第16話 デートなんて初めてだ
普通に考えて「好きになった」なんて言葉、信じられるわけがない。
「私を好きになる理由がないから嘘だって思うだけ。私は凡人で容姿も特別優れてるわけじゃない。才能もない。五十嵐にはもっとお似合いな人がいる」
文句のつけようのない正論のはずなのに、五十嵐はどこまでも不服そうだった。私を横目にソファのひじ掛けに腰かける。
「自分の発言思い出してくださいよ。私に自分のこと好きになって欲しいとかいうのなら、牧野さんこそ自分のこと好きになるべきです。説得力なさすぎですよ」
そんなこと言われても。
五十嵐には自分を好きになる要素はたくさんあるけれど、私には何もない。それどころかずっと憎んでいる。天宮を裏切ったあの日から、ずっと。
「私はいいんだよ。好きにならなくても」
「私のことは何としてでも助けようとするのに、自分のことはどうでもいいって諦めてる。誰がそんな人の言うこと聞くんですか」
五十嵐は頑固だ。自分が如何に特別か分かっていないのだ。周りから邪険に扱われてきたせいなのだろう。でも主張には一理あるとは思う。自分がそうでないのに他者にそうあるように強制するのは、あまりに説得力が薄い。
深いため息をついて、五十嵐の隣に座った。
「……分かったよ。好きになればいいんでしょ。好きになれば」
「それなら今日は二人でデートしましょう」
五十嵐は満面の笑みで私の手を握った。どういう道筋でその結論に? 五十嵐とデートなんてすれば、むしろ差を痛感してごりごり自尊心を失いそうな気がするけど。
「自己肯定感を回復するには、たくさん愛してもらうのがいいみたいですよ。つまりはデートをするのが一番効率的だってことです」
五十嵐は特別なのだ。五十嵐に釣り合う相手ならともかく、私ではその理論は難しい。
「こうして二人でいるときはいいけど、やっぱり人前を五十嵐と二人で歩くのは辛いよ。スタイルも容姿も年齢も違う。ましてやデートになるとね……」
ちょっと卑屈すぎたかもしれない、とは思う。けど五十嵐と私では卑屈にならざるを得ないほどに差がある。でも肩をすくめていると、五十嵐は耳元でつぶやいた。
「……牧野さんも可愛いです」
「え?」
「お肌綺麗でスタイルもいい方ですし、顔立ちもクール系なのに可愛いです。すっごく可愛いですっ! ぎゅってしたいですっ!」
やけになったみたいな声色で、顔を真っ赤にしながらぽこぽこと連続攻撃を繰り出す五十嵐。褒められるのに慣れていないものだから、否応なしに顔が熱をもつ。
「……そ、そりゃどうも。えっと、ぎゅってしたいなら、する?」
動揺のあまり妙なことを口走ってしまった。慌てて取り消そうとするけれど、時すでに遅し。気付いた時には強く抱擁されていた。
私が五十嵐に抱きしめられるのは、なんていうか、自分から五十嵐を抱きしめる以上に恥ずかしい。でも五十嵐はどう頑張っても離れてくれそうになかった。
昨日の私と同じくらい、強く抱きしめてくるのだ。
「ふわふわで好きです。いい匂いがするので好きです。温かいので好きです」
「ちょ、ちょっと待って。急に褒めないで」
「やっぱり可愛いですね。ずっとハグしたいです。キスだってしたいです」
耳元で五十嵐がささやくたびに、おかしくなってしまいそうだった。鼓動が激しすぎて、五十嵐に聞こえてないか不安になる。
「い、いい加減にっ……」
振りほどこうとして視線を向けると、艶やかな瞳が私をみつめていた。
「牧野さん……。キス、だめですか?」
甘い声が聞こえてくる。綺麗な形をした薄桃色の唇に視線が吸い寄せられる。みつめていると五十嵐は何かを察したみたいに目を閉じた。
「ちょっ。なんで目閉じるの!?」
大慌てで五十嵐の腕を振りほどいて逃げた。さっきからずっと胸がうるさい。
「……キスしてくれるのかと思ったからです。唇、じっとみてるから」
不満そうに唇を尖らせている。私だって不満だよ。なんで私なんかにそこまでするんだよ。理解できない。
「言ったでしょ、キスなんてしないから。五十嵐のこと恋愛的には好きじゃないし」
「だったら好きにさせてみせます。だからデートしてください。お願いです」
真っすぐに真剣にみつめてくるのだ。恋愛なんてしたこともないのに、それでも私の手をぎゅっと握りしめて、顔だって真っ赤なのに必死で思いをぶつけてくる。
「……分かったよ」
ため息をつくと、さっきまでの暗い表情を明るくさせて、目をキラキラさせている。何がそんなに嬉しいのか、理解に困る。
「デートなんてしたことないから、エスコートとか期待しないでよ?」
「最初からしてませんよ。少女漫画を理由にキスを断ってくる人なんですから」
「……楽しいデートにならなくても責めないでよね」
「責めませんよ。私も初めてです。初めて同士、二人で楽しみましょうね。もしかするとデートが終わるころには付き合ってるかもしれません」
「それはない」
変なことを口にするから、思わずぴしゃりと否定してしまう。
「……とりあえず朝ごはん作って来るね」
五十嵐に背中を向けてキッチンに向かった。食欲は湧かないけどしっかりとご飯を食べなければ。さもなくば五十嵐に流されてしまいそうな気がするのだ。
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