第44話 それぞれの道

 再開した仲間たちと今後について話し合った翌日。

 たっぷりと休息をとったアルールは、連戦で失った英気をだいぶ取り戻した。

 まだ体ができていないので筋肉痛ではあるが、多少は力もついてきたようだ。


 シン・シオンでの一夜は何事もなく過ぎた。しかし敵にどこまで動向をつかまれているか気が気でない。

 こちらがあっさりと敵地に潜入できたように、いつ寝首をかかれてもおかしくはないのだ。


 命を狙ったり脅しで済ませたり、一貫性がないのは気になるところだ。

 ひょっとしたら敵のあいだにも考えの違いがあるのかもしれない。


 なんにせよ、二度目のストラスクライドは前回より緊張感あるものとなるだろう。

 とにかく今は前に進むしかなかった。


 早々に準備を終えて広間で待っていると、仲間たちが揃ってやってくる。

 両手に荷物を持ったカティナは、アルールの顔を見るなりほほ笑んだ。


「覚悟が決まった顔をされていますね」


「……覚悟、か。それがりし日の想い出と決別を意味するならば、大人とは寂しいものだな」


 幾度も子供を繰り返してきた永遠の少年は、遠い目をしながら答える。

 すると幼馴染が、正面にどかりと麻袋を降ろした。


「なにかっこつけてるの。これはあなたの分よ。ちゃんと自分で持ちなさい」


「どうしてそんなに大荷物なんだ? 戦いに行くわけでもないし、少人数でさっと行ってさっと帰ってくるべきだろう」


「はあ、まったく子供なんだから。あのねえ、これは献上品よ。公爵はともかくとして、アタコッティたちに手ぶらで会いに行けるわけないでしょう」


「ふむ。王は考えることが多い。体力に自信のある者が持つべきだと思うのだが」


「ほほう……」


 アルールは荷物を増やされた。

 たとえ冗談でも言うべきではなかった。


 もっとも、本当に現地まで運ぶのは竜たちである。妹に背を押されながら、湖のほとりまで頑張った。


 一行と入れ違いに、ひとりの人物が釣竿を持って逆側から現れる。毎回ここに来ると、珍しい情報を教えてくれるあの男だ。

 今日はどこか疲れた様子で、うつむいてとぼとぼ歩いていた。


「こんにちは。お具合でも悪いんですか?」


「……ん。なんだ、アルールか。大したことじゃない。ちょっとおちこんでたんだ」


「らしくないですよ。どうされたんです」


「はは、やれやれ、顔に出ちまったか。じつはだな、俺は大陸北方にある半島の先っちょ出身なんだが、故郷から便りがあったんだ。親父が腰を強く打って、骨を折っちまったらしい」


「それは心配ですね。お気の毒です」


「仕事場の氷穴ひょうけつで、カチンコチンの氷に足を滑らせたんだとさ。いい歳なんだから無理するなと言っておいたんだが。だもんで、悪いがいつもの面白い話はなしだ。それ目当てで来たんだろうに、すまんな……」


