第16話 決闘

 ヴェルナが構えると同時に、砲剣は稼動音を刻み始める。

 どうやら単に大剣と銃を融合させた武器ではなく、動作し続けるなんらかの機構が備わっているようだ。


 彼女が言い放った言葉から、アルールが何者か気づいているのは明らかだった。

 追い求めていた相手もまた自分を探していたと確信し、叫ぶ。


「やはり君だったか! 会いたかったぞ!」


「女連れでよく言うわね。ふたりも増えてるじゃない!」


「違う、彼女たちはそんなんじゃない!」


「言い訳無用、この女ったらし! お望みどおり半殺しにしてあげるわ。くらえ、先手必勝、バースト・ショット!」


 刃と一体化した銃口が赤く輝き、強烈な熱エネルギーが解き放たれた。


「【魔煌障壁ルイストル】!」


 手のひらから輝く平面を生み出す。

 激突した砲弾が爆散し、周囲一帯に灼熱しゃくねつの炎をまき散らした。


 飛び交う悲鳴。

 威力はがれたものの、巻き添えをくらった戦士が背中を燃やしながら転げるように逃げていく。


「おいおい、街中でいきなりぶっ放すやつがあるか!」


 切先を突きつけたヴェルナはアルールの言葉に耳を貸さず、信じられない速度で突っ込んできた。


「ダッシュ斬り!」


「【瞬間移動テレポルティオ】!」


 緊急回避の呪文でヴェルナの背後にワープする。

 しかし相手は武器だけを後ろに向け、小弾を連続発砲してきた。


「バラージ・ファイア!」


 すかさず障壁を張って防ぐが、その隙に体勢を整えた彼女は砲剣に手を加える。

 すると冷却ファンの回転音とともに熱風が排出されていく。

 そのまま一気に距離を詰め、即座に刃を横なぎに一閃した。


「【浮遊アルノヴィオ】!」


「なんの、必殺・飛天斬ひてんざん!」


 すんでのところで宙を飛んだアルールを追って即座に跳躍したヴェルナは、片腕を目掛けて切りかかる。

 逃げた先の空中で回避するすべはない。刃は少年の細腕をとらえて吹き飛ばした、かのように見えた。


 浮遊する直前に無詠唱で【水影鏡像デルウィズ・ドリーフ】を発動していたおかげで、剣は虚像をすり抜ける。

 わずかに離れて透明化していたアルールは、相手が宙にいる間に次の魔法を発動させた。


「【地爆壊フリドラッド・ダイアル】!」


 鎧を粉々に砕くはずだった呪文はしかし、何事もなかったかのように消失した。

 相手の防具にかけられていた守りのまじないが効果を発揮し、最強の地属性魔法はジンクスによってまたも無力化されてしまった。


 ――強い。

 とても金属鎧の動きとは思えない速度だ。

 詠唱する暇がまるでなく、省略のために魔力消費が尋常ではない。


 アルールはだらりと汗を垂らし、敵に手のひらを向けた。

 着地したヴェルナは剣を構えて息を整えている。


 双方の容赦ない一撃が無効となったものの、いつまでもそれが続くわけではない。おそらくあと数手のうちに決着はつくだろう。

 あれだけ騒いでいた観衆も今や完全に沈黙していた。


「ただの女の子だったはずだが、なかなか腕を上げようだな」


「そっちこそ、女に守られてたもやしっ子がチカラをつけたものね」


「探すついでに得たものだ。君のはちょっと過剰すぎやしないか」


「人探しに攻撃呪文は不要でしょう。あたしだってずっとあなたを探していたのよ。護身術ぐらい身につけて当然じゃない」


 取り囲む者たちはエルスカを除き、わけがわからなかったに違いない。

 初対面と思いきや顔馴染みで、お互いを探し合っていた様子なのに、再会を喜ぶどころか激しい戦いを繰り広げているのだ。


 会話の最中、密かに【元素解析ダダンソッディ】を用いて、鎧の防御が一度きりであると突き詰める。

 本能的に使ってしまった強力な呪文が防がれたのは、むしろ幸運だった。

