第25話 飛竜ヶ峰

 山小屋に戻って夜を明かした一行は、飛竜のまう山岳を目指して朝早くに旅立った。

 苦労の絶えないアルールはいつも寝起きに疲労が残っていたが、だいぶ体力がついてきたのか、この日は活気に満ちていた。


「いい天気だな。絶好の捕獲日和びよりだ」


 白竜の先頭にまたがって竜騎士気分を味わい、とても上機嫌である。

 背後のエルスカとヴェルナはややあきれながら言葉を返す。


「両手を離しては危険ですよ。日が出ていると飛竜は活性が上がるので、お気をつけくださいね」


「まるで遠足前の子供ね。いい歳なんだから、もう少し落ち着きなさいよ」


「失礼な、まだ十五歳だ」


 転生者の年齢は都合よく変わる。

 長命の妖精たちが若々しい感性を維持するように、ただ長く生きるだけでは達観する域に至らないようだ。

 そんな少年を笑いながら、十倍の時を生きるうら若き乙女が口をはさむ。


〝ふふふ。元気な子を見つけるにはかえって好都合だろう。だがアルール、わらわとエルスカは高台まで行けぬぞ。人ならばともかく、隠せない竜の色気で興奮させてしまうからのう〟


「それは残念、現地で助言が欲しかったのに。ならばどうやって雌雄しゆうを見分けるか教えてください。なるべくオスがいいんだ。なにせあなた方が人に化けたら、一対六だから」


〝そうさな、頭部がいかつくてあごが張っているのがオス、全体に丸みを帯びているのがメスじゃ。尾の付け根もわかりやすい。アレを収納するために、やや膨らみがある。ちなみに二股ふたまたとなっておるぞ〟


「収納! 二股! やはり翼の生えた大きなトカゲなんだな……」


〝異種の顔立ちを見分けるのは難しい。どうせならいい男を選ぶのじゃぞ〟


「そうだなぁ。相棒とは対等でありたいが、頼れる兄貴的な存在もいいし、かわいい弟分も悪くない。なるべくシュッとしたやつを選ぶとしよう」


〝連中は再生力が高く、翼が破けても勝手に治るほどじゃ。さいあく癒やしの術もあることだし、痛めつけて従わせるぐらいがちょうどよかろう。ナメられぬよう最初に力関係を示すのじゃ〟


「根に持たれても嫌だし、こっそり忍び寄って足輪を付けるつもりだ。仲間となる相手に攻撃なんてする気はない」


 アルールが直後にしまったと思うと同時に、ふたつ後ろから「何か言った?」という声が聞こえた。


〝ふははは、せいぜい返り討ちにあわぬように気をつけるがよい。さて、あれが俗に『飛竜ヶ峰ブリーグ・グイベル』と呼ばれる地じゃ。高台はすべて連中に占拠されていて、会えないということはまずない。ぎりぎりの場所で降ろしてやろう〟


 前方に霧がかった山が見えた。

 高さは千メートルに届かない程度か。

 山がちなカムリの中でも、北部のエラリ地方は特に小高い山脈が連なっている。


 アルビオン島が大きく七つの王国に分かれる以前、大陸から魔皇帝なる勢力がやってきて、一時的に島の大半を治めた。

 当時はまだ小国に分かれていたカムリの北部一帯は、これら山脈のおかげで敵の侵入をはばんだという。


 低山に属する高さとはいえ、まさに天然の要塞ようさい

 第一王子グリフィズがこの地を固めて動かないのは、じつに堅実といえた。


 毎夜エルスカに教わる歴史と照らし合わせながら雄大な景色を眺めているうちに、白竜はあっという間に山の中腹へと降り立った。


 なだらかな斜面は砂利と草で覆われ、じつに登りやすそうだ。

 視界をさえぎる木々がなく、飛竜からすれば敵を察知しやすい最適なねぐらといえた。


 ここから先は余計な争いを避けるため、竜たちとは別行動となる。

 背後を飛んでいた妹たちと合流し、事情を話し合う。


「さて、行くのはわたしだけでいいのだが、一緒に来る者は?」


 ヴェルナとカティナが名乗り出た。

 ふたりは自らの騎獣を捕まえる際の参考にしたいという。


 ティルトも行くつもりだったが残ることになった。

 竜の返り血を浴びた王の子孫に特別な匂いはしないようだが、おびえてしまったメステン・メリンを落ち着かせる必要があったのだ。


 エルスカは別れの間際、情に惑わされがちなアルールを心配して念を押す。


「くれぐれもお気をつけくださいね。いつでも向かえるようにしておきます」


「なるべくお世話にならないようにしたいものだ。なにか注意点はあるかな?」


「そうですね。ここの飛竜は単独行動を好みますし、今は繁殖期でもありません。ですが仲間意識が皆無というわけではなく、はぐれ者もございます。完全に孤立している個体は危険かもしれません」


