第15話 転生戦士ヴェルナ

 ケア・ルエル村の市場を貫く大通りの先から、突如として耳元に飛び込んできた歓声。

 気になった一行が向かってみると、血気盛んな若者の人だかりができていた。


 割り入って彼らが囲むものをのぞき込めば、甲冑かっちゅうを着たひとりの人物と、地面にへたり込んだ革鎧かわよろいの青年が見える。

 立っているほうが、相手に切先きっさきを差し向けて言った。


「どうする? まだやる?」


 かぶと越しのくぐもった声だが、若い女性であるのは明らかだった。

 青年はただちに剣を捨て、両手を上げる。


「ま、参った。降参だ」


「よし、これで九十九人抜き達成ね!」


 そう言って、謎の稼動音かどうおんが響く武器を収める。

 直後、どっと割れんばかりの歓声が沸き起こった。


『ヴェ・ル・ナ!! ヴェ・ル・ナ!!』


 ヴェルナ――まさに探していた少女の名。

 なんとも都合のいいことだ。手間が省けたとアルールは笑みをこぼす。


 甲冑の人物は大剣を背に納め、兜を脱ぐ。

 すると赤毛がぱっと広がり、黄緑がかった瞳をもつ美少女が現れた。

 年頃は十五ぐらいで、目線の高さは同程度に見える。

 彼女はいたずらそうな笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。


「さあ、次の犠牲者は誰? もっと骨あるやつはいないの! 誰でも相手になるわよ!」


 ざわめく若者の群れ。よくよく見れば、彼らも武器を携えし戦士たちのようだ。男性が多いが、女性もそれなりに混じっている。

 口々に「お前がいけ」だの「そっちこそ」と言い合って、一向に名乗り出る気配はない。


 ヴェルナを探していたアルールだが、戦う覚悟まではできていなかった。

 戦士たちの勝負に魔術師が飛び込むのもいかがなものかと悩んでいると、不意に何者かによって背中を押され、気づけば輪の中心に躍り出ていた。


「あら、いらっしゃい。勇者のご登場〜!」


「ええ!?」


「うん? あなた、さっきまでいなかったわね。見たところ武器もないけど、魔法使いか何かかしら」


「いや、わたしは……」


 慌てて背後を振り返れば、ティルトが右手を突き出して応援の仕草をとった。どうやらおてんば姫の仕業らしい。

 困惑するアルールをよそに、周囲の人々がざわめき始める。


「おや、なかなかかわいい男の子じゃないか。応援はしたいけど、怪我するところは見たくないねぇ」

「ええ、女の子じゃないのか?」

「やめとけ、あんちゃん。ヴェルナの強さは本物だ。お前さんには荷が重すぎるぜ」

「そうだそうだ、すっこんでろ! 女の前だからってカッコつけてんじゃねえぞ!」


 屈辱的な言葉が飛び交うなか、一部の者たちは別のところに目をつけた。


「また随分とかわい子ちゃんばかり集めたもんだなぁ。正直うらやましいぜ……」

「負けたら俺たちでかわいがってやるってのはどうだ?」

「いいねぇ! あの凛々りりしい子なんか俺好みだな」

「それじゃ、あたいは坊やのほうを貰おうかな」

「んじゃ俺は青髪の子だ!」


 みな好き勝手にはやし立て、甲高い口笛が響き渡る。

 赤毛の戦士ヴェルナは苛立つように彼らをにらみつけた。


「ちょっと、あんたたち。関係ない子にまで手を出したら、またボコボコにするわよ」


『ひぇっ……』


 すでに力量を見せつけられているであろう群衆は、あっという間に静まり返った。

 ヴェルナはアルールに向き合うと、余裕そうに腕を組む。


「で、どうするの、優男やさおとこくん。逃げるなら今のうちよ」


「……いいや、君に決闘を申し込む。こちらの武器が魔法でもよければ、だが」


「いいでしょう、受けて立つわ。魔法だろうがなんだろうが、あたしは負けない。聞いてるかもしれないけど、じつは転生の旅をしているの。はっきり言って強いわよ。骨が折れたらごめんあそばせ」


