価値という天秤

第25話 強引な方法

 都市の中心部から少し離れた場所に山みたいに巨大なショッピングモールがある。雑貨や服、家電なんかの店だけでなく、映画館やカラオケ、ボウリングなどのアミューズメント施設が入っている。


 休日なだけあって立体駐車場は車でいっぱいだった。幸いにも三階に空いている場所を見つけたから、そこに車を止めて降りる。


「……ここに来るの、結構久しぶりです」

「私も四年ぶりくらい」


 ちらりと五十嵐をみると目が合った。ここに来るまでの暗い会話を忘れてしまったみたいに、にこにこして飛びついてくる。腕を組んでくるから体温が直に伝わってきた。振りほどこうとしても離れないから、諦めてため息をつく。


「……そんなに私にくっつきたいの?」

「牧野さんがそうさせたんじゃないですか」


 明らかに私に非があるのだと言いたげに、ジト目で見つめられた。


「出会って二日目にして膝の上に座らせて後ろから抱きしめて、三日目の今日も胸に顔をうずめさせて、私に膝枕だってさせましたよね? だからこうしていちゃつくのが当たり前になったんです。全部、牧野さんが悪いんです」


 思いだして顔が熱くなる。普段の私は人とは距離を置く。けれど五十嵐にはぐいぐい詰め寄ることを選んだのだ。どれほど拒まれても走って追いかけた。


「……というか、いちゃつくって。変な言い方しないでよ」 


 唇を尖らせて言い返すと、五十嵐はなおさら私に体を寄せてきた。


「だったらこのまま人混みを歩いてみますか? きっと誰もナンパなんてしてこないはずですよ。『いちゃつく』以上に適当な表現、今の私には思いつきません」

「……いちゃつくじゃなくて、お金の関係だって思われるだけでしょ」


 五十嵐は目をまん丸にしたかと思うと、ほのかに頬を赤らめてニヤリと笑う。


「それも悪くはないですね。つまり肉体関係があるってことですから」


 突拍子もない言葉を聞いて頬が熱くなる。一瞬ベッドの上で乱れる姿を想像してしまったから、きつく睨みつけた。どうして私と深く結びつきたがるのだろう。会話の距離も近すぎる。 


「……五十嵐はツンデレから小悪魔に進化しちゃったんだね。最初は可愛かったのに今は私をからかってばかり」

「心を開いた証拠ですよ。牧野さんだけは手を差し伸べてくれたんです」


 五十嵐は腕をほどいて私と恋人つなぎをした。嬉しそうに笑っている。距離感を測りかねながら、店舗に繋がる連絡橋を歩く。


 入口の自動ドアを抜けると、見晴らしのいい開放的な吹き抜けの空間が広がっていた。透明なガラスの張られた天井からは日の光が差し込んでくる。吹き抜けの両脇の通路を家族連れやカップルが歩いていく。


 人の流れの中を歩く。直前までは家族や恋人と楽しそうに話していたのに、五十嵐を目にした瞬間に魅入られたみたいな視線を向けてくる。


 横目で五十嵐をみつめた。平気そうにしている。きっとこれが五十嵐の日常なのだろう。これまではずっと一人で、芸術品をみるみたいな視線に晒されてきたのだ。


 隣に私がいるのが嬉しいのだろうか。見せつけるみたいに強く手を握ってくるし、肩まで寄せてくる。人前でこんなことをされたら落ち着かない。


「なんか、いやらしいんだけど」

「なるほど。牧野さんはそう感じたんですね」

「……私がいやらしいみたいな言い方しないでよ」


 冷たい目線を向ける。でも本当は胸がドキドキしていた。自分が五十嵐に相応しくないというのは理解していても、無意識な部分まではどうにもならない。


「私は牧野さんのものです。牧野さんも私のものです。みんなに教えてあげないとじゃないですか。ナンパとかされたら嫌な気分になるでしょう?」

「……まぁ不愉快ではあるけど」

「ふふ。まるで恋人みたいですね。もういっそ本当につき合っちゃいますか?」


 五十嵐はふにゃりと笑った。笑顔があまりにも可愛いから、何も考えず肯定しそうになる。けどそもそも私がデートしている目的は、五十嵐に自分を好きになってもらうため。私なんかを好きでいて欲しくない。


「冗談もほどほどにしてよ」

「冗談じゃない、って言ったらどうします?」

「冗談じゃないって発言が冗談だって思うだけ」


 五十嵐は不服そうに目を細めたかと思うと、手を解いて腕を絡めてきた。たくさんの人が見てる前で何のためらいもなく。びっくりして隣をみると、五十嵐は頬を真っ赤にしていた。


「本気で考えて欲しいです。私と付き合うって可能性」 

「……意味がわからない」


 ため息をつくと、五十嵐は見ているだけで胸を締め付けられるような、切ない表情になってしまった。


「少し強引な方法になりますが、許してくださいね」


 腕が解かれて強く手を握られた。ぐいぐいと引っ張られるから姿勢を崩しそうになる。


「五十嵐?」

「人のいない場所に行きましょう。そこじゃないとできないことなので」

「ちょっと待って。何するつもりなの?」


 五十嵐は人ごみの中、強引に私を引っ張っていく。


「この才能せいで牧野さんにだって拒まれるのなら、もう生きたくありません。私が死んでも良いというのなら、この手を離せばいいです。……でも死んでほしくないのなら、ずっと握ったままでいてください」


 刃物でめった刺しにされたみたいだった。抗う気力は完膚なきまでに失われた。


 五十嵐が私と深い関係になるのを求めているのは事実で。それを容姿や才能を理由に拒むのは、きっと五十嵐のお父さんがやったことと変わらない。


 私は五十嵐のことが嫌いじゃない。むしろ好きなのだ。彼女になってもいい、なんて口にしてしまうくらいには。好きなのに遠ざけようとしているのだから、言い訳なんてなんにもできない。


 小規模な専門店のテナントの脇を抜けて、広大な衣類売り場にたどり着く。五十嵐は辺りを見渡してから、また私の手を引っ張ってずんずんと歩いた。空間の隅っこの目立たない場所にやって来る。試着室がいくつか並んでいた。


 五十嵐はその中の一つに足を踏み入れて、強引に私を連れ込んだ。カーテンをぴしゃりと締めてから、出入り口を背にして私をみつめる。


 狭い空間に五十嵐と二人っきり。空気は冷たいはずなのに体が熱い。不安になるほど胸がうるさい。薄桃色の綺麗な唇に目が向いてしまう。


 五十嵐は有無を言わせぬ艶めかしい表情でみつめ、私の頬にそっと手を当てた。


「……牧野さんの初めて、私にください」

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