第43話 作戦会議
拠点の山小屋を焼き払われたアルールたちは、無事にシン・シオンに到着した。
ここへ来るのは何度目か。小さな集落にまで敵の手が及んではいないかと心配したが、
湖のほとりはいつものように平和で、村人たちは一行を温かく迎え入れる。
しかし珍しく見張りがそこかしこに立っていて、どこか緊張感が漂う。村長は顔を合わせるなり、すぐに館へ入るよう警告した。
「無事でよかった。随分と大変な目に遭われたそうで。ティルトさまたちがいらしておりますぞ」
「なに、もう来ていたとは。すでにご存知だったのですね」
「とにかく中へ。なにか
人を見る目だけはあると自負していたアルールは、何の疑いもなく扉をくぐった。
だが、そこに待っていたのは見たこともない人物だった。
純白の肌に長い黒髪、
村長は自らは入らずに扉を閉め、眼前の相手はこちらを見るなり不気味に笑う。
「うふふ、待っていたわ。ようやくお目見えね」
「だ、誰だ!」
「まさかメルラッキ!?」
アルールとヴェルナが身構えると、女性は慌てたように手のひらを向けてあとずさる。
「おいおい、私だ。ディブラスだよ。何を勘違いしているんだ!」
「ええ? こ、これは失礼、お顔を拝見したのは初めてなもので。それに話し方も違うような……」
「まったく、声質でわかるだろうに。君は女を見る目がないな。職業柄、素をさらけ出すわけにもいかないのだよ。以前のほうが好みなら、戻すとしようか」
あきれるようにフードをかぶる彼女に続き、五人は館の最奥へと向かう。
アルールが妹と初めて出会った際、壁を破って突っ込んだあの物置部屋である。
そこにあった品々はすっかり片付けられ、机と
腰掛けていたティルトとカティナは、こちらを見るなり目を輝かせる。
「ああ良かった。みんな無事だったのね。早めに戻ったら小屋が燃えていて、ディブラスに促されてここに隠れていたの。私、何が何だかわからなくて……」
「その様子だと、見事、目的を果たされたようですね。相談することがたくさんございます。さあ、皆さんお座りください」
客間へと改装された部屋は想像以上に広かった。わきには簡素な寝床が整えられ、黄色い髪をした少女がすやすやと眠っている。
「メステン・メリン。自分で変身できるようになったのか?」
アルールの問いに、席についたディブラスが首を横に振って答える。
「いいや、私がやったんだ。我らマドライグは、竜になるのも人になるのもお手のもの。昔から変身魔法は得意なのさ」
「なるほど。それにしても全部で九人か。最初はたったふたりだったのに、随分と大所帯になったものだ。その前はずっとひとりだったが……」
「ふふふ、王を目指すものがその程度で満足してはダメだろう。それに、私を戦いの頭数に入れてもらっては困るよ。権力争いなんてものはうんざりだからね」
「残念ながら、敵に知られているとすればもう手遅れでしょう」
「そうかもしれん。さあ、作戦会議を始めようじゃないか」
中央にアルールとディブラス、左右にエルスカとヴェルナ、ティルトとカティナが向き合って座る。フウィートルとセレン・セイティはメステン・メリンのそばに腰を下ろした。
〝――ぼくも入れたら十人だな〟
脳内に少女の声が響く。
〝見せかけの数を増やしたところで意味はないだろう、エイン。実質五人だ〟
〝竜ってのは薄情だね。フウィートルは戦ってくれないんだろう?〟
〝滅多なことを言うな。ずっと力を貸してくれているじゃないか。でも、最終的な戦いには巻き込めない。これは人間の争いなんだ〟
正面の相手がいぶかしむような眼差しを向けたので、苦笑いをして話を始めるように促した。
「それでは私が代表して、こちらの報告からさせていただこう。やはり、グリフィズ王が直接介入することはできないそうだ。公務が多忙を極め、当分会うこともかなわない」
「そうですか、無理もない。せっかく頂いた機会をふいにしてしまったのだから……」
「がっかりすることはないぞ。王はイルールが偽者であると最初から見抜いていたそうだ。たたく機会をうかがっていたが、先王がもたらした
彼女は手のひら向けて、にやりとした。
「王は、アタコッティたちに働きかけることを約束した。かつて魔皇帝に従ってこの島に侵攻したものの、反旗を
「初めて聞く名前です。いったいどんな人たちなのでしょうか?」
「いわゆる魔族、人ならざる者たちだ。といっても、もはや混血だがね。彼らがこの島に侵入したのははるか昔のことだが、今でも人や妖精からは
ティルトとカティナも、アタコッティなる者たちとの関わりは聞いたことがないと口を揃える。
ときおり耳にする魔皇帝時代の話。
敵国の反乱分子を
国を取るのに戦闘を回避するのは不可能に近いが、己の決断で赤の他人が命を落とす覚悟はしていなかった。
「今さら甘いとおっしゃるでしょうが、無関係の者が亡くなるのは耐えがたい。なんとかイルールと一騎打ちにできないでしょうか」
「それは無理な相談だ。仮に彼だけを仕留めたとしても、それで体制が変わるなどありえない」
「そもそも、わたしたちだけで
横目でエルスカを見れば、うつむき加減でじっと黙っている。
なにも手を考えていなかったわけではないだろうが、そのような味方を探す人脈は欠いていたようだ。
