第17話 本物の恋人みたい
朝食を食べたあと、私は五十嵐と一緒にソファに座っていた。デートスポットを調べているのだろう。好物の唐揚げを頬張っているときみたいな微笑みで、五十嵐はスマホの画面をスライドさせている。
「……とりあえず今日は車で移動だね。画材を運ばないとだから」
「それなら今日はドライブデートってことですか」
五十嵐は嬉しそうにニコニコしているけれど、私たちのそれをデートと呼ぶのはやっぱり憚られる。
「五十嵐。あらかじめ言っておくけど、人前でスキンシップしてくるとか絶対だめだからね? さっきみたいに抱きしめるとか、そういうのは人のいない場所でして欲しい」
「人のいない場所ならいいんですか」
やけに食い気味に顔を寄せてくるから、反射的に体を引く。
「良くないけど人のいる場所ならもっと悪いって言ってるんだよ」
「……だったら手を繋ぐのはどうなんですか? これもだめだっていうのなら友達ですらなくなっちゃいますけど?」
五十嵐と手を繋ぐ。それは多分大丈夫だ。友達なら手は繋ぐ。
「それくらいなら別にいいよ。人前でも」
「だったら腕を組むのはどうですか?」
五十嵐と腕を組めば、距離は手を繋ぐのよりもずっと近くなる。もしもそうなれば五十嵐の体の感触とか匂いだとかに意識が向いて、平常心ではいられなくなるに決まってる。想像するだけでもう既に顔が熱い。目をそらしながらつぶやく。
「……だめ」
「えっ。友達同士でも腕組みませんか?」
「友情にも段階があるんだよ。私たちはまだ腕を組むほどじゃない」
「愛してるって言ってくれたのに?」
五十嵐はにやにやしている。卑怯なやつだ。五十嵐のために背負った黒歴史を攻撃してくるなんて。なおさら五十嵐の思い通りにはしたくない。
「だめったらだめ。これ以上からかうなら、手を繋ぐのも禁止にするよ?」
テーブルの上のコップを手にしてお茶を飲む。横目でみると、五十嵐はあからさまにしょんぼりした顔になっていた。天使みたいな女の子が悲しそうにしているのだ。理不尽な罪悪感が私を襲う。過剰な美しさはもはや暴力だ。
「……分かったよ。腕組んでもいい。でも人がいない場所だけだからね?」
ため息をつくとさっそく腕が絡んできた。ぐいっと体を押し付けられるから、五十嵐の柔らかさと熱が伝わってくる。
「ちょっ。何してるのっ」
「人がいない所ならいいんですよね?」
色っぽい流し目でからかうみたいに笑った。
「……勝手にすればいいよ。もう」
同性なのに心臓がうるさくなる。でも当の本人は空いてる方の手で平気そうにスマホでデートスポットを調べていて、なんだか負けたみたいで悔しい。
「あ、ここなんてどうですか? 定番のデートスポットらしいですよ」
五十嵐が差し出したスマホには、色とりどりのイルミネーションが映っていた。街の中を巨大な門の形をした輝きがたくさん連なっている。場所は車で五分程度のショッピングモール。その付近の大通りだ。
にしても、もうそんな季節なのか。この街で働き始めて最初の一年は私も仕事終わりに足を運んでいた記憶がある。あの頃の天宮は毎日のように私の所にやって来てたっけ。「また絵を描いて欲しい」って。
「……いいんじゃない。でも夜になるまではどうするの?」
「牧野さんも考えて欲しいです。二人のデートなんですから」
不満そうに眉をひそめている。それもそうだ。五十嵐だけに考えさせるのも悪い。そもそも五十嵐がこうなったきっかけは私にあるのだ。私が五十嵐を助けたから、五十嵐のためにまた絵を描いたから。
だから五十嵐は私なんかを好きになってしまった。
「そうだね……。まずはあの場所で絵を描くとして……」
「あの場所?」
「名前は知らないんだけど、街と海を一望できる場所があるんだ。……あ、そうだ。そのあとはショッピングモールでデートするのはどう? イルミネーションからも近いでしょ。五十嵐に服も買ってあげないとだし」
五十嵐には制服しかない。明らかな女子高生と手を繋げば事案として通報されてもおかしくないのだ。今日はとりあえず適当に私の服を着せるにしたって、五十嵐は年頃の女の子なんだし自分に似合う服が欲しいはずだ。
「それなら財布も持ってくるべきでしたね。忘れてました。お父さんの足音が聞こえたから、慌てて画材だけもって戻って来たんです」
「私が払う。使い道がないからお金、ずっと貯まっていく一方だし」
私は気にしないのに、五十嵐は肩をすくめた。
「それならいっぱいお礼をしないとですね。私がたくさんドキドキさせてあげるので、覚悟しておいてくださいね」
体を寄せて、こてんと頭を私の肩にのせてくる。こんなのまるで本物の恋人みたいだ。胸はドキドキするし、体は熱くなるし、思わず体を引いてしまいそうになる。
けれど寸前で止まる。そよ風にでも吹かれているみたいに、気持ちよさそうに目を閉じていたのだ。ため息をついてそっと頭を撫でてあげる。
「とりあえずの予定は決まったことだし、そろそろ準備しようか」
「そうですね。でもあと少しだけこのままでいさせてください」
「……まったく。甘えん坊なんだから」
指先で優しく髪を梳いてあげる。五十嵐は目を閉じたまま、すっかり心を許してしまったみたいに嬉しそうに微笑んだ。
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