「いえいえ、お気になさらず」


 出自を伏せているので勘違いしているのかもしれない。

 転生者や王子であることを抜きにすれば、ちょっぴり魔法が得意で竜を従えた、どこにでもいるごく普通の少年だ。


 男はどこか懐かしむような目をしながらアルールを見据え、ゆっくりとうなずく。


「なんだかお前さんの顔を見たら元気が出てきたよ。最初はえらい貧相だったってのに、会うたびにたくましくなっていくな。これから戦いに行くって眼差しをしているぜ」


「え?」


「何をしにいくかなんて聞かねえし、止めもしねえよ。でも、絶対に死ぬなよ。必ず生きて帰って来い。いや、勝って行ったきりでもいいけどよ」


「……ありがとうございます」


 見抜かれていたようだ。大人とは、知っていても気づかぬふりをするのである。


「俺もお前さんを見習って、また旅にでも出るとしようかな。昔からやりたいことがあるんだ」


「何ですか? 教えてください」


鎮魂ちんこんの旅だよ。亡き友を訪ねてまわり、墓前に詩を捧げるんだ。今でこそお賃金のために商人なんぞをしているが、本当は詩人になりたかったのさ」


「すてきですね。この世界をいろいろ見てきたあなたなら、きっと素晴らしいものが書けるでしょう」


「ああ、ありがとよ。お互い上向いて歩くとしようぜ。それじゃあ、いつかまた会おう」


「ええ、お元気で」


 男は釣竿を肩に乗せて空っぽのバケツを揺らしながら、ゆったりと集落へ向かっていった。

 かたわらで黙っていたカティナは、その背中を見送りながら意外そうな顔をする。


「あの方が下品なことを言わないなんて、槍でも降るのではないでしょうか。あんな真面目な一面もあったとは、人は見かけによりませんね」


「そうだね、少し誤解していた。明るい人や優しい人ほど、裏では悲しみを背負っているのかもしれない。わたしも頑張らなくては」


 あいにくの曇り空だが、雲が割れて彼の背中に光が差し込む。

 他者の決意を見て、アルールの気持ちも引き締まった。


 元の姿に戻った竜たちの背に荷物を縛っていると、今度はディブラスが見送りにやってきた。

 小さなズタ袋を肩に掛け、出会ったときと同じく身軽な旅姿だ。


「いい潜入日和せんにゅうびよりだね。雲はよこしまたくらみだけでなく、希望も覆い隠してくれる」


「そうですね。この島は曇りが多く、灰色に満ちた世界です。しかしいつかは日のもとに、白黒はっきりと分かたれることでしょう」


「うむ。自らの目で真実を見極め、おのが信念を貫くのだ。さて、私はここでお別れだ。情報屋として君たちにしてやれることは全部した。代金はすでにエルスカからたんまりと貰っている。秘密は絶対だから安心したまえ」


「本当にありがとうございました。お別れは残念ですが、頂いた情報はしっかりと活かしたいと思います。ところであなたは、これからどうされるのですか?」


「そうだな。しばらくはカムリを巡り、君が王となったらストラスクライドに腰を落ち着けるのも悪くない。きっとどこか感じのいい店の片隅で、人間観察をしていることだろう。それがしょうに合っているんだ」


 左右のひじをつかんで少しうつむく。美しい女性ではあるが、日陰で目立たずにいるのを好むのだ。


「なんだか姿が想像つきます。でも我々と関わったことで、あなたも狙われる可能性があります。充分にお気をつけくださいね」


「なあに、心配ご無用。私は石ころだよ。身を潜めるのは得意なのさ。陰ながら諸君らの活躍を見守っているよ。それではさらばだ」


 そう言ってフードを目深にかぶり、小さく片手を上げる。背を向けるやすぐに森の中へと消えていく。

 竜人の情報屋はこちらの出発を見届けずに、ひと足早く旅立っていった。


 乳母の行方にはじまり、宇宙に住まう魔竜アタリア、味方となってくれる人物の紹介まで、どれも入手困難なものばかり。

 彼女がいなければとっくに行き詰まっていたに違いない。頼りになる存在を失うのは痛いが、またすぐに会えるような気がした。


「さてと、こちらもそろそろ出るとしようか。アタコッティの本拠地へ行ってから、ラクラン公爵のもとへ行く順番だったな」


 準備を整えたアルールが尋ねると、エルスカはうなずいて答えた。


「ええ、そうです。わたくしもお会いするのは初めてで緊張いたします。現在のアタコッティは人間と混じり合っているものの、やはり魔界の血を引く者たち。妖精とはまた異なる価値観を有しています。くれぐれも粗相そそうのないようにいたしましょう」


「タルイス・テーグのときはひどい目に遭った。今回も一筋縄ではいかないのだろうな……」


 金髪の子供を好む妖精たちから受けた熱烈な歓迎は、軽いトラウマとなって記憶に刻まれていた。

 そんな彼らからも恐れられる魔族の末裔まつえいとは、いったい如何いかなる者たちなのだろう。


 他者から悪魔とさげすまれる存在など、大抵は悪意あるレッテルを貼られているに過ぎない。

 これまでの経験から、同じ目線で話し合えばきっとわかり合えるはずだ。

 前向きにとらえようと軽くうなずいてくらに手を掛けた瞬間、エルスカがぼそりとつぶやいた。


「なにしろ食人鬼しょくじんきとされる者たちですから」


「……え?」


 背筋がぞっと凍りつく。

 聞き直そうとして振り向くも、彼女はすでに保護者たる白竜のもとへ移動していた。


 親しくなった者たちが明るい未来へと歩んでいったのに対し、己はどこか間違った方向へと向かっていやしないだろうか。

 何度も逡巡しゅんじゅんしてようやく進み始めた道から、早くも危険な気配が漂ってきた。

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