 エルスカを信用してはいるものの、相手が傷つくさまを見たいわけではない。


降伏こうふく……はしてくれるはずもなさそうだな」


「当たり前でしょ。弱いくせに負けず嫌いなところは相変わらずみたいね」


 向けていた刃を平たい面に変えたところから、彼女の逡巡しゅんじゅんもうかがえた。

 場の雰囲気にのまれて激しい応酬をしたものの、情によって勢いが失速したのを感じる。


 しかし観衆の手前、互いが同時に動きを再開した。

 砲撃でいまだ赤く熱を帯びる刃で斬りかかってきたヴェルナに対し、アルールは右手に青白い光を生み出す。


「【精霊剣サヴン・イスブリッド】!」


 砲剣の重い一撃を受け止めた細剣から、火花の代わりに魔力が飛び散った。

 重量の存在しないこの武器は、非力な魔術師でも自在に扱えるものの、膨大な魔力がなければ使いこなせない。


 魔力の徹底した節約と残量管理が身についているアルールは、器であるイェイアンの魔力容量キャパシティ驚愕きょうがくしていた。

 立て続けに消費しているにもかかわらず、まったく減っている実感がないのだ。

 図らずも手にした〝七番目の息子の七番目の息子〟の可能性に自ら気づかされる。


「頼むヴェルナ、敗北を認めてくれ。わたしにはまだ余力がある」


「誰に物を言っているの? そっちこそいつもみたいに、あっさり両手を上げればいいのよ!」


 運動神経が抜群だった幼馴染がどのような道を歩んできたかは定かでないが、いろいろと拍車がかかっているのは間違いない。

 頭脳戦では勝てない代わりに体力勝負でねじ伏せてきた彼女が、簡単に根を上げる姿は想像できなかった。


 しかし魔術を手に入れた現在、こちらも生前の借りを返さねば男がすたる。

 転生の旅で幾度か別の性に生まれた経験もあり、中性的な思考をあわせもつアルールだが、かつての屈辱を晴らしたい感情がまだ眠っていたのだ。


「てやああああ!」


 ヴェルナのおたけび。あまりに乱暴な攻撃を避けて大きく後退すると、相手は全身に赤いオーラをまとわせた。


「なに!?」


 明らかに武闘派な彼女だが、魔力の存在する世界でなんらかの技能を身につけたのは明らかだ。


「いくわよ、覚悟しなさい。イグニッション発動、オーバー・ドライブ!」


 高らかに叫び、砲剣に備わる特殊な機能を起動させる。

 タービンが高速回転する音とともに武器全体が白い冷気に包まれていく。


 先ほどの分析で、さまざまな属性を帯びた魔石が内部に組み込まれているのがわかっていた。

 いま起動させたのは、どうやら砲撃による過負荷を抑える冷却機構のようだ。

 となれば、連続攻撃で仕留めにくる算段か。アルールはすべての神経を防御に集中させる。


「まず一撃目! フリーズ・ドライブ!」


 ヴェルナは突進とともに、冷気に包まれた刃で切り掛かってきた。

 物理と氷の合わせ技。

 下がってそれをかわすと、かすっただけの地面が瞬時に凍りつく。


「二撃目! サンダー・ドライブ!」


 一転して電気をまとわせ、まるで稲妻のように俊敏な突きを仕掛ける。

 もはや呪文名すら唱える暇はない。横にずれてなんとか回避すると、後方の建物が爆散する音がした。


「まだまだ、三撃目! フレイム・ドライブ!」


 砲剣全体が紅蓮ぐれんに染まる。

 正面をとらえられて逃げきれないと判断し、炎と斬撃それぞれに対応する障壁を張り、真っ向から受け止める。

 刃は二枚の壁を突破するが、勢いを相殺されて体にまでは至らなかった。


 周囲に目をやれば、地面が大きくえぐれて焼け焦げている。

 威力はじつに破壊的だが、予備動作で何の属性を仕掛けてくるかが見切れてしまう。というよりも――。


「余計なお世話だが、技名は言わないほうがいいぞ。対策がとれてしまうし、なによりかっこ悪い」


「うるさい! あんただって呪文を叫んでるでしょうが!」


