第31話 魔竜の伝説

 敵に立ち向かうには守護竜が不可欠だが、すでにほかの王子が契約を交わし、すえの自分には残されていなかった。

 しかし情報屋ディブラスには思い当たる節があるらしい。

 落胆していたアルールは、思わず身を乗り出して尋ねた。


「何です、教えてください!」


「まあまあ、慌てる必要はない。その存在はこの星ではなく、空のはるか彼方かなたにいるのだから」


「まさか、宇宙空間ということですか?」


「そうなるな。そんな場所では誰も手が出せまい。それこそ、転生を重ねて魔術を極めた者でもなければね」


 随分ともったいぶる。らされたアルールは早く早くと目で訴えた。

 ディブラスはゆっくりと一呼吸おいて、静かに告げる。


「私が知りうる最強の竜、その名はアタリア。この星において文化の交差点ともいえる地域に伝わる、とても古い魔竜だよ」


 なんらかの感情をいだく前に、エルスカが突然、目を見開いて勢いよく立ち上がった。


「そうか、その手が! ということはつまり……ああ、なんてこと。どうして気がつかなかったの。きっと予言はこの時を待っていたんだわ。こうしてはいられません、アルールさま。今すぐに旅立たなくては!」


「待て待て待て、落ち着くんだ。何を言っているかさっぱりわからん!」


 エルスカはいつも控えめで物静かな反面、内に込めた思いが一度にあふれてしまうことがあるようだ。

 向けられた視線に気づくとほおを赤らめてそっと腰を下ろし、ゆっくりと語り始める。


「アタリアとは、ブロード大陸の中央砂漠地帯に伝わる、いにしえの魔竜にございます。この地はかつてアルビオン島と同様に、魔皇帝から支配されていた歴史があるため、少ないながらも情報が入ってくるのです。それによればアタリアは、太陽や月のしょくをもたらす巨大な竜とされています」


「なんだそれは。スケールが桁違いではないか。我々はこの島のごく一部の土地をめぐって争っているだけのはずだが……」


「だからこそ、アタリアの加護を受けようなどと思う者は、いまだかつて存在しないのです」


「しかし、おそらくその竜に出会うのは相当に難しいのではないか? 蝕なんて滅多に起きない特別な出来事だろう」


「それがなんと、明日の夜に月蝕が訪れるのです!」


「まさか、そんな都合のいい話が――」


「あるんです! いえ、そうではありません。決してただの偶然ではなく、むしろこの時を狙ってあなたは逃がされた。それだけでなく、幽閉すらもおそらくはあなたを生かすため。すべては計画どおりだったのです」


「な、なんだって……!?」


 ――相変わらずこの小娘は、いったい何を言っているのだ? まったくもって意味がわからん! アルールは情報のうずにのまれて混乱した。


 その気持ちを代弁すべく、かたわらのヴェルナがあきれたようにたずねる。


「もうちょっと順を追って説明してちょうだい。話についていけないわ」


「……はい、いささか興奮しすぎました、申し訳ございません。わたくしは一族の占い師から予言を受け、やがて生まれ落ちるアルールさまにお仕えすると決まっておりました。ですが生後間もなくさらわれてしまい、すぐに助け出そうと進言しました。しかし今はまだその時ではないと、止められてしまったのです」


「うーん。それってもしや、アルールの幽閉は竜人たちの思惑どおりだったってこと? 十四歳で死んでしまう運命を回避すべく、メルラッキの奸計かんけいを見逃し、蝕が訪れる今になって、エルスカに救出するよう仕向けたと」


「ええ、おそらくは。なぜならわたくしたちマドライグは、種族としてとても脆弱ぜいじゃくな存在。領土を追われ、各地を放浪してきました。その代わり、未来を見通す占術に長けているのです」


「なるほど。でもどうしてあなたは知らされていなかったの?」


「それはわかりません。まだ一人前として認められていなかったからだと思います」


 アルールのなかで、竜人に対する疑惑がよりいっそう深まった。

 エルスカは信用できると思いたいが、グリシアル王をはじめ背後の者たちには、伏せておきたい何らかの思惑があるらしい。


 これまで逃れられなかった死の定めを見抜いたとすれば、とても優れた能力だ。

 しかし結局はメルラッキに敗れたのだから、敵はその上をいくのだろうか。


「敷かれた運命とやらに沿って生きるつもりはない。それでもわたしは、アタリアに会いに行かねばならぬのだろうな。ほかに残された手はないのだから。だが、いったいどうすればいいんだ? さすがにわたしとて、生身で宇宙に行くなど……」


 首をひねるアルールに対し、ヴェルナが尋ねる。


「幽体になるというのは? 習ったってさっき言ってたじゃない」


「気安く言ってくれるな。短距離ならともかく、魂が肉体に戻れなくなる可能性がある危険な魔術だ。実際、伝授してくれた夫婦は、もはや元の星には戻れないと言っていた」


 加護を得るために命を失っては本末転倒だ。

 言い出したディブラスに視線を送って答えを求めると、彼女は考えるようにあごをさすった。


「そうだな……。山のてっぺんから交信するというのはどうだろう? じつは私もどうしたら会えるかなんて知らないんだ。アタリアなんて占星術の古文書でしかその名を見ない竜だからね。少しでも空に近い場所から試みるしか、方法はないんじゃなかろうか」


