Rial climbing

釣ール

違う現実

 神処罰室しんだいてっくすは『何ごとも真似から入るべき』を鵜呑みにし、ミニマリストごっこで一人暮らしを始めている。


 あまり明るいキャラではないが、それなりに作為的でも上手く演じないと味方すら作れない遅れたSNS社会。


 こんな情けないネガティブなことを言ってもしょうがないと罰室でも思う。


 きっと反動だ。

 自分に嘘を吐かないように保っていたはずが、少しも助けてくれない仲間如きに合わせたから結局稼げない、楽しくない、苦しすぎる毎日を受け入れながらせっかくの一人暮らしを謳歌できずにいる。


 そういえば一人っ子だったっけ?

 もう何年か前に手を切った家族と呼ばれるコミュニティが嫌で飛び出したか。


 思い出した。

 兄貴のことを。



 神処露室しんだいれっくす

 性格は天然、アスリート気質なのに仲間想い。

 常に余裕があるのか、罰室のことを気にかけてくれていた。


 あんまり兄弟感がない。

 なのに露室は罰室に

「カッコいい響きだから兄貴って呼んでくれ。

 人前だけでいいから。」

 とお願いするくらい。

 そのおかげで同じ人間がいる感覚は薄れていった。

 家族ほどピリついていないが友達のような関係とも言えない。


 兄貴はいつも罰室より十歩先へ進んでいく。


 中学時代ではコンプラの厳しい社会でとんでもない話を兄貴から聞いた。


「罰室…お前は無事か…くっ!一人相手でも勝てないのに暴力を振るいやがって…。」


 恐らく露室の友人が集団で攻撃されたのを放っておけないからたった一人で解決してしまったのだろう。


「それ演劇のセリフにしては臭すぎ。

 マジで戦って勝ってる癖に何昔のラノベ

 みたいなカッコつけしてんだ。

 兄貴は勝ったんだ!

 そして仲間を助けた。

 俺は兄貴の兄弟かもしれないが友人じゃない。

 キャラも違うんだから。」


「その割には口数が多い。

 まったく。

 罰室も少しは他人に興味持てよ。

 陰キャラって言われてるけれどお前には趣味がないんだろ?」


 ほら。

 こちらの心配をする時は自分の怪我なんて気にしない。

 だから平気だと思われる。

 よく見るとちゃんと手当ての跡があった。

 ちゃっかり助けられて。

 人気者なんだな。


「趣味かあ。

 俺は運動も金がかかる行動もしたくないんだ。」



 他の兄弟だったら、もっと心配されて壮大な話になったかもしれない。

 だが罰室達は違った。

 露室はいつのまにか用意していたマウンテンバイクに乗れと合図した。


 そうか。

 喧嘩した後に勝った上に罰室を乗せられる余力まであるのか。

 兄貴にはお手上げだった。




 ✳︎




 到着した場所は地元なのにあまり知らない。

 海?川?湖?

 いや、人がいない景色ならなんだって良かった。

 またいつの間にか飲料水を渡された。

 絶妙に罰室の好みではないのが兄弟感で距離があることを示す。



「そういえば、兄貴らしいことあんまりしてなかったな。」


 改まって何を言っているんだか。

 気持ちが悪いとは思っても露室の行為はありがたいので返す言葉がなかった。

 ただお礼は言わないと。



「双子なんだから気にしなくていいんじゃない。

 俺の友人ならこんなことしようなんて思わない。

 俺ですら客観的に自分を見てもそう思うんだから。」



 露室みたいなキャラが受ける歴史がずっと続いている。

 別に嫌いではないが近寄り難い。

 人付き合いが苦手な罰室と得意な露室。

 こうして話すのも中学生なのに久しい。


「そうか。

 だったらお前も体裁なんて気にしなくていい。

 小坊の時にお前へそう言い切ればよかったな。

 距離を取ってたのは、お前だけじゃないんだ。」


 この時に露室とは違う道を歩み、二度と会うことはないのだと悟った。


「暴れ足りないお前が通う高校は県外の高校?

