第四章 魔竜の加護
第29話 魂の邂逅
黒竜セレン・セイティを仲間に加えた翌日、アルールはシン・シオンの集落まで
前に来た際、アヴァンクの柔軟かつ丈夫な革で最高級の竜具を作る約束を交わしていたからだ。
現在は、例によってあの男と雑談をしている最中である。
「――おいおい、あれだけ言ったのに裸竜に乗ったのか? それでズボンの尻を破くなんて、なんてマヌケなやつなんだ」
「だってうれしかったんですよ。わざわざタルイス・テーグの隠れ里に寄ったり、ケフィル・ドゥールと戦ったり、いろいろありましたからね。
周囲に少女たちの姿はない。それぞれやるべきことがあり、ここへは竜とふたりだけで訪れた。
すでに三度目であり、そろそろひとりで移動できるかどうかをエルスカに試されたのだ。
彼女は何度言っても子供扱いをやめず、大人の経験がない転生者は試練をたびたび課せられる。
今日は用事のついでに買い物も任されていた。王に至る道のりはまだまだ長い。
「にしてもお前さん、また女の子を仲間にするとはなかなかやりおる。これで一対七だな」
「そうなんです、竜まで数に入れるとね。こうなると男がくつろげる余裕なんてありません。体力づくりの名目で、雑用ばかりやらされていますよ」
「ははは、夜の営みのためってわけだ。お盛んで結構」
「やめてください、そんな直球で下品なこと……」
立場を伏せているので、彼はこちらの目的を知らない。
実力と出で立ちを見て
「で、そろそろ本題に入るとするか。この世界に伝わる神々の話が聞きたいんだったな。あるぜ、連中には面白い話が腐るほどある」
男はニヤリと笑って親指をつき立てる。
妙に親しくなってしまったが、今日こそはまともな話題にしようとあらかじめ伝えていた。
だがその目論見は、最低の結末をもたらす羽目となる。
「男性の神像ってのは古くからあそこをおっ立てているものばかりだろう。信仰は数が命だからな。熱心な宗派ほど産めや育てやで、あっという間に勢力を拡大していく。だから精力は神の強さに直結しているのさ」
ここに少女たちがいなくてよかった。
少し離れた場所では、集落の人々が竜を囲って道具作りに精を出している。さすがに聞こえはしないだろう。
「神々はみなお隠れになったとされているが、影響は今も変わらず及んでいる。俺らが住まうこの領域を支配するのは、妖精王グウィン・アプ・ニーズだ。冥界の神でもあり、いたって真面目で恐ろしい性格をしている。ときおり人間界にまで出没し、命を間引くワイルドハントを行なっているらしい」
「ワイルドハント? 何ですか、それは」
「
「ほう。わたしの目的とは関わりがなさそうですが、頭の片隅にでも入れておきます」
これ以上、面倒事を増やされても困る。適当に
「で、このグウィンに対し、この地に侵略してきた妖精族――エルフたちの王がフレイだ。あちらの神々は明確に滅んだとされているが、配下たちが復活を画策している。ワイルドハントもそれが目的かもしれんな」
「王が死んだのに、エルフは勢力を拡大しているんですか?」
「それだよ。フレイは多産を
結局その手の話に戻るのか。アルールは軽くかぶりを振った。
男はこちらの肩をポンポンとたたき、耳元で「頑張れよ」とささやいてくる。
タルイス・テーグのためにも金髪のカティナがおすすめであると言い残し、仕事に戻っていった。
「やれやれ、こんな話をしにきたわけじゃないんだが。ほんとああいう人はどこにでもいるな」
想い人を追い続け、永遠の十四歳であった少年には、やや苦手な分野だ。
物思いに
またがってみれば乗り心地は抜群で、長時間の騎乗にも耐えられる会心の出来栄えだ。
アルールは職人たちにあらためて感謝し、肉を買って帰途についた。
「おとなしくしてくれて助かったよ、セレン・セイティ。予定よりも早く終わったそうだ」
〝ふん、私は子供ではない。人間に囲まれるのは不快だから、とっとと済ませたのだ〟
「相棒となる飛竜を探していたが、知恵ある者にまたがるのは申し訳ないと思っている。こんな道具を付けられて、さぞわずらわしいだろう」
〝変な物を
「そうか、ならよかった」
ワイヴァーンが騎乗生物として優秀なのは、馬と同じく
しかし竜にその必要はなく、ブレスを用いる際の邪魔にもなる。差し支えないと聞いて、アルールはひとまず
それにしてもこのセレン・セイティ、まず否定から入って、そのじつ肯定的なところがある。
おそらく生まれもった気質なのだろう。やや矛盾した点に自分と似た何かを感じ、うまくやっていけそうな気がした。
〝何を楽しそうにしている。見なくても笑っているのがわかるぞ。どれ、振り落とされないか試してやろう〟
「うわー!」
セレン・セイティは唐突に宙返りした。
アルールは危うく舌を噛みそうになりながら、必死にしがみつく。
自らの意思で自由気ままに飛びまわる竜に手を焼きながら、遠い昔に似たような経験をした既視感をいだいた。
「まったくもう、いきなり始めるんじゃない。なんだか君とは初めて会った気がしないよ」
