第17話 再会の喜び
探していた幼馴染と再会したアルールは、彼女が生まれ変わった姿である戦士ヴェルナと対決し、見事に勝利した。
しかしふとしたことで気絶して、気づけば知らない場所にいた。
「うーん……ここはどこだ?」
身を起こして半眼で周囲を見まわすと、簡素な室内に据えられた安っぽいベッドの上だ。
かたわらに座っていたエルスカがすぐに気づき、心配そうに顔をのぞき込む。
「ああよかった、アルールさま。お体は大丈夫ですか? ここはヴェルナさまが泊まっていらっしゃる宿でございます。意識を失ったあなたさまを皆で担ぎ込んだのです」
「思い出した。おでこをぶつけてそれっきりだ。頭は平気そうだが、たいして動いたわけでもないのに全身が重い。もう少し体力をつけておくべきだったな。あの程度で力尽きるとは、自分が情けないよ……」
「仕方がありませんよ。日差しも浴びれず、精神が
まるで子供を励ますかのように、両手をつかまれ揺すられる。
彼女は相変わらず、魂の年齢を考慮してはくれなかった。
頭をなでられて苦言を呈していると、ヴェルナが三人分の飲み物を持って部屋に入ってきた。
「ようやく気がついたみたいね。まったく、どんなに立派になっているかと期待していたら、前より軟弱になってるじゃないの」
「仕方がないんだ。今回はハズレを引いて、幽閉から始まったんだよ」
「イェイアン王子としての事情は、エルスカから聞いたわ。なんだか厄介な問題をかかえているみたいで。あなたも苦労したのね」
「もう秘密を話したのか。ヴェルナを信用してくれたんだね。手間が省けて助かった、ありがとう。ところで、あのふたりはどうした?」
コップに息を吹きかけていたエルスカに尋ねる。彼女は冷ましたものをこちらに手渡しながら答えた。
「ティルトさまとカティナさまは、お先に森へ戻られました。飛竜に早くお肉をあげたかったようです」
「そうか、優しい子だな。ふたりが鹿肉を気に入ってくれるといいんだが。さてと、いろいろと積もる話がある。いったい何から語ろうか」
「わたくしは下がりましょうか?」
アルールは暗にそのつもりだったが、意外なことにヴェルナがそれを否定した。
「ううん、あなたもここにいて。確認しておきたいことがあるから。先にこっちから質問ね。探してたって言ってたけど、もちろんあたしだけじゃないよね?」
「ああ、当然あの子のことも忘れてはいないよ。まだ脱出して日が浅いから、手がかりは何ひとつないが……。とりあえず君だけでも見つかってよかった」
ヴェルナが真顔で黙っていたので、エルスカは「会えてよかったですね。早くその子も見つかってほしいです」と、笑顔で口をはさんだ。
赤毛の少女は頭をかき、金髪になった幼馴染と青銀髪の占い師を眺めながら尋ねる。
「あのさ、どうしてアルールと名乗っているの?」
「うん? 脳に入りきらないから忘れてしまった記憶も多いが、最初の人生で知った言葉だったはず。意味は、『すべて』、『完全』、『死』……。自分の生き様にピッタリだと思い、転生の旅で共通するものとして自然と決まったんだ」
「ふうん。エルスカは?」
「え、わたくしもですか? 本当の名はサフィルというのですが、身を隠すために変える必要があり、悩んでおりました。そんなある日、夢でお告げを受けたのです。お前に新たなる名前を授けると。なぜだか心地よい響きなので、とても気に入っています」
アルールはそこで、奇妙な偶然について軽く触れた。
「エルスカという単語は、わたしがこれまで旅してきたどこかの言葉で、『愛』の意味があったような気がする。ヴェルナは『守護』だ。まあ、たまたま別の言語と音が一致するなんてことはよくある話だがな」
「すてきな意味ですね。ますます好きになりました」
ヴェルナは悩ましいことでもあるのか、こめかみに指を添えてうつむいた。軽くため息をつき、さらに質問をぶつける。
「あなた、どうしてあたしだって確信したの? 何を基準に探していたの?」
「そりゃ、転生していると信じていたから、話を聞いて直感したんだ。自分も容姿は変わってしまったし、見た目はあてにならない。でも、会えば必ず通じるものがあるはずだ。現にお互いすぐに理解し合えただろう? わたしが魔術師なら、君は戦士。幼馴染なんだから、そのくらいわかるさ」
アルールは満面の笑みで親指を立てる。
丁度いい温度になったお茶をすすると、清々しいハーブの香りが鼻先に広がった。
どうやら彼女の好みは、転生を経ても変わっていないらしい。
無意識に得た記憶とは、ふとしたきっかけで思い出されるのだ。
「それじゃあさ、あの子は今ごろ何してると思う?」
「そうだな。読書が好きだったし、大図書館の館長なんかをしているかもしれない。ちょっとおっちょこちょいだったから、たとえすれ違ったとしても、向こうは気づいてくれないかもしれないな……」
