第19話 竜騎士

 偽王イルールの演説はつつがなく終了した。

 明らかにアルールを指すと思われる〝偽者〟に話が及ぶも、怪しまれることなく宿に帰ることができた。


 生前から探し求めてきた幼馴染ヴェルナと合流したことで、旅の仲間は、エルスカ、妹ティルト、その従者カティナの四人となる。

 これに自身と白竜フウィートル、飛竜メステン・メリンを加え、頭数だけでいえば七である。もっとも、竜たちに戦う意思はないのだが。


 次に何をするべきか皆で相談する。協力してくれそうな者は、もう誰も心当たりがなかった。

 敵がいくつもの策を講じているならば、こちらもなにかしらの対抗手段を考えねばならない。


 しかしさしあたっては、この危険な土地を離れ、山小屋のあるカムリの地で態勢を整えることにした。

 かの王国を統治する第一王子グリフィズは、寛大で聡明そうめいな人物として知られ、ティルトが共にいれば攻撃される心配はないからだ。


 一行は頃合いを見計らい、来たときと同様に森へ向かう。

 開けた場所を目指すと、木々を伐採する男性とばったり出くわした。

 さいわい帰るところであり、近ごろはまきの消費が多く、緑が減ってきたと愚痴をこぼされる。


 彼が去ったのを確認して、竜たちは元の姿に戻った。

 ヴェルナは知恵ある竜の変身術に感嘆かんたんしつつ、竜騎士の飛竜を見たことがあると述べる。

 それを聞いた途端、それまで難しい顔をしていたアルールの表情が変わった。


「竜騎士は男のロマンだ。わたしも自分の竜が欲しい」


 以前も同じ話を聞かされていたティルトは、あきれながら答える。


「だーかーらー。前にも言ったけど、飛竜はあとから懐くことはないの。卵から育てないとダメなのよ。すごく貴重で厳重に管理されているから、とてもじゃないけど兄さまが手に入れるのは無理ね」


「むう……。それじゃあ、どこにんでいるんだ? 自分で捕まえてやる」


「ほかの国は知らないけど、カムリの山なら案内できるわよ。ちなみに、この子は海外産の超稀少な種族なの。姉さまに求婚してきた勇者に卵を取ってこいと試練を課して、私が貰ったの。うらやましいでしょ?」


「羨ましい」


 あまりにも素直に答えた兄に、ふんぞり返っていた妹はあわれむように言った。


「も〜。その勇者と結婚したのかどうか、続きを聞くものでしょ。まあ結局、ダメだったんだけどね。いろいろ無理難題を吹っかけられて心が折れたの。兄さまも可哀想だから、この子に乗せてあげよっか?」


「乗る!」


 周囲の少女たちをあきれさせて、二百歳児は臆面おくめんもなく言ってのける。

 こうしてアルールは、カティナに代わってメステン・メリンへ乗ることになった。


 重装備ふたりの担当となったフウィートルは苦言を呈する。

 ヴェルナの甲冑かっちゅうは特製の軽量仕様だそうだが、砲剣も相まってかなりの重量があるらしい。


「腰にきたらおぬしらのせいじゃぞ」


「まあまあ、あとで揉んであげるから勘弁してよ。でもあたしも自分の騎獣きじゅうが欲しいなー。竜じゃなくてもいいけどさ」


「ヴェルナどの、カムリにはアダル・シューフ・グウィンと呼ばれる怪鳥かいちょうが住んでいます。獅子ししわしを合わせたような魔獣で、グリフィンとは違って人語を理解できるのです。いつか自分と捕まえに行きましょう」


