてから思い切り啜る。箸で麺を引き上げたときに一気に立ち込める湯気もまた、僕の食欲を爆発させる。
うん、うまいっ!! スープの色の濃さからは想像できないほどまろやかで、いくらでも食べられそうだ!
店内は快適な温度に設定されていたけれど、真夏のラーメンに額から汗が噴き出る。
だが、それがまた良い! 僕はどうして今まで醤油ラーメンを食べてこなかったんだ、これは確実にハマってしまう! 北海道の食べ物にハズレなしっ!
このときばかりは、じいちゃんたちのことが頭から離れていたのだけれど、タイミングが良いのか悪いのか、テーブルに置いていたスマホが鳴った。
見れば発信者はじいちゃんだった。
名残惜しいが、一旦麺を持ち上げる箸の動きを止めて、軽く口を拭いてから電話に出る。
「はい、もしもし」
「あぁ、晋太朗か? 今どこにいる?」
「お腹空いたからラーメン食べてた」
「食事中だったか、それは邪魔したなぁ。すまん」
待ち合わせから二時間。こんなに早くに連絡がくるのは予想外だった。
久しぶり過ぎる再会だから予定など立てられないだろうと、あえて終わる時間を確認しなかったのだが、文子さんに何か予定でもあったのだろうか?
「もしかして、文子さんもう帰ったの? ならすぐ食べて迎えに行くから少し待っててもらってもいい?」
僕はこの旅で任された案内役を全うしようと、さっきの喫茶店までじいちゃんを迎えに行く気満々だった。
しかし、じいちゃんの要求は迎えなんかではなかった。
「いや、急がんくていい! ゆっくり食べなさい。その代わりと言ってはなんだが、実は、文子が晋太朗に会いたいと言っててな。もしよかったら合流しないか?」
完全に予想外の誘いに危うくむせ返るところだった。
「え? 僕?」
「あぁ。嫌か?」
「嫌じゃない、けど……。でも、せっかくの再会なのに、逆に僕がいていいの? 二人で話したいこととか、たくさんあるんじゃない?」
「話さなきゃいけないことは全て話せた。できれば文子の希望を叶えてやりたいから、晋太朗にも来てほしいんだが……」
そんな風に言われて断れるはずがない! 僕は「分かった! すぐに行くよ」と言って、先ほどの場所に急いで向かった。
ゆっくりでいいとは言われたけれど、人を待たせていると知りながらのんびり食事する気にはなれない。
とはいえ、本当に美味しかったのでスープの一滴まで飲み干してから店を出たため、少し時間がかかってしまった。
満たされたお腹をさすりながら、喫茶店へと急ぐ。
自然とその足の動きは早くなる。
それもそのはず。若干の緊張はあるものの、僕は早く文子さんに会ってみたいと思っているのだ!
ホテルの喫茶店に入るのはこれが初めてだったから、少し緊張した。
ウェイターの人に「待ち合わせです」と伝え中に入ると、入り口を気にしてくれていたじいちゃんがそっと手を挙げる。
隣には少し背中を丸めた細くて小柄な女性が座っていた。にこやかに微笑んでいて、僕に向かって軽く会釈してくれたので、僕も慌てて会釈し返す。
見るからに優しそうな女性だ。
「いやぁ。急に悪かったな」
「全然」
「まぁ、座りなさい」
「突然無理を言ってしまって、ごめんなさいね」
「いえ! えっと、孫の晋太朗です。はじめまして」
「はじめまして。ドウブツ文子です」
「どう、ぶ……え?」
「ふふ。お堂の堂に、ほとけとも読む
自己紹介の時の決まりごとなのか、文子さんは慣れた様子で鞄から紙とペンを取り出し、実際に書きながら説明してくれた。
響きだけだと完全に
「元々珍しい苗字なんですけれど、その多くが北海道に集中しているみたいなんです。だから、道外の方は聞き慣れないかもしれないですね」
確かに、初めて聞く苗字だった。
文子さんの居場所を探していたばあちゃんが、名前だけを見て施設に連絡を取ったという行動力に実は少し驚いていたのだけれど、なるほど、これだけ珍しい苗字なら文字で見ただけで確信が持てるのも納得だ。
「寿さんから、晋太朗君には私たちの全てを話したと聞きました。私なんかのお願いを聞いてくれて、本当にありがとう。会えて嬉しいわ」
「いえ、そんな! 僕もお会いしてみたいと思ったので……」
「あら、嬉しい。晋太朗君は、今おいくつ?」
「二十一です」
「若い頃の寿さんによく似てるわ」
「そう、ですか?」
じいちゃんに似てると言われるのは、初めてだった。
東京にはじいちゃんの若い頃を知っている人がばあちゃん以外ほとんどいなかったのだから、当然と言えば当然なのだがなんだか少し照れくさい。
文子さんはイメージ通り、大らかであたたかい印象の女性だった。
話し方や所作がとても上品で、文子さんの周りの時間だけがゆっくり進んでいるような雰囲気がある。
「晋太朗、実はこれから昔住んでいた場所に行ってみたいんだが、また案内を頼めるか?」
「当時二人が暮らしていた場所?」
「あぁ。今はもう当時の面影も何もないだろうが、せっかくだから見ておきたくてな」
「分かった。もちろん案内は僕に任せて! 距離はどれくらい?」
ばあちゃんの手紙には、文子さんは足を悪くしていると書いてあった。その話通り、文子さんの椅子には杖が立てかけられている。
距離があるようならタクシーの手配も必要だな。そう思っていたが「ここからならそう遠くない。歩いていける距離だ」と、じいちゃんが答えた。
文子さんにチラリと目をやると、にこっと微笑み小さく頷いてみせてくれたので僕は住所を聞いてナビアプリに入力する。
確かに近い。
徒歩で六分と表示されているし、ルートも単純だ。ゆっくり歩いてもきっと十五分もあれば着くだろう。
聞けば、二人はこの店ですでに軽食を済ませたとのことだったから、僕たちは早速移動することにした。
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