「逆ではなくて?」


「獲物を分け合う際に追い出されてしまうような者は、単独で生き抜く知恵と力を有しています。いくら魔法の道具があるとはいえ、従えるのは苦労するでしょう」


「ふうん、一匹狼みたいなものか。飛竜の世界にもいろいろあるんだな。ありがとう、参考になったよ」


 こうしてアルールは、ふたりの少女と共に山を登り始める。

 空を飛んで時短する案は、例によって体力づくりの名目で却下された。

 早々に最後尾となり、先頭を行く幼馴染にあきれられてしまう。


「早くしないと置いてくわよ」


「君たちが急いでどうするんだ。本末転倒じゃないか」


「じつはあたしたち、すでに足輪と笛を持っているのよね。ティルトちゃんに頼んで譲ってもらったの」


「なんだって? タルイス・テーグの試練を受けていないのにずるいじゃないか」


 これに対し、カティナはあっさりと言ってのけた。


「金髪の子供は甘えればよかったのですよ。ママと呼びながら胸に飛び込んだら、すぐに頂けました」


「できるか! というかやったのか。騎士としてのプライドはどこに……」


「正確には騎士ではありませんからね。おてんば姫の世話役に過ぎないのです」


 凛々りりしい姿からは想像ができないが、なかなかしたたかだ。

 意外な組み合わせとなったが、少し距離のあった彼女と親睦しんぼくを深めるいい機会である。

 会話の中心に据えて、いろいろ尋ねることにした。


「カティナ、君たちの一族はどこの出身なんだ? 政略結婚の相手方ということは、カムリの者ではないのだろう」


「はい、そのとおりです。かつて存在したウィッチェ王国の出身で、あなた方とはやや遠い民族といえるでしょう。すでに王家ではありませんでしたが、ティルトの母がグリンドゥールさまに見初みそめられ、その姉妹も同行を許されたのです」


「随分と色多きお父上だったのだな、女ったらしめ。あの子と旅に出る前は何をするつもりだったんだ?」


「父と同じ紋章官を志しておりました」


「ほう、君は紋章に詳しいのか。わが王家の紋章は『ドラゴン・パサント』と呼ぶそうだな」


「そうですね。パサントとは、紋章獣が左を向いて右前足を上げた図柄を指します。あの勇ましさは、敵対する者に畏怖いふの念を植えつけることでしょう。ちなみにわが家紋は『グリフィン・ランパント』といって、立ち姿となっています」


 そう言って、鎧に付けられた鷲獅子わしじしの紋章を示して見せる。

 アルールが「美しい魔獣だ」と返すと、彼女はうれしそうな表情を浮かべた。


「そうでしょうとも。自分はこの魔獣がとても好きなんです。だからカムリのグリフィンであるアダル・シューフ・グウィンにも、早くお目にかかりたいものです」


 より打ち解けることができて共に満足していると、黙っていたヴェルナがぼそりとつぶやく。


「いいわねぇ、高貴な血筋に生まれた方々は。あたしは今回、ハズレを引いたわ。転生前の知識がなければどうなっていたことか」


 すると突然、カティナはからかうように笑い出した。


「それならばアルールどのと結婚すれば、たちまち王妃ですね。女王となるのもさほど難しくないでしょう」


「ちょ、ちょっと、なんてこと言うのよ……! あなた、そんな感じだったっけ?」


「ふふふ、私は子供の教育にうるさいだけですから。あなた方に仕える日も来るかもしれませんね」


 ヴェルナは柄にもなく顔を赤らめて、そっぽを向いてしまう。

 永遠の少年はそんな幼馴染を横目で眺めながら、想い人が見つからなければそのような未来もあるのかもしれないと密かに思った。

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