「良いわね、それ! 約束よ、カティナ!」


 向こうは向こうで盛り上がっているようだ。

 アルールはエルスカと無言でうなずき合うと、ティルトを抱くようにして飛竜の背に乗った。


「【不可視アンウェレディグ】」


 メステン・メリンを対象に透明化の呪文を唱える。

 すると乗り手ごと揺らめくようなまくに包まれて、まるでシャボン玉に入ったかのようになった。


 決して完全なものではなく見破られる可能性もあるが、雲の上までごまかせれば問題はない。

 念のため【静寂タウェルフ】の術も重ね、勢いよく空へと飛び立った。


 速い、爽快だ。

 あっという間に小さくなった、ケア・ルエルの家並みに別れを告げる。

 ティルトによれば、カーライルと呼ばれる土地からやってきた人々に造られた村だという。


 この世界は、かつて神が妖精に与えた土地であり、人間はみな異なる次元からやってきたとされている。

 時に妖精は、迷い込んだ者や死後もさまよう魂を自らの仲間に引き入れてきた。


 すでにアルールは、自分が転生者であると仲間に打ち明けていたが、さほど驚かれなかったのはこのような事情があるからのようだ。


 雲の上に出るとすぐに呪文を解除し、前方の白竜を追いながら兄妹の会話を楽しむ。

 つい先日、初めて会ったばかりだというのに、まるで元から知っていたかのように打ち解けていた。

 仮にこの子が転生した想い人だとすれば悲劇だが、それだけはないだろうとアルールは心のなかで笑う。


 人はしばしば、生まれ変わってもなれないものがあるなどと口にする。

 己を己たらしめる何かがあり、それだけは変えられないと誰もが感じているのだろう。

 たとえ厄介な性質であったとしても、失えば自分が自分でなくなってしまう。


 つまり、自身の欠点を理解し、愛せるようになった時、人は初めて転生した自己を認識できるようになるのだ。


 灰色の雲海を飛びながら想いをめぐらせていたアルールは、ふと不穏な気配を察知した。


「――む」


「どうしたの、兄さま?」


「何かが来るぞ! 気をつけろ、下だ!」


 直後、雲を突き破って三頭の飛竜が現れた。

 野生のものではない。

 なぜならそれらに、ゴーグルと一体化した特殊なかぶとと、黒竜の紋章が刻まれたよろいを装備した兵士たちが騎乗していたからだ。


「竜騎士!? それもイルールの配下だわ! メリン、高度を上げて!」


 ティルトが叫ぶと同時に、青白い飛竜が取り囲んできた。

 うち一頭は急激に速度を上げ、前方の白竜へ迫る。


「まずい、槍を構えた。フウィートル!」


〝ああ、気づいておるわ。こっちは任せろ〟


 アルールの呼びかけに、白竜は思念しねんを送ってよこした。

 彼女は即座に障壁を張り、敵の攻撃を防ぐ。


 無事を確認した直後、左右から投げ槍が飛んできた。

 ティルトは騎竜を操り、急激に角度を変えてこれをかわす。あまりの衝撃に体が飛び出しそうになる。


 〝黄色い稲妻〟の名を冠したメステン・メリンは、その語義どおりの飛行術に長けていた。

 しかしまだ幼い個体ゆえ突然の襲撃に興奮状態となり、乗り手を振り落とさんばかりの勢いだ。これではとても呪文どころではない。


「ぐあああ、頭が割れそうだ!」


 アルールは妹の背にもたれかかり、舌をみそうになりながらも必死に訴える。

 雲からさらに上空へ一気に昇ったため、ひどい頭痛と吐き気におそわれてしまった。


「ちょ、ちょっと兄さま、ここで吐かないでよ! でもどうしよう。竜騎士の戦いは上をとる者が制す。投げ槍には限りがあるけど、盾をも貫く威力があるの。父さまが島を統一できたのも、頭上から槍を降らせる戦術のおかげなのよ」


「とにかく高度を落としてくれ、頼む。陽射しだけでもつらいのに、このままでは死んでしまう」


「んもう、ほんとに軟弱なんだから。下に降りてあげるから、その代わり何とかしてよ」


 どんな屈強な人物だろうと、長きにわたり幽閉されて、いきなりこんな上空へ連れて来られては対応できまい。

 降下とともに徐々に楽になっていくのを感じながら、しつこく追ってくる竜騎士を視界にとらえる。


「やはり戦わずして逃げきるのは無理か。だが彼らは、今は敵だが将来は仲間になるかもしれない相手。なるべく傷つけたくはないが……」


「何を生ぬるいこと言ってるの。奴らは祖