第42話 急転

 夢のような一夜が明けた。

 無事に目的を果たしたアルールは、陽光を浴びながら清々すがすがしい朝を迎える。


 チチン、チチン。

 どこからか甲高かんだかいキセキレイのさえずりが聞こえてくると、寝ていた仲間たちもようやく目覚め始めた。


「申し訳ございません、アルールさま。いつの間にか眠っておりました」


「疲れが出たんだろう。ずっと頑張ってくれていたからな」


「途中まで寝返りさせてあげてたんだけどね。本当に魂が抜けた人なんて初めて見たけど、呼吸以外は微動だにしないからちょっと怖かったわよ」


「ありがとう、おかげで助かったよ。幽体離脱の最も恐ろしい点は、帰るべき肉体が朽ちてしまうことなんだ」


 エルスカとヴェルナには心配をかけたようだ。

 フウィートルとセレン・セイティも目を覚ましたので、事の顛末てんまつをざっと説明した。


「なるほどな。えらい冒険をしてきたものじゃ。しかし、月蝕のときしか手を貸してくれないなんてことはないじゃろうな」


「まさか、そんなはずは!」


「この星よりも巨大な竜とは、にわかには信じがたい。でも、お前からは黄金のオーラを確かに感じる。きっと本当なのだろう」


「理想は高いけど、意外と気さくな方なんだよ。みんなと会わせられないのが残念だ」


 明るく語るアルールに、みな熱心に耳をかたむける。

 しかし人造精霊タルパに話が及ぶと、やや白い目で見られることになった。

 特にヴェルナは、幼馴染の頭を心配するかのように冷ややかな言葉をぶつける。


「それってつまり、遊んでいたお人形が人格をもったってこと? もしかして今までずっと、心のなかでその子と会話をしてきたの?」


「ああ、いや、決してそういうわけでは。これもれっきとした魔術であり、魂や魔力を分け与えた新たなる生命で……」


「いったいどんな子なのよ? どうせ男にとって都合のいい従順な性格で、胸が大きい美少女なんでしょう?」


 詰め寄るように問いただす。

 アルールがしどろもどろになると、ほかの者たちもいぶかしむ瞳を差し向ける。


「まあ、見えないお友達なのですね」

「おぬしはそうやって、孤独な転生を紛らわせてきたのじゃな」

「ちょっと引くな……」


「誤解だ! タルパはそんな変な代物しろものではない!」


 どう言いつくろうが、存在を知らぬ者には奇妙に映ってしまうのは致し方ない。

 すると脳内から、当のエインがほくそ笑む声が響いてくる。


〝くくく、いい気味だね。ぼくを放っておいたバチが当たったんだ〟


〝くっ……。君だって自分だけの器が欲しいんじゃないのか。ちゃんと探してやるから、おとなしくそこで待っていろ〟


〝へいへい。楽しみにしているよ、ヘンタイさん〟


 今や完全に自我をそなえた少女は、肉体をもたないだけでひとりの人間のようである。

 早めに人形を手に入れて魂を移してやらないと、こちらが精神的に参ってしまいそうだ。


 ひとまず話を終えた一行は、山小屋に戻って身を清めることにした。

 疲労でさすがに下山する気にはならず、竜たちの背に乗って山頂を飛び立つ。


 出掛けに水やまきを補充しておいてよかった。しばらくは英気を養い、ゆっくり次なる目標を考えればいい。

 黒竜の上でまどろみながら、アルールはそう考えていた。


 だが、待っていたのはあまりにも想像だにしない光景だった。

 もうじき到着すると起こされてあくびをした直後、目的地の方から漂う黒い筋が目に飛び込んでくる。


〝あの煙はなんだ?〟


「え? ま、まさか……」


 降り立った一同は絶句した。

 山小屋が全焼している。つつましくも美しかった拠点は無惨にも真っ黒な炭となり、崩れてわずかにくすぶっていた。


「ティルト! カティナ!」


「まだ戻ってきてないはずよ。それよりあたしのよろいが!」


 我先に建物に近づこうとするヴェルナをフウィートルが制止する。


〝待て、危険だ。たしかあの辺りじゃな。わらわが探してきてやろう〟


〝私も手伝おう。お前たちはエルスカの面倒をみていろ〟


