第40話 昇降の双竜
アタリアが課した試練は、彼女の魂から切り離された原初の
アナビバゾンとカタビバゾンの二匹は、首を落としても心臓を突いても再生し、まるで不死身のようである。
倒すには、外周に浮かぶ黄道十二宮の記号がカギとなるのは明らかだが、なかなか解にたどり着けない。
防戦一方のアルールは、じわじわと魔力を削られていた。
〝ここまで来れた君ならば、やってやれないことはないはずだ。転生先で何を学んできた? すべてを出し尽くせ。わが
「そんなことを言われても、どうすればいいってんだ……」
魔獣が呼ばれれば倒せばいいので単純明快だが、最初の
仮に〝乙女〟が選ばれたらどうなってしまうのだろうか。
なんだか怪物よりも
(そういえば、まだ見ぬ双子がいるんだったな。いったいどんな子なんだろう。性格はともかくとして、強いことは間違いない……)
カタビバゾンの猛攻をぎりぎりでしのぎながら想いをめぐらせていると、また黄金の竜が動いた。
と同時に、青き蛇竜から強力な気配が失われ、元の状態に戻った。どうやら効果時間は有限のようだ。
アタリアは二度目の天秤に止まった。
魔獣でなくてホッとするも、これが一番の謎である。
(天秤……重さを測る道具。だから何だというんだ)
強化されて極太になっていた水流は元に戻り、
左右の
少なくともこの二匹の場合、炎と水で対になっているらしい。
「そうか、答えは『釣り合う』だ!」
〝ほう。それではどうする?〟
「一体ずつでは再生するなら、同時に倒してしまえばいい」
〝さて、どうだろうな。やれるものならやってみるがいい。ククク……〟
敵の攻撃が
アタリアの口ぶりも怪しかったように思える。そうとわかれば反撃に転じる時だ。
二体の耐性はバラけていて、均等に削るには属性が絞られる。
広範囲攻撃はそのぶん威力が落ちるし、魔力効率も悪い。
最も確実なのは、やはり首を一撃で
アタリアの言うように、それをひとりで行うのは無理がある。
だが、ふたりならば――。
「仕方ない、ヤツを呼ぶか。あまり頼りたくはなかったが……」
ここへ来るために用いたタルパマンシーは、魂をさまざまに変質させる
師によれば、学術的な魔道が発展した地域から遠く離れた山岳を起源とし、その独自性の高さから輸入された経緯をもつという。
幽体離脱はその一分野に過ぎず、最も人を
アルールがこの魔術を習ったのは、十三番目の転生、つまりは、ついひとつ前の世界である。
修行でタルパを作製するにあたり、過去に想像をめぐらせた空想の友人を元にした。
ひとたびそれが誕生すると、作り手の意思に反して動き始める。
己に無いものを求めた結果、慎重な自身よりも大胆で、時に攻撃的な言動をいとわない。
実態のない存在とやりとりする日々は、周囲から気味悪がられた。
やがて自分でも恐ろしくなるも、すでに自我を得た彼女を消すのはかなわなかった。
転生で消滅したのをよいことに、以後は封印すると決めていた。
幽閉中、ときおり燭台に話しかけてはいたものの、空想と魔術のあいだには大きな
呼び出せば手に負えなくなるのは目に見えている。
それでもあくまで魔術のひとつ。もてる能力をすべて駆使しなければ、アタリアの試練を超えるのは不可能だ。
いくつもの戦いを経て成長した今なら制御できるかもしれない。
悩むあいだも魔力はじりじりと削られている。
覚悟を決めたアルールは、蛇竜たちの影を縛って瞬間移動で大きく距離をとり、呪文を唱えた。
「内に眠りしわがタルパ、もうひとりの自分よ! 目覚めよ
直後、己の体が引き裂かれるような激しい痛みに襲われた。
魂を切り分けて新たなる命を生み出す行為は、アストラル界において血肉を捧げるも同じ。
異空間に響く絶叫。想像を絶する苦痛だ。
しかしこの世界で意識が飛んでしまえば、位置情報を失って生身の体へと戻れなくなる。
全身から
ほとんど自身と同等の大きさにまで膨れ上がると、徐々に人型を成していった。
アルールは歯を食いしばって耐えていたが、やがてガクリとひざをつく。
息も絶え絶えに見上げた先に、その人物はいた。
銀色のショートヘアで冷めた表情をした少女だ。
