第24話 雷雨のあとに
真っ裸になりながらも、アルールはケフィル・ドゥールの討伐に成功した。
息つく間もなく、背後から快活な女性の声がかかる。
「あっぱれ! さすがは『七番目の息子の七番目の息子』だ!」
思わず振り返ると、無数の黄色い悲鳴と歓声があがった。
相手を確認する前に自らの失態に気づき、慌てて砂浜へうつ伏せになる。
「なんでこっちにいるんですかーっ!」
一瞬の間に見えたのは金色の髪をした人々だった。
その中心にいた人物が近くへと歩み寄り、頭上から答える。
「そなたの活躍を見届けるため、
「なんてことだ、ぜんぶ見られていたとは……。しかしなぜ、わたしが『七番目の息子の七番目の息子』であると知っているのです?」
「我を誰だと思っておる。
「すべて試されていたというわけですか。ご覧のとおり、頂いた服をダメにしてしまって申し訳ありません、ベンティス・ア・ママイ。よかったら何か着るものを恵んでいただけませんでしょうか……?」
彼女は侍女に命じ、背中に金色の布を掛けてくれた。
それを身にまといあらためて周囲を見まわせば、妖精のほかに見知った仲間らがいた。
陸に置いてきたエルスカとヴェルナ、妖精郷に残したティルトとカティナ、泉で別れたフウィートルとメステン・メリンの姿まである。
「雷の様子を見にくれば、まさかおぬしらと再会するとはのう。これからあの怪物を食うのじゃろ。抜け駆けは許さぬぞ」
人に化けた白竜は、目が合うなりほほ笑んだ。同様に変身した小さな飛竜も、うれしそうに腕を上げて応える。
恐ろしい嗅覚にあきれるアルールに対し、従者が差す傘の下に立つヘイルウェンは優しく言葉を投げかけた。
「さあ、あとは村人に任せよ。ここは寒い。そんな格好では風邪をひいてしまうぞ。服を持ってきてやったから、あちらで着替えて待つがよい」
差された方角へ振り向けば、浜辺の奥に木造の長屋が建っていた。
そこから縄を抱えた漁師らしきふたりの男性が駆けてきて、ケフィル・ドゥールの
どうやらここは
さすがに寒さがこたえてきたので、お言葉に甘えて建物へ向かう。
着替えを終えて、暖炉のそばでくつろぎながらこれまでの出来事を語る。
皆は遠見の術であらかた知っていたが、プーカだけは見えていなかったようだ。
しばらくすると、漁師の息子が準備が整ったと言いに来た。
彼らは、滅多にお目にかかれないタルイス・テーグと出会えたことに感謝し、食事を作ってくれたのだ。
しかし出された料理を見て、一同は仰天した。
つなぎ合わせた巨大なパイ生地の上に、先ほど倒したケフィル・ドゥールの頭と尾が突き立っているではないか。
これを作った漁師の父は、腕を組んで自慢げにのたまう。
「ははは、驚いたろう。これは名づけて『ライトニングゲイジー・パイ』だ。我らがカムリの兄弟国――ケルノウに伝わる料理からヒントを得て、恵みをもたらす雷神タラニスへの感謝をこめた。さあ、遠慮なく食べてくれ」
アルールは思った。これは口に入れていいものなのかと。
人を襲う凶暴な魔物を食べるということはつまり、間接的なカニバリズムにあたる可能性がある。
だが、すでに同様の逸話をもつ魔獣アヴァンクを食してしまった以上、今更の話である。
殺めた生き物を頂くのは最大の感謝。そう自分に言い聞かせ、おそるおそる口に運ぶ。
するとどうだ。香辛料の効いた赤身の肉にはまったく臭みがなく、わずかに甘みを感じる。
繊維質でパサついた食感を想像していたが、じつに柔らかくてジューシーだ。
「美味い! でも、この香辛料はいったいどうやって入手したんですか? わたしが思うに、これは暖かい地方の植物だ」
「よくぞ聞いてくれた。人間が元いた世界から持ってきたものを栽培してる連中がいるのさ。だからトマトだってカボチャだって、行くとこに行けば入手できるのだよ」
漁師の父は、この世界は平面であると語った。
しかしそれは怪物に
アルビオン島は決して未成熟な文化ではなく、妖精と人間が織りなす、新旧入り混じる複雑な環境となっているようだ。
息子のほうは幻獣の伝承について詳しかった。
ケフィル・ドゥールは発光に加えて
今回狩った個体は灰色だったが、白や黒、時には変身する者までいるらしい。
アルールには、そのなかに例のプーカが混じっているように思われた。
漁師親子とあれこれ語り合っていると、ガツガツと音をたてるように食べていたフウィートルが不意に言葉をもらす。
「うーむ、尾は小骨が多いのう。これではとても食べれたものではない。お次は頭といってみようか」
「いや、ちょっと待って。さすがに刺激が強すぎます。わたしたちが食べ終わったあとで、ゆっくり味わってください」
あやうく
気づけば食事を終えた者も多い。イロモノの見た目だが、味は好評だったようだ。
漁師の父にあらためて感謝を述べると、相手は遠い目をしながら答える。
「いやあ、こいつを狩ってくれて本当にありがとうな、アルール。これで親父も浮かばれることだろう」
「……え?」
数人のフォークが落下する音が聞こえた。
あまり深くは考えないようにし、一同は長屋をあとする。
外はいつの間にか雨が上がっており、雲の狭間から太陽が顔をのぞかせ始めた。
まるで天界から使者が訪れたかのように、そこから漏れる陽光によってタルイス・テーグたちが包まれていく。
内面はともかくとして、やはり美しい妖精族だ。
まさにその太陽を意味する女王ヘイルウェンは、アルールを手招いて約束の品――野生の飛竜を従える足輪と、呼び寄せるための竜笛を渡した。
「ありがとうございます、ベンティス・ア・ママイ。これで自分の騎竜を手に入れることができます」
「うむ。カムリの者にとって、竜は力を示す最大の象徴だ。翼となる飛竜がいなければ、王家として認められることはない。だが気をつけよ。敵方ストラスクライドは、古くから
「ええ、そのようですね。竜騎士を従えてはいるものの、民は竜に対する反感をいだいているようでした。ですが、わが父王グリンドゥールが支配する以前にも、かの国はカムリとつながりがあったのですか?」
「さよう。かつて敵がアルト・クルートと呼ばれていた時代、カムリの
「ほう、魔術に
「人からすれば随分と昔の話となる。我ですら生まれる以前のことだ。エルスカと会話をしていた最中にふと思い出してな。とくに根拠はないのだが、嫌な予感がする。まあ、忘れてくれ。きっと思い過ごしだ」
「いえ、幽閉されていたわたしには、言語と物語しか知識がございません。古い歴史を教えてくださり、感謝いたします」
こうべを垂れて、妖精の女王ヘイルウェンにあらためて敬意を表す。
相手は名残惜しむようにこちらの髪をなで、行く末を祝福してくれた。
服とともに荷物まで届けられたため、一行はそのまま次なる旅路へと向かう。
タルイス・テーグたちに別れを告げると、竜の姿へ戻った仲間の背にまたがり、五人は空へと舞い上がった。
妖精たちに見送られながら天界への階段を昇り、まばゆい光に包まれて黒雲の海を超えていく。
雷雨のあとには黄金の太陽が輝くと信じて、アルールは新たなる出会いに胸をおどらせた。
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