 それとも海外にでも留学するとか?

 噂が耳に入ってきたからなんとなく。」



「互いに道は縛らない。

 だからそこは憶測でいい。」


 もう少し仲が良かったら水臭いと言ってたかもしれないが生憎そこまでじゃなかった。


「兄貴…露室の武勇伝を聞けなかったから俺はこのつまらない現実を受け入れることになるのか。」


 この時は自分のことばかり考えてしまっていた。

 きっと露室にも人には言えない秘密が多くあるのかもしれない。

 数少ない味方に優しくできないなんて。

 それから黙ったままの露室を見て余計に何も言えなかった。



 高校時代をなんとか終え、罰室は一人暮らしを謳歌する。


 兄貴と呼びはしたがまるで切り札のような活躍をする露室にいつも助けてもらってばかり。

 あれだけの性質なのにインターネット社会で特に目立った噂も聞かない。



 露室は気を遣っていたのかもしれない。

 当たり前のように聞かされた露室の自慢話。

 リスクを恐れず日々と戦う露室の姿を想像するだけで下手な本より面白かった。

 だがそれも秘密の一つで、弟の罰室にしか話していなかったのかな。

 普通に話せないから誤解も多く、それを利用していただけかも。



 連絡先だけは念の為そのままにしていた。

 もう生きていないのかもしれない。

 あの彼なら。


 実の兄をここまで気にかけるのも、血の繋がりではなく一人の人間として良くも悪くも見過ぎていた。

 たった一人でこんな世界を長い寿命で歩かされる。


 今の一度もこの連絡先から便りが来ることはなかった。



 思い残すことなんてない。

 確かにメタ視点で見れば、家族や民族に所属することは安心感を覚える。

 けど、その先の幸せを保障するためのセーフティーにだって今時なりゃしない。



 どこへ行ったってぶち当たるのは人間関係。

 分かり合えないのが普通だ。

 それなのに、何故今の今まで誰も集合体に疑問を持たない?



 介護は?

 独り身の人間は?

 災害が起きたら?


 好かれる生き方なんて疲れるし、維持する努力も長くはもたない。

 金がある人間なんて才能や運を手繰り寄せられる者ばかりで大抵はどこか外れすぎている。

 仮に貧しくても変わらない。


 けれど独りも正直つらい。

 比較しないようにいつも戦ってる。

 何処かで露室が戦って、日々を楽しんでいることも直接連絡はないし、彼の友人とも繋がりはないけれど爪痕を必ず残すのが兄貴だからこそ。


 試しに一度だけ露室の連絡先へメッセージを送った。

 もう変わってるかもしれないと思ったからだ。

 それから数年何もない。


 また何か面白いことを伝えに来るんじゃないかと期待しては忘れて。


 本当はこの地獄に希望を見出したい。

 兄貴に貰ってばかりだった恩を返したい。

 どうかその時が来たら、今度こそお礼を

 させてほしい。

 それからの孤独は、兄貴が幸せだと決めつけた罰として身に刻もう。


 すると普段メッセージが来ないトークアプリに通知が来た。

 まさか?


「久しぶり!

 最近文章投稿にハマってて、誤タッチでランキング上位の投稿者とやりとりしたらすげえ怒られてさ。

 すぐにそこで収益化するのやめた。」


 当たり前のように会話が始まる。

 投稿してたのか。しかもまだ始めて間もない。


「兄貴の話は文章より話のが面白いよ。」


 もっと他に書くことはある。

 だから更に念の為、今の住居先のヒントは彼にも知らせていた。

 勿論、彼も既存の家族仲は良くない。


 扉を叩く音がした。

 この家でインターホンを使わない人間は初だ。

 野生的なのにいつもあったようなこの感覚。


 やっとお礼ができる。

 自立、俺も出来たよ。

 罰室は扉を開けて懐かしんだ。


 生きづらさを共有できる数少ない同年代である兄貴と。

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