第23話 追加の黒歴史

 穏やかな風に吹かれて、目を覚ます。五十嵐の美しい顔が私を見下ろしていた。


「膝枕、気持ち良かったんですね。とても気持ちよさそうに眠ってましたよ」


 嬉しそうに笑っている。膝枕……? 疑問に思いながら寝返りをうつ。すると目の前に五十嵐のお腹が現れた。いい匂いがする……。じゃなくてっ。


「もしかして、私結構情けないことしちゃった……?」

「でも可愛かったですよ。夢の中で夢中で私を呼んでました」


 顔が沸騰したみたいに熱くなっていく。慌てて体を起こそうとするけれど、五十嵐は制止するみたいに私の頭を撫でた。女神みたいな笑顔を浮かべているものだから、自然と力が抜けてしまう。


「もう少しだけこのままでもいいですよ」

「流石にそれは大人としてのプライドが……」

「プライドなんてあったんですか? 大人がしないようなことたくさんして、私のこと何度も助けてくれたじゃないですか」


 思いだしたくもない記憶が蘇りそうになるから、もういっそ五十嵐に甘えてしまうことにした。恥で恥を上書きすれば一時的には救われるはずだ。未来の私、頑張れ。


 五十嵐のお腹に顔を引っ付けて、ぎゅーっと抱きしめる。


「牧野さん!? えっ。何してるんですかっ。すんすんしちゃだめですっ!」

「……アロマセラピー。現実じゃないみたいにいい匂い。癒される」


 もう自分でも何をしているのか分からない。暴走機関車だ。でも悪いのは五十嵐だ。寝起きの私に、膝枕とか夢の中で五十嵐の名前を呼んでたとか、わざわざ都合の悪い事実を明らかにするからこんな目にあうのだ。


「……牧野さん、やっぱり甘えん坊で可愛いですよね」

「五十嵐の方が可愛い」

「牧野さんの方が可愛いです」


 髪を優しく撫でながらささやくから、愛されてるんだなって思えてくる。もしかすると五十嵐にも一割くらいは本当に、私とキスをしたいって気持ちもあるのかもしれない。お礼とかじゃなくて、純粋に愛し合いたいとか思ってくれてるのかも。


 って、私は何を考えてるんだ。黒歴史がまた一つ増えた気がする。悶えながら寝返りをうって、五十嵐を見上げた。


「五十嵐。今って何時くらい?」

「えーと。十五時です」

「……私、どれくらい寝てた?」

「三時間弱寝てるんじゃないですか。これからもまだまだ育ちそうですね」


 胸に視線を落として平然とセクハラ発言をしてくる美少女を私は無視する。申し訳なさを感じながら起き上がった。


「ごめん五十嵐。足辛いでしょ」

「大丈夫ですよ。牧野さんの可愛い寝顔で相殺されてます」


 なんて笑いながらもがくがくと足を震わせながら立ち上がる。私が大慌てで肩を貸すと楽しそうに微笑む。


「そろそろ起こそうかなって迷ってたところです。この調子だと夜まで眠ってそうだったので。週末まで疲れが残るなんてお仕事大変なんですね」

「……デートなのにごめん。私が社会人に向いてないってのもあるだろうけど、そもそも勤めてるとこがブラック気味でさ。残業が当たり前だし」

「だったらもうプロの画家になっちゃえばいいじゃないですか」


 簡単に言ってくれる。というか五十嵐だって分かってると思うんだけど。


「今の私がプロとして生きていけると思う?」

「まだ難しいかもしれません。でもすぐに上手くなりますよ。五年のブランクがあってあれだけ描けるんですから。順当にいけば絵だけで生きていけると思います」


 五十嵐ほどの天才がいうのなら、そうなのだろうか。でも画家か。


「ひとまずは会社を辞めるつもりはないよ。ちょっとずつ合間を縫って描いていこうとは思うけど。……それよりいい時間だから服買いに行こうよ。五十嵐には可愛いのを着せてあげたいんだ」

「牧野さんももっと可愛いの着てほしいです」

「あまりファッションに頓着してこなかったから、よく分からないんだよね」


 私は五十嵐に期待の目線を向けた。五十嵐ほどの絵の天才なら、ファッションセンスもずば抜けているのではないか。けれど気まずそうに目をそらすだけだ。


「……私も分からないです」

「私たち揃いも揃って女子力ゼロだね。まぁとりあえず、お互い相手に着て欲しい服を選べばいいんじゃない」

「そうですね。自分のことよりも牧野さんのこと考える方がやりやすそうです」


 私もそう思う。自分のことは割とどうでもいいけど、五十嵐のことだと真剣に考えたくなるのだ。


 足の震えが消えたのか、五十嵐は私に寄りかかるのをやめた。温もりが離れて、なんだか寂しくなってしまう。私は画材を抱えて五十嵐に声をかけた。


「いこ。五十嵐」

「寂しそうな顔してますけど、もしかして私の体温が恋しいんですか? ショッピングモールでも腕を組んでもいいんですよ?」


 人をたぶらかす悪魔みたいににやにやと笑っている。可愛い笑顔だから誘惑に負けそうになってしまうけれど、流石に知り合いに現場を目撃されるのはまずい。


「だめだよ。学校の人に見られたくないでしょ?」

「むしろ自慢してあげたいです」

「……自慢って」


 何を考えているのか分からない。私の何が自慢になるというのだろう。私はただの凡人。本来私と五十嵐は違う世界に生きる人間なのだ。


「とにかく、流石に人の多い所では手を繋ぐのが限界だから」

「分かってます。きちんと手を繋ぐだけにしますから安心してください」


 言葉とは裏腹に悪だくみをする子供みたいな笑顔を浮かべている。手を繋ぐといいつつ恋人つなぎをしてくるつもりなのではないか。私はジト目で五十嵐をみつめた。

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