「望むところだ。わたしはある目的のために仲間を集めている。もしこちらが勝ったら、力を貸してもらえないだろうか?」


 するとすかさずヤジが飛ぶ。


「ハーレムに加える気か!」

「やるじゃねえか、ヒューヒュー!」


 ヴェルナは「アンタたちは黙ってなさい!」と、うんざりするように言ってから、話を続けた。


「お生憎様あいにくさま。百人斬りを達成したら、この国の王子イルールにお目通りがかなうことになってるの。放浪の旅にもいい加減うんざりしてきたし、いっそここらで身を固めようかと思ってね。『七番目の息子の七番目の息子』とやらなら、さすがに釣り合うでしょう。あたし、こう見えて男には厳しいのよ」


 聴衆たちが黙ってうなずく。包帯を巻いた男性が多いのは、きっと気のせいではないだろう。

 もし仮に、彼女が長年探し求めてきた幼馴染だとすれば、回りくどい言葉は不要だ。

 そう考えたアルールは、いっそ単刀直入に伝えることにした。


「なるほど。ちょっと耳を貸してくれないか?」


「なあに、大きな声で言えないこと? 男は顔じゃなくてよ。甘い言葉を使ったって、そう簡単になびく女じゃないんだからね」


 魔術師といえど武器を持っていないことを示してから、ヴェルナにゆっくりと近づき、耳元にそっとささやく。


「そのイルールを倒すのが目的と言ったら?」


「なんですって!?」


 相手は予想どおりの反応をした。聞くことのできなかった観衆は首をかしげる。

 表情から完全に笑みが消えた少女は、こちらの目を見据えながら答えた。


「……面白い。何か事情があるみたいね。いいわ、その条件のんであげる。それであなたは、いったい何を賭けるつもり?」


「え? えーっと……」


 例によって何も考えていなかったアルールが口ごもると、エルスカが前に進み出て言った。


「それはわたくしがご用意します」


「あなた誰? この人の保護者?」


「いいえ、従者にございます。万が一、わがあるじが敗れた際は、これをお納めください」


 そう言って懐から大きな紺碧こんぺきの玉を取り出し、手のひらに乗せる。

 それは彼女自身の瞳と同じ色をしており、くっきりと星の模様に輝いていた。


「ん? そ、それはまさかスターサファイア!? なんて大きさなの……! もし本物だとしたら、城を三つ買ってもまだお釣りがくるレベルよ!」


 高価な宝石のオーブを見て、周囲の者たちが一斉にどよめく。

 即座にその価値を理解した転生者は、すかさず止めに入った。


「待て、エルスカ。そんな貴重な物を賭けてはいかん」


「いいのです、あなたは絶対に勝ちます。ここで負ける器なら、その先はありませんよ、アルールさま」


「なっ!?」


 ヴェルナが目を丸くした。

 唖然としたまま固まる彼女に、怪訝けげんな瞳を向ける。


「うん? どうかしたかな。転生の旅をしてきてうぬぼれているようだが、それが己だけの特権とは思わないほうがいい。言っておくが、わたしも強いぞ。この意味、君ならわかるだろう?」


 押し黙る彼女を見て、あの幼馴染と同じ反応だと思った。

 いつも強気で、力では少年を負かすことも多々あったが、頭脳勝負で敗れると、くちびるんで相手を凝視する。

 器は異なれど、その奥に潜む魂にどこか懐かしさを覚える。


 場が静寂に包まれていると、エルスカは何を思ったか、余計なことを付け加えた。


「わたくしは癒やし手にございます。生きていればどんな傷も治してみせましょう。ですからお互い容赦ようしゃはいりません。おふたりとも、思う存分に戦ってください」


 どよめく観衆。

 馬鹿にしていた者たちもようやく気がついたようだ。黒と紫の衣装を身にまとい、マントをなびかせる細身の少年がもつ異様な雰囲気に。

 それでも巻き込まれまいと一斉に距離をとるあたりは、さすがに命の駆け引きをしてきた戦士たちである。


「……ふうん、言ってくれるじゃない。随分と覚悟が決まっているのね」


 ヴェルナは兜を装着し、背にした無骨な砲剣を引き抜くと、切先をこちらに突きつけこう言った。


「ここで会ったが百年目! いざ勝負よ、アルール!」

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