まだ後見人もいない状態で潰しにかかるとは、敵の判断はじつに的確といえた。
幽閉の身から王を目指すのは、やはり無謀すぎたのだろうか。
「そうだな。こう考えてはどうだろう。グリフィズ王が直接手を出せば、ストラスクライドは彼が支配することになる。しかし彼は、まだ顔も知らぬ
「というと?」
自ら解を見つけるのを促しているようだが、この世界の知識はおろか、大人になった経験もないアルールにはピンとこない。
すると右に座るティルトが口をはさんだ。
「そうか、母方の親戚ね。うちの家系はとっくにのみ込まれてしまったけれど、まだ向こう残っているのかもしれない。兄さまを幽閉したと同時に始末したとばかり思ってた」
「そのとおり。たとえ正当な王位継承者であっても、民から
政略結婚であることを思えば、母は本来のストラスクライド王家だったはず。
なぜか自分は生かされたが、多くは
「生存者がいらしたんですね。いったいどんな方でしょうか?」
「うむ。その人物の名は、ラクラン公爵。
「ほう、国民の胃袋をにぎっていると」
「さよう。
「そういえば以前、行く所に行けば、表世界の植物を入手できると聞きました。まさか、その話につながっているのでしょうか」
「ああ、おそらくな。彼は独自に他国とも太いパイプをもち、徹底的にマークされている。政敵として権力こそ奪われたが、経営だけはほぼそのまま許された。彼に足りないのは軍事力だけ。それさえ補えれば、国として最低限の機能は果たせるはずだ」
身を守るために、これまで戦いしか頭になかった。味方はいないと言われ、そのような人物を頼るなどまるで思い至らなかった。
とはいえ一度に複数の問題と向き合うのは難しい。ようやく次の段階を考えられる時期にきたのだと、開き直ることにした。
「随分としたたかな方のようですね。味方になってくだされば、とても心強そうです」
「今でも
それからアルールはディブラスから紹介状を受け取り、ラクラン公爵と密会する手筈を整えた。
さらに彼女は、半魔族アタッコッティの頭目と接触する根回しを行うと告げ、煮えきらぬ転生者に覚悟を決めるよう迫った。
「いよいよ後戻りできないところまで来たという感じです。ここまで多くの人を巻き込むとは思っていませんでした」
「何をそうためらっているのかね? 君のとっては明確な敵だろうに」
「そうかもしれません。でもそれには理由があるのです。わたしはこれまで転生を十四度も繰り返し、アタリアと出逢ったことでその法則に確信を得ました。
「なるほど、信念に反するというわけだな。ところで君は、イルールについてどれだけ知っているかね?」
「島の支配を企む魔女メルラッキの息子で、魔術に長けているのでしょう。各地で竜を殺してまわり、守護竜に捧げているのではないかと聞きました」
邪竜ダウズル――永遠の時を生きる代わりに、肉体を維持するための
「ところがそれだけではないのだ。私のところにはさまざまな情報が流れてくるが、ひとつ気になるうわさがある。連中が治めるかの地では、しばしば魔術師が行方不明になっているらしい。ひょっとしたら、竜にしている行為と同じことをしているのではないかとね」
「どういう意味です? まさか人間も
「目的は不明だが可能性はある。表沙汰にはなっていないものの、疑わしき点がいくつもあるのだ。とはいえ伝聞だけで判断する君ではなかろう。まずはふたりに会いに出向き、そこで最終的な決断をするがいい」
「そうですね。そもそも向こうが支援してくれるとも限りません。失敗すれば当然、一族
「そのとおりだ。ゆめゆめ忘れてはならぬぞ。奴らが
ディブラスはそこで会話を区切ると、到着したばかりの五名にくつろぐように言い、場をあとにした。
身を清めたがっていたヴェルナと竜たちは洗い場に向かい、部屋には四人と一頭が残される。
静寂が訪れるや、左に座るエルスカは真っ先に口を開いた。
「申し訳ございません、アルールさま。ラクラン公爵とは接点がなく、これまでお話しする機会がありませんでした」
「いいんだ。なにも君が全部やる必要はない。ただわたしには、王として知識も覚悟も欠けている。迷いを見せてすまなかった」
「与えられた使命どおりに行動するのは、間違っていたのでしょうか?」
「どこにいたって敵は襲いにくる。相手を倒さねば、我らに安住の地などないのだ。やらなければやられる。悲しいことだがな」
促されれば拒み、弱音を聞けば強がる。己が矛盾しているのはわかっていた。
現生が終わればアタリアに手を貸すと約束したものの、まだ想い人への気持ちが途切れたわけではない。
悩んでばかりだ。
「――ねえ兄さま、アタリアの話を聞かせて」
会話が途切れると、妹が
好奇心に満ちたその顔を見て、アルールは急に胸が締めつけられた。
迷える自分に命を預け、付き従う者たち。
新たなる宝物と出会い、もうとっくに
目を細め、金色の髪を優しくなでる。
「……ああ、そうだな。ティルト、君の引力はすさまじい。兄が妹を不幸にするなどあってはならない」
道を選ぶとは、もう一方を諦めることでもある。
転生者は選んだ。
すでに敷かれた王道を。
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