第6話 剪定

   6

 ウルの大剣は木剣だが、中には鉄の芯が一本通っている。

 そうでなければ振り抜いたときに剣自体が耐えきれないのだ。

 一方、僕の木剣はふつうに木100%だ。

 まともに打ち合ったら確実に押し負ける。

 

 ウルが小手調べとばかりに薙ぎの一閃を放ち、それを受け流しつつ立ち位置を切り替える。

 訓練で教わった剣の振り方。そして足運びが活きている。

 だけど、受け流しているだけじゃ、勝つことはできない。

 前に出るんだ。

 数度の切り合いから大剣が上段に大きく構えられる。

 頭上高く構えられた大剣が威圧感とともに大質量の赤い魔力を纏う。

 今だ!

 一歩の踏み込みからウルの懐に飛び込む。

 横薙ぎの一刀を振り、兄さんが上段に構えた大剣をガードのために下げさせる。

 上からの叩き下ろされる一撃は食らえば一撃で意識がかき消される。

 必殺の一撃は、撃たせない。

「ッギャハァ!!」

 『軽い』。兄さんの吊り上がった鋭い目からは嘲るような視線と意思が垣間見える。

「吹っ飛べよ!! アンサズ!!」

 ガードのために下がった剣をウルが蹴り上げる。

 カタパルトのようにはじかれる剣が僕の体に迫った。

「うわああ!」

 受け止めたつもりの剣が僕の体ごと宙に舞う。

 かろうじて開いている眼の、上のほう――。

 違う。僕が跳ね上げられて頭から落ちて、眼下のウルが魔力を放出していた。

 大上段に構えた木の大剣は、ありえないほどの存在感を放っている。

「ハハァ!! 受けてみろ!」


 やられてたまるか!

 あれを食らったら確実にどこかの骨が折れる。

 そしたら訓練もなにもない、やっと見つけた面白そうなことを、あきらめたくない。

 幸い、まだ僕の体に傷はない。

 訓練した魔力操作で姿勢を変える。

 やれる気なんてひとかけらもない、それでもやる。

 兄さんと同じく大上段に剣を振り上げ、体を丸める。

 ぐるんと前転するように宙返りを決めて、回転力を足すんだ。

「ああああああ!!!!」

 岩さえ砕く、全力全開の一撃。

 試したことはないけれど、それほどの威力があると僕は信じる。

 空中大上段回転切り。

 兄さんの力には、使える力すべてで挑まないと死ぬ!


 ばぎぃん!!

 宙からの一撃と兄さんの地からの一撃がぶつかり合い……当然僕の木剣が爆散した。

 いや、木剣同士の衝突で爆発が起きるのはおかしいと思うけど、爆散したとしか言いようがなかった。

 裏庭にあった干し草の山に墜落した僕の頭上からぱらぱらと粉砕された木片が舞い降りてくる。

 

 紅く焼けた空を見上げてもたもたと手足をうごめかせ、干し草から出ようとする僕に兄貴が手を差し伸べる。

 差し伸べるっていうかむんずと腕をつかんで引っこ抜いた。

「ギャハ、強くなってんじゃねえの」

 逆光で悪人面がより凶悪になってることを除けば、僕が見た兄貴の中で一番の笑顔。

 その頬には一筋の切り傷が刻まれていた。

 さっきの衝突で破片がかすめたのだろう。

「そうかな、それならよかった」

 地面に下ろされ、服に付いた干し草と木の破片を払う。

「それで? 強くなったのは女のせいかァ?」

 兄貴がにたにたと笑いながら肩を組んでくる。

 絶対に逃がさないという意思を感じた。

「えーっと……うんまあそんな感じ」

 否定するのも嘘になる。

 この村の中で生きていくなら、別に大猪なんか無視して逃げ帰ってもよかった。

 弓の一撃が効かなくたって、適当に木の上を飛び移って逃げ切れたはずだ。

 僕がその先を見たくなったのは、間違いなく二人の魔法を見たからだった。

 あの時はそんなこと考える余裕なんかなかったけど、今考えればアガートさんたちにいいところを見せたかったのかもしれない。

 諦めたつもりでも、男子的な欲望のせいか。

 嘘になるようなことは言いたくなかった。

「いいじゃねェか。俺を倒せるようになれよ、アンサズゥ」

 犬歯をむき出しにしてぎゃはぎゃはと笑いながら兄貴が僕の背中を叩く。

「いったい!! 痛いって!」

 そのままぽいっと首根っこをつかまれて家の中に放られる。

 兄貴は木剣をしまいに行くようだ。

「ったくもー……でも、強くなってるんだ」

 母さんにただいまを告げて、自室に戻りながらこの数日で擦り切れて汚れた手をぐーぱーと動かす。

 なにか自分の中の熱いものが疼くのを感じた。

 

 

 

「いって……」

 ウルは、木剣を握っていた手を開き、血のにじんだ傷口を見ていた。

 一番出来が悪く、一番手のかかる末っ子が剣の修行に手を出したとは母さんから聞いていた。

 とはいえ、あいつは昔から妙な癖があってこれっぽっちも強くはなかった。

 それがたった数日、数週間で大きく変わったとは思えなかった。

 生半可な色気を出しただけなら、ここで折ってやるつもりだった。

「もともと、身軽だとは思ってたけどよォ」

 最後の一撃。

 あの瞬間、ウルは直感的な寒気を感じて必要以上の魔力を込めた。

 結果、木の大剣の柄を握りつぶしてしまったのだ。

 破片が手のひらに刺さり、血が流れだしている。

「……あれがたった数日の成果だって?」

 遠くない未来、アンサズが遠くに行くのだろうという予感を、ウルは色濃く感じていた。

 もともと、洗濯屋などという意味不明な店を始めるような弟だから、これからどうするかなど予想もつかないのだが。

「あいつにも教えてやるか」

 っくく、ぎゃははは!!

 赤から青に染まっていく空に高笑いを響かせながら、傷ついた右手を握りこむ。

 深紅の魔力が揺らめき、傷口をふさいでいく。

「楽しくなりそうだぜアンサズ……簡単にこの村を出ていけると思うなよォ」


 木の外殻が砕け散り、鉄芯がところどころ露出した大剣(だったもの)を門の脇に立てかけ、ウルはひとりルーン農園の厩舎へと足を向けるのだった。

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異世界転生した僕にはチートも無双もレベルもスキルもハーレムだって無い。 @Luna_arc

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