 棒立ちするアルールのかたわらで、竜人の娘は呆然ぼうぜんとたたずんでいた。長くここに暮らしてきた彼女にとっては、とても耐えがたい光景であろう。


「大丈夫か、エルスカ?」


「ええ……。森に広がらなかったのが不幸中の幸いです。とうとう見つかってしまったのですね」


「やはりイルールたちだろうか。メルラッキは君のことも追っていたんだったな」


「ディブラスが裏切った? もしくはつけられた?」


 ヴェルナが情報屋の竜人を口にすると、エルスカは首を横に振って答える。


「まさか、あの方に限ってそれはありません。これまでも困ったときはいつも手を貸してくださいました。本音をいえば、父や姉たちよりも信用のおける存在なのです」


「わたしが宇宙まで行けたんだ。敵の遠見とおみがここまでたどり着けてもおかしくはない。どのみち時間の問題だった。山小屋は残念だが、すぐにでも行動しなくては」


 火に耐性のある竜たちは、がれきを押しのけて寝室があった場所をかき分けていく。

 しばらくすると、セレン・セイティが黒い塊を口にくわえて戻ってきた。


〝あったぞ。これだな?〟


「ああ、良かった。ありがとう。すすまみれだけど金属部分は無事みたい。高かっただけのことはあるわ。ベルトはさすがにボロボロね」


 ヴェルナはほっと胸をなで下ろす。

 黒く汚れたフウィートルも戻ってきて、怒りをあらわにした。


〝ゆるせぬのう。我らの想い出の地をこのようにするとは。頑張って作った家具は全滅だが、さいわい誰も怪我けがはしなかった。脅しのつもりじゃろうか〟


 そこでアルールは、幼馴染と再会したケア・ルエル村で目撃した演説を思い出した。


「イルールのやつは、わたしと目が合った際に笑ったのだ。やはりあのときにはすでに気づいていたのだろうか。泳がされていただけなのかもしれない。グリフィズ王と接触しようとしたのが悟られたか……」


 エルスカはすっかり意気消沈してフウィートルの首にすがりつく。出会って間もないセレン・セイティは、かける言葉も見つからないようだ。

 黙りこくる三名の代わりに、ヴェルナが本題を切り出した。


「ねえ、これからどうするの?」


「シン・シオンに行こう。わたしたちに味方してくれるのは彼らしかいない」


「信用できるかな。そうじゃなくても迷惑をかけるかも。グリフィズ王のもとへ行ってみるというのは?」


「いきなり訪問するわけにもいかないよ。ティルトと一緒じゃなきゃ門前払いだ。あの集落の人たちは、困ったことがあればいつでも助けになると言ってくれた。巻き込みたくはないが、今は彼らを頼るしか……」


「カムリ王国にはエルスカのお姉さんがいるじゃない。七姉妹で七人の王子に仕えているんでしょう?」


 問われた竜人の娘は、軽くうなずきながら答える。


「たしかに、首都イニス・タウェスの居城には、わたくしの長姉ちょうしがおります。ですが、グリフィズさまに天下を取らせることしか頭にない方でございます。アルールさまが長居するのをよしとしないでしょう。基本的に、王族の兄弟姉妹は敵と思ってください」


世知辛せちがらいわねぇ。ティルトだけが特別なのね」


 正義の味方を自称して民衆からしたわれる末っ子は、権力を放棄しているからこそ自由が許されていると語っていた。

 それでも彼女をたてまつる動きがあれば、いつ命を狙われてもおかしくはない。


「どのみち、シン・シオンの人たちが無事かどうか確かめなくては。ティルトたちと行き違いになるかもしれないが、ここで待つわけにもいかない」


「そうね。ここが襲われた以上、あそこも狙われた可能性がある。とにかく今は安全な所を見つけて、温かいお風呂に入りたい」


 話がまとまった。

 探知の呪文で周囲を探っても人影は見当たらず、敵は放火しただけで去ったように思われる。

 一行は世話になった山小屋に別れを告げ、人々の無事を祈りつつ湖を目指した。

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