 なんとも投げやりな返事である。

 恐ろしく巨大な竜というのはわかるが、あまりにも突飛とっぴな存在でいかんともしがたい。

 お手上げのアルールが肩をすくめると、悩んでいた様子のエルスカが口を開いた。


「カムリの地で東方の竜など考えたこともありませんでした。しかし空の彼方かなたにいるというならば、逆にどこからでも交霊は可能なのではないでしょうか。このエラリ地方には、カダイル・イドリスという山がございます。巨人の哲学者が天体観測をするための椅子いすにしたと伝わる霊峰れいほうです」


「山が巨人の椅子だって? そりゃまたすごいスケールだな」


「はい。そこからならばひょっとして、アタリアに呼びかけることが可能かもしれません」


「なんともまあ、途方のない話だ。そもそも存在するかも怪しいのに……」


 幽閉状態から王となる使命がかわいく思えるほどだ。此度こたびの人生はあまりにも険しい。

 とうとう頭をかかえた転生者に、ディブラスは他人事かのように笑う。


「ふふふ、これも巡り合わせだね。さいわいまだ時間はある。今晩はゆっくりと休み、明日に備えようじゃないか」


「そうですね、そうしましょう。まったく、本当に次から次へと慌ただしい旅になるな」


 今日も日の光を浴びてだいぶ疲れている。とりあえず悩むのは後回しにして、今は眠るべきだろう。

 話を切り上げようとしたその時、隣部屋から小柄な少女が顔を出した。


「――兄さま、旅ってどういうこと?」


「ティルト! 起こしてしまったか、すまない。じつはだな……」


 かいつまんで経緯を説明する。

 寝起きの妹はぼんやりと聞いていたが、やがて理解したのかしっかりとうなずいた。


「そっか、守護竜か。そのアタリアが実在するかはともかく、たしかにアルール兄さまには、もうそれしか道は残されていないかも。グリフィズ兄さまには私から伝えておくから、安心して行ってきて」


「すまない、せっかく面会の機会をつくってもらったのに」


「王宮占い師が蝕について口にしていたの。何のことかわからなかったけど、そんな言い伝えがあったのね。もしアタリアから加護を受けることができれば、『七番目の息子の七番目の息子』としてこれ以上ない証明になる。ほかの兄さまたちも認めざるを得ないはず」


 おてんば姫の大人びた言葉に、アルールは目を丸くした。自分よりもよっぽど王家としての覚悟ができている。

 渦巻く不安や疑念を振り払い、必ずや認められてくると約束すると、あらためて寝るように促した。


 話が一段落いちだんらくしてアルールたちにも眠気が出てくる。

 客であるディブラスがベッドを使うことになったので、代わりにヴェルナが居間に残り、場はお開きとなった。


 幼馴染は寝床を整えるや、ひとこと「おやすみ」と言って、さっさと毛布にくるまった。

 アルールはその背を眺めて言葉を返すと、自分も逆を向いて横になった。


 最初の人生において、同じ空間で眠る機会はしばしばあったが、意識しないというのも無理がある。

 アルールは疲労で眠気がひどかったが、なかなか寝入ることはできなかった。


 しばらくして、暗闇の中で深く息を吐く。このまま過ごすぐらいなら星でも見てこようかと考えた矢先、不意に声がかけられた。


「ねえ、起きてる?」


「……起きてるよ」


「この世界は本当にいろいろな事が起きるわね。たぶんアタリアも実在すると思う」


「だといいんだけどな」


「つかぬ疑問なんだけどさ。あなた、あの子が見つからなかったらどうするつもりなの?」


「どうするって、何が?」


「このまま王を目指して、その、誰かと結ばれて、幸せな道を歩むの?」


「なんだよ、やぶから棒に。とてもそんな先を考える余裕なんてないよ」


 馬鹿にするようなため息が聞こえてきた。


「相変わらず子供ね。もうちょっと計画を立てなさいよ。魔術を極めたくせに、未来を占ったりはしないの?」


「悪かったな。結局、トリックスターのように見通せないやからの邪魔が入り、占ったところで無駄に終わるんだ。どんな将来を想いえがいても、いつも十四歳で死んでいた。精神的に成長してない自覚はあるさ」


「言い方が悪かったわね。あの子を見つけて、その先はどうしたいの?」


「そりゃ……。謝ってゆるしてもらいたいね。もちろん君にもだ。自分のせいでみんな死んでしまったのだから」


「……そう」


 それっきりヴェルナは静かになった。

 いったい何を聞きたかったのかと考えているうちに、アルールはいつの間にか眠りに落ちていった。

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