〝奇遇だな。人間は嫌いだが、お前だけはどこか心を許せる気がする〟
「ひょっとしたら、どこかで魂がすれ違っているのかもね」
〝こら、なでるんじゃない! ……やるならおでこのあたりにしろ〟
「今は届かないから、帰ってからしてあげよう」
〝みんながいる場所ではするな〟
なかなかどうして気難しい。
いまさら精神支配の道具を使う気にはなれないので、波長を合わせていく必要がある。
それからアルールとセレン・セイティは、誰もいない空で思う存分に暴れまわった。
飛翔と攻撃魔法を同時に使う
だいぶ遠回りをしたものの、これなら敵の竜騎士とやり合うのもわけはない。
ふたりは旧友のように笑い合いながら、夕暮れになるまで絆を深めた。
その日の夜は、ティルトが手に入れたあるゲームに興ずることになった。
彼女は、カムリの王にしてグリンドゥールの第一王子グリフィズに、現状を報告しに出向いた。
その
「これは『グウィズブイル』っていうゲームなの。神や王族がたしなむものとされ、親睦を深めるきっかけになるのよ。グリフィズ兄さまは私の話を信じてくれて、アルール兄さまにぜひ会ってみたいと言ってくれたわ」
「そんな重大な用事をこなしていたのか。たしかにわたしたちだけで王位を取り戻すのは不可能だ。たとえイルールを倒したとしても、それで国を奪い返せるわけではない」
「ストラスクライドと直接やり合うわけにはいかないけれど、場合によっては手を貸してくれるって。なんたって上王『
「ありがたいことだ。そしてその条件が目の前のこれ、というわけだな」
「そのとおり。直接会ってグウィズブイルをしながら、兄さまが本物のイェイアン王子かどうか確かめたいんだって」
「勝たなくてもいいんだな? とにかくまずはルールを覚えなくては。正直いってこの手のゲームには自信がないんだ。物語性がないとどうもね……」
マスで区切られた盤上には、白銀製の
妹はペロリと舌を出すと、気恥ずかしそうに申しでた。
「てへへ。じつは私、このゲームよくわかってないの。ここからはカティナに交代するね」
そう言って席を立った第七王女の代わりに、その
教育係はややあきれながら口を開いた。
「ティルトは負けそうになると盤上をめちゃめちゃにするので、兄たちから嫌われているのです。それでは、
それからアルールは熱心に講義を受けた。
物覚えは良いほうだし、知謀がないわけではない。
しかし突き抜けた勝負感は持ちあわせておらず、ひとつ上の少女に手も足も出なかった。
それでも生来の負けず嫌いによって、少しずつ進歩していく。
やがて横で静かに見守っていたエルスカは家事を再開し、ヴェルナは武器の手入れに戻った。
竜たちは外であり、静かな部屋に駒を動かす音が響く。
横から口を出して
「だいぶ成長しましたね。グリフィズ殿下は第六王子ほど入れ込んではいませんから、これならそれなりの勝負にはなるでしょう」
「うーん、難しい。
「なにしろ神々の遊戯ですから、一筋縄にはいかないでしょう。これは模造品なので手で動かしますが、本物は念じるだけで動くようですよ。この島には『十三の秘宝』が存在するといわれ、そのひとつに数えられているほどです」
「ほほう、秘宝とな。この世界には魅力的な脇道がたくさんあるものだ。本音をいえば、王だの復讐だの
「ふふふ。むしろ王でなければ集めるのは不可能だと思いますよ。そのためにも、さあ、最後の一戦を始めましょう」
「やれやれ、教育係は厳しいなぁ……」
アルールは黒竜のときと同様に、またも妙な既視感をいだいた。
転生したヴェルナと再会した奇跡があるならば、それと似たようなものは無数に散らばっていてもおかしくはない。
ふと、自身のひざに頭を乗せて寝入っている少女を眺める。
血のつながりがあるとはいえ、出会ってから間もない相手にここまで馴れ馴れしいとは、さすがに苦笑せざるを得ない。
するとその様子に、カティナはほほ笑んで言った。
「この子がそこまで心を許すとは。ずいぶん懐かれましたね」
「誰にでもこうなんじゃないのか?」
「まさか。我らの祖国は、味方の裏切りにあって滅亡したのです。
「うーん。これまでの人生を振り返れば、きょうだいは数えきれないほどいるんだ。こんな大胆の子は身に覚えがないなぁ……」
他者から言われるとはじつに不思議だ。
あまりにも多くの取り留めのない記憶に思いをはせながら、楽しいひとときを過ごす。
この幸せな時がずっと続けばいいのに。
そう心にいだいた瞬間、急に身震いがした。
「どうされました?」
「いや、なんだか寒くなってきたね。冬が近いし、竜たちに温かい寝床を用意してあげたい。ここでは
そんな時だった。
不意に扉がたたかれて、ふたりは身をこわばらせる。
「――開けておくれ」
聞き覚えのない女性の声がした。
こんな夜更けに、いったい誰が何の用事であろうか。そもそもこの山小屋を知っている者がほかにいるのか……。
アルールは嫌な予感をいだきながら、じっと扉を見つめた。
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