第38話 魔竜アタリア

 錯綜さくそうする神々しい輝き。

 まぶたと手のひらをすり抜け、けるような熱を感じる。


 死を超えた先に待っていたのは、天界でも冥界でもなかった。

 魂が消えるとは、こういうことなのか……。


 ふっと身が軽くなる。まだ生きている。

 まばゆい光が消えた時、それは現れた。


 星座盤の中心に立つのは、輝かしい金髪を長く伸ばす大人の女性。

 二本の角と尾が生えていて、柔らかな薄衣うすぎぬ金色こんじきのオーラにゆらめく。


「おめでとう! よくぞわが試練を乗り越えた。たどり着くだけでなく達成するとは、君はたいへん素晴らしい!」


 彼女は満面の笑みをたたえて拍手する。

 アルールは口をあんぐりと開けて、しばし呆然ぼうぜんとした。

 そしてかろうじて、たどたどしい言葉を返した。


「ええと、これはいったい? 何が何だかさっぱり……」


「この仕掛けに施された問いは、十二芒星の完全グラフを書けというものだった。君は法則を見つけることはできなかったが、すべての解を試すという力技で答えを導き出した」


「完全グラフ? はは……。間違っても大丈夫そうなので、ひたすら歩いてみました」


「当たればいいのだよ、当たれば。それよりも、各記号を反応させるには該当地域を訪れている必要がある。まさかそれを成し遂げたうえで、ここまでやって来る者がいるとは思わなんだ。アルールといったな。君はじつにすばらしいぞ!」


 そう言って掲げた両腕をいっぱいに広げると、翼のような飾りが垂れ下がった。

 彼女が何者かは察せられたが、念のため確認をしてみる。


「あなたは誰ですか?」


「君がアタリアと呼んでいた存在さ」


「女性だったんですね。最初に見た大きな竜からは想像もつきませんでした」


「いや、君の望みに合わせて変えているだけだよ。私は肉体をもたないゆえ、いかようにも姿を変えることができる」


「ええ? それではわたしが女ったらしみたいじゃないですか」


「違うのかい? なんならしょぼくれた老人や、ひげを生やしたいかつい男の姿になってもいいが」


「いえ、きれいなお姉さんのままがいいです」


「だろう? 正直で結構。ハハハハハッ!」


 伝説の魔竜は意外と気さくな性格をしているようだ。

 もしくはそれすらも、こちらの意識をくみとっているのだろうか。


「あなたはここで何をしていらっしゃるのですか?」


「なにも。ただ待っていたんだ。『メガストロマンサー』の出現をね」


「メガストロ……それはどういう意味ですか? 初めて聞く占い師です」


占星術師アストロマンサー超えメガし者、という造語さ。ここまでたどり着けたということは、君はなかなかの手練てだれらしい。私が与えた試練は、言うなれば星間スタンプラリーのようなもの。長き転生を経て魔術を極めた者にしかたどり着くことはできない。いやあ長かった。とても待たされたよ」


 腕を組み、感慨深げに大きくうなずく。

 おそらくは古代竜であるフウィートルよりもはるかに長い時を生きているのだろう。

 女性の姿なので、さすがに年齢を尋ねたりはできないが。


「いったい何が目的で、そんなことをされていたんです?」


「単純なことだよ。太陽が終わりを迎えし時、生きとし生けるものはみな死滅する。表世界の科学とは別に、魔術でそれを乗り越えるための同志を集めたいのさ」


「ええ……? 話のスケールが大きすぎます。いったいどれだけ先の未来なのですか……」


「ところがどっこい! 太陽はすでに寿命の半分を終えた。もう悠長なことなどしていられないというのに、地上の生き物ときたら争ってばかり。だから私は、この果てしない輪廻転生りんねてんしょうを解析・介入し、惑星間巡航システム――『ゾディアック・サイクル』を創り上げた。あらゆる命が生き永らえるために!」


「何だって!? 星々を巡る転生の仕組みをあなたが創っただと……?」


「フハハハハ! どうだ、すごいだろう!」


 腕組みをしてふんぞり返るアタリアに、アルールはすかさずツッコミを入れる。


「そんなんできるなら、地球の生き物を安全な惑星に連れてってくださいよ」


「どっせーい!!」


「うわああ!?」


 黄金色の覇気に吹き飛ばされ、アルールの体が軽々と宙を舞う。

 円の外周沿いに張りめぐらされた透明な壁に激突し、床に落下して全身をしたたかに打ち付けた。


「ぐはっ……」


「たわけ! 君は何もわかっちゃいない! 我々に与えられた時間は残り少ないんだ。終末の時は刻一刻と迫っている。何事も邪魔はつきもの。今すぐにでも行動しなければ間に合わなくなってしまうぞ!」