「魔法とはそういうものだ。無詠唱がかっこいいと思うのは、魔力管理ができないうちだけ。唱えるのは合理的な理由があるんだよ」


「黙れ、逃げてばかりで勝てると思うな!」


 ヴェルナは怒鳴って追撃しつつ、四の手を仕掛けようとしている。体力こそ使うものの、道具に頼る彼女にはまだまだ余力があるようだ。

 たしかにこのままではらちが明かない。アルールは攻撃をかわしながら、ふと単純な作戦を思いつく。


「それじゃあこっちからいくぞ。負けても泣かないでくれよ。【魔力吸収アムシグノ・フィード】!」


 他者から魔力を奪う闇の呪文。

 以前は大気を相手に使ったが、本来は生命体に使うもの。

 体を傷つけることのない弱々しい攻撃は、あっさりと砲剣で防がれてしまう。


「ふん、どこを狙っているの? これでとどめよ! ファイナル・バースト!」


 ヴェルナは鼻で笑うとこちらに銃口を突きつけ、容赦なく引き金を引いた。

 だが、爆音の代わりに乾いた音が響くだけ。


「あれ、どうして動かないの? 残量はまだあるはずなのに、故障しちゃった?」


「そいつは魔石で動いているようだから、たんまりと吸わせてもらった。純度の高い、とても良いものみたいだな」


「なんですって! あたしじゃなくて武器を狙ったの? この卑怯者ひきょうもの!」


「敵の攻撃手段を奪うのは真っ当な戦法だ。悪いが、もう勝負はついている。いい加減、諦めてくれ」


「くっ……。うるさい、うるさい、うるさーい! この世は実力主義なのよ。いつも屁理屈で勝った気になって。ああっ、思い出したら腹がたってきた! あんたなんて、大、大、大、だいっ――」


 破れかぶれになったヴェルナは、重いだけの剣に成り下がった得物で殴りかかってきた。

 アルールはそんな相手の足元を冷静に見つめ、地属性の最弱呪文を唱える。


「【括罠マグル】」


「ぶへぇ!」


 ほんの少し隆起した土に足をとられた彼女は、あっさりと地面に突っ伏した。

 手をすり抜けた自慢の武器が大きな音をたてて転がっていく。


 場は完全な静寂に包まれた。

 勝敗が決したのは誰の目にも明らかだ。

 しかしあまりに無様な倒れ方をしたので、みな絶句して成り行きを見守っている。


 手をついたとはいえ顔面から地に落ちた少女は、やがて静かにすすり泣き始めた。

 固唾かたずをのんでいた観衆たちは一斉にため息をつき、アルールに辛辣しんらつな言葉を浴びせかける。


「あーあ、可哀想に。あと一勝だったんだぞ。男なら負けてやれよ」

「玉の輿こし狙ってたのにねぇ。あんた、泣かせたんだから責任とりなさいよ」


 戦士たるもの敗者の涙を見ないふりをする暗黙の了解でもあるのか、彼らは一人また一人とその場を去っていった。


 勝利を祝福されなかったアルールは、きまりが悪そうにしばらく立っていた。

 やがて三人の仲間が見守るなか、倒れたヴェルナに手を伸ばす。


「恥をかかせて悪かったよ。どうにか怪我をさせずに決着をつけたくてね。転生して以来、一縷いちるの望みをかけて、ずっと君を探していた。うわさを聞いてひょっとしたらと思ったが、ようやく再会することができた。さあ、立って。話したいことが山ほどある」


 彼女は涙と土まみれの顔を上げ、ゆっくりと体を起こす。手甲で守られた硬い手を、こちらのほっそりとした手に乗せた。


 アルールは、かつて似たような記憶があったかもしれないとほほ笑みながら、足腰に力を込める。


「せーのっ! ……重っ!?」


「むかっ! 乙女になんてこと言うのよ!」


 苛立ったヴェルナに引っ張られ、細身の少年は簡単に体勢を崩す。

 金属の胸甲きょうこうに激しくひたいをぶつけ、そのまま意識を失った。

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