たとえこの世界に転生していたとしても、恐ろしく長い年月が経ってしまった。
通じ合ってると思っていたが、さすがに愛想を尽かし、心変わりしてもおかしくはない。
だんだん自信がなくなってきて肩を落とすと、横のエルスカは励ますように言った。
「そんなことありませんよ。アルールさまの大切な方なんでしょう? きっとすぐにわかるはずでございます。気を強くもってください」
「そうか、そうだよな、ありがとう。このまま永久に見つからなかったらと、毎日が不安でたまらなかった。ヴェルナとは再会できたわけだし、あの子ともいつか会えると信じよう」
若き王子は従者と笑顔でうなずき合う。
女戦士は苛立つようにコップを指で連打し、さらに質問を重ねた。
「あのさ、エルスカはいったい何者なの? あなたとはどういう関係? 主従というのは聞いたけど、それ以外で」
「うん? 彼女は、幽閉されていたわたしを助け出してくれた命の恩人なんだ。竜人の娘で、占い師をしている。年齢は、ええと百九十七歳だったかな。こっちのほうが魂は年上だと何度も言っているのに、しつこく子供扱いしてくるんだ」
「だって十五の男の子ですよ。わたくしは予言に従って、あなたさまが生まれるのをずっとずっと心待ちにしていたんです。だからかわいくて仕方がないのです」
アルールはしかめっ面の幼馴染を見て、ひょっとしたらやきもちを焼いているのかもしれないと思った。
はるか昔、じかに想いを伝えてきたことがあったからだ。
「ふうん。そういやあたしたち、転生を始めてから何年かしら?」
「うーん。十四回転生しただろ? いつも十四歳で死んでいて、今回ようやく十五歳になれたから……百九十七か。合ってるかな?」
「まあ、わたくしの年齢と同じですね」
「そういえばそうだ。君は、わたしたちが死んだ年に生まれたのか。なんとも奇妙な偶然だな」
アルールとエルスカは楽しそうに笑い合う。ヴェルナは「ダメだこりゃ」とつぶやいて頭を抱えた。
「やれやれ、知識を溜め込み過ぎると、大切な何かを失うこともあるかもね。ま、とにかく、あたしはあなたたちに手を貸すから、今後の予定でも立てましょうか」
「助かるよ、ありがとう。君が来てくれたら百人力だ」
彼女が経てきた旅についても聞きたかったが、ひとまずは
偽王子イルールとその母メルラッキを倒してストラスクライドを解放し、自らの王位を回復すると目標を定めた以上、そこに向かって
「危うく宿敵に幼馴染を取られるところだった。決闘はしたが、敵になる前で本当によかったよ。それにしても、なんだってあんなに戦士がいたんだろうか?」
「あたしのことは風のうわさで聞いていたのに、そんなのも知らなかったの? その例の王子が、このケア・ルエル村へ視察に訪れるのよ」
「なんだって!?」
アルールは思わず、手にしていたコップを大きく動かしてしまう。一瞬こぼしたかと焦るも、さいわい一滴はねるにとどまった。
「あたしが聞いたところによれば、近いうちに戦争を起こす準備をしているから、激励に来るって話ね。魔術に長けた王子というし、最初はひょっとしたらあなたかもしれないと淡い期待をいだいていたのよ。でも段々ときな臭い感じがしてきて、迷ってるうちに勝ちを重ねてしまった。あと一勝のときに現れるなんて、ほんと出来過ぎね」
「やって来るというのはいつの話なんだ?」
「明日の正午よ。だから宿はどこも人がいっぱいで、こんなボロくても、いい値段を吹っかけられたの。きっと警備も厳重になるから、気をつけておいたほうがいいわね」
「ティルトやフウィートルを呼び寄せたほうがよさそうだな。七人で泊まるには狭すぎるが……」
「あとふたりも連れがいるの?」
「どちらも竜なんだが、人に化けて森に隠れているんだ」
「なるほど。余計な揉め事が起きないよう、全員に来てもらったほうがいいかもね。九十九人から巻き上げたお金もあることだし、店主に掛け合っておいてあげる。傭兵として渡り歩いてきたから、それなりに蓄えもあるのよ」
「相変わらずしっかり者みたいだな。そのうち砲剣についても聴かせてもらいたいね。何なんだ、ありゃ。恐ろしいもんを振りまわしやがって……」
それからアルールはエルスカと共に、ヴェルナを宿に残して村はずれの森へ急いだ。
肉を平らげて眠りこけていた飛竜の子供を抱きかかえ、戻ってきたころにはすっかり日も暮れていた。
信頼できる仲間を集めたと同時に、まだ見ぬ宿敵と鉢合わせる羽目になろうとは。
地下室を脱出してから順調に事が進んでいたが、心のなかに言い知れぬ不安がふくらみつつある。
転生の旅で
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