隙のないゴシックドレスに身を包み、どこかミステリアスな人形を思わせる。
遠い昔に異国を思いえがいて創造し、現世の肉体とはちょうど対になったかのようだ。
彼女は現れるなり腕を組み、
「久しぶりだね、アルール。ぼくを呼び出すとは、相当に追い詰められていると見える。ずっと一緒にいたから、事情は把握しているけどね」
「エイン……」
〝
ずっと自分の内にいて、あらゆることを知っている唯一の相手。
頭上から様子をうかがっていたアタリアは、少女の姿を認めるなり感心するように言った。
〝ほほう、イマジナリー・フレンドを呼んだか。残された魔力の半分も分け与えるとは、主従の関係ではないのだな〟
「話はあとだ……。今すぐあいつらをやっつけるぞ。頼む、手を貸してくれ……!」
「いいよ。ぼくらは一心同体。君が死ねばこちらも消える。やっと再誕できたのにくたばりたくはないからね」
「理解が早くて助かる。即決即断が良いところだ」
しかしエインは、アルールを立ち上がらせると急に表情を変えて、首元につかみかかってきた。
「とでもいうと思ったか! 今の今まで放置しやがって。ぼくから逃げられると思うなよ!」
「ぐえ! 敵きてる、敵きてるからー!」
「チッ、お仕置きはあとだ。作戦はわかっているな? 遅れをとるなよ」
「それはこっちのセリフだ!」
一人芝居のようでそうではない。
長く孤独な転生の旅において、身近な人形に語りかける行為は心に平穏をもたらしてくれた。
完全に魂から切り離された今、意思疎通に会話は必要だが、互いのことは知り尽くしている。
認めたくないだけで自分の欠点を把握しているように、心のどこかとして誰にでもそなわっている機能の具現化に過ぎない。
ふたりは
アルールは青きカタビバゾンに向き合い、エインは赤きアナビバゾンを見据える。
少年は右手を少女は左手を突き出し、声を重ねた。
『【
身動きをとれなくして速攻でたたみかける作戦だ。
しかし二匹はほんの一瞬だけ動きを止めたものの、影を消すまでもなく即座に動き始めてしまう。
突っ込んできた敵を散開してかわすと、エインはあきれるように言った。
「同じ術を使い過ぎだぞ。耐性がついてるじゃないか」
「仕方ない、別の手でいこう」
強敵のなかには、戦いの最中に成長をしたり抗体を作ってしまうものもいる。
アストラル体である蛇竜たちは、
元よりアタリアが生み出した人工生物。試練のために都合のいい改変が成された特殊なウィルムである。
いうなればタルパと同様の存在であるが、人が作ったものとは比べ物にならない出来栄えだ。
「こいつら魔力吸収も効かないぞ。いよいよ余裕がなくなってきたな、アルール。いったいどうするつもりだ?」
「
「了解!」
状態に異常をもたらす呪文は攻撃魔法より消費は少ないが、必ずしも効くとは限らない。
分担をして、とにかく有効打を探し出す。分身とは異なり自由意志で動くタルパだからこそできる芸当だ。
肉体をもたないウィルムはそれらをことごとくはね返す。精神は召喚主に支配され、つけ入る隙がまるでない。
魔力が底をつくのも時間の問題と思われた矢先、ダメ元で放った氷が敵の下腹部を床に貼り付けた。
「効いたぞ。撃て撃て!」
「【
火を支配するアナビバゾンはすぐさま溶かそうと試みるが、ふたりがかりで氷を浴びせ続ける。
やがて丸ごととはいかないが、二匹の動きを封じることに成功した。
『今だ、【
アルールとエインは
『これで終わりだ!! 【
青白い刃で二匹の核を同時にたたき切る。
首と胴体は真っ二つに分かれ、巨大な頭が床にごとりと音を立てて転がった。
断面から猛烈にあふれ出る、火と水の霊気。
分断された首と胴が互いを求めて糸を伸ばすが、結ばれることなく下に垂れ下がる。
恐ろしいほどの生命力をほこったウィルムだが、加護を打ち破られては再生することもかなわない。
火は天に水は地に、四つの
地球から見た太陽が通りし
ふたつの交点から生まれた蛇竜アナビバゾンとカタビバゾンは、
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