「い、いや、あなたのほうこそ何もわかっていません。そんな遠い未来のことまで心配する高尚こうしょうなお方なんて、そうはいませんよ……」


「しかし現に君はここまでたどり着いたではないか! あの輪廻かられることなく転生を積み重ねるとは、なんとたっとき魂なのだ。君こそ私が長年求めてきた逸材に違いない。さあ、共にすべての命を破滅から救おうぞ!」


 そう言って高々と握りこぶしを掲げ、恍惚こうこつと天を見つめる。まるでこちらにも手を重ねろと言わんばかりだ。

 アルールはやっとこさ立ち上がると、かぶりを振りながら答えた。


「買いかぶり過ぎですよ、わたしはそんな立派な人間ではありません。自分のせいで死なせてしまった少女たちへの懺悔ざんげの気持ちで、長らく転生を続けてきました。そうしたら今世こんせでは生まれてすぐに幽閉され、救い出されたと思ったら王になれだの無茶ぶりをされて、なんとか歯を食いしばってやってきたのです」


「楽しそうな人生じゃないか。波瀾万丈はらんばんじょう、すばらしい集大成だな。もう満足しただろう。これからは私と共に行こう!」


「いいえ、ここへ来たのはほかでもない。最強の魔竜アタリアから加護を授かるためです。わたしにはまだ現世で課せられた使命がある。そのためにあなたのお力を貸していただきたいのです」


「加護? いったい何のことだ?」


「じつは、かくかくしかじかで」


「な、何だってー!?」


「まだ言ってない、言ってない」


 アルールはかいつまんで事の経緯を説明した。

 自分には宿敵がいること、その者を倒すには力不足であること、王子たちは竜の加護に守られていることなどを。


「……なるほど。君はこの私に対価を求めるというのだな、俗物ぞくぶつめが。崇高なわが理念に共感してくれたとばかり思っていたが、とんだ見込み違いだったようだ。協力しないなら帰ってくれ。私は忙しいんだ」


 アタリアは苛立ちをあらわにし、腕を組んでそっぽを向いてしまう。

 しかしアルールもここで引く下がるわけにはいかなかった。


「そうは言っていませんよ。あなたはここでずっとひとり孤独に待っていたんでしょう? ならば、わたしが残りの人生をやり遂げるまで待つぐらい、わけもないはずだ。それからでよければ、いくらでも協力いたしますよ」


「いったい何時いつになるというのだね。そう言ってまた転生を繰り返すつもりなのだろう。あるいは罪を重ねて虫けらにでも落ちぶれてしまうのだ。人間なんて所詮しょせんはそんなもの。私はいつも裏切られてきた。信じられるか、そんなうわべだけの言葉」


 すべての輪廻を断ち切る太陽の滅びに対し、魂の一部を宇宙に持ち出して乗り越えようとするアタリア。

 そんな規格外の考えに付いていくには、ひとつの信念を貫いて転生し続けなければならない。


 恋人への想いと度重なる不幸の末にたどり着いてしまったアルールは、図らずも彼女を助けられる唯一無二の存在になっていたようだ。

 理念はともかくとして、情が湧いてしまうのも致し方なかった。


「月を喰らう魔竜と聞いて半信半疑で来てみれば、恐ろしい怪物どころか、転生、いや、命の循環を止めまいと孤独に戦う存在だったとは。……わかりました。わたしもいい加減、想い人を追うのには疲れていたんです。現世でダメならすっぱり諦めるとしましょう」


 寂しそうに外の宇宙を眺めていたアタリアはちらと振り返り、背中越しに尋ねる。


「……本当? うそじゃない?」


「ええ。でもこの人生を全うしてからですよ。こっちだってそのために転生で魔術を磨いてきたんだから、中途半端で終わりたくはありません」


「ふむ、そこは譲れんか。だから精神は肉体から解放されなければならぬのだ……」


 彼女はしばらく考え込んでいたが、急にパッと向き直り、力強く言った。


「よかろう、交渉成立だ。私は君に加護を授けよう」


「本当ですか!?」


「ただし条件がある。君が先ほどクリアしたのは、いわば筆記試験に過ぎない。私の知る限り、竜の加護とやらは戦って勝ち得るものだ。つまり、わかるな? 次は実技試験だ。君のその実力、本物かどうか確かめさせてもらおう!」


 アタリアは金色の瞳を輝かせ、大仰おおぎょうに両手を広げて言った。

 宇宙に住まうといえど、やはり竜に連なるもの。戦わずして得られるものなど何もないのだ。


 最強の魔術師を守護するのは最強の魔竜がふさわしい。

 一国の王を懸ける前座には過ぎたる戦いが、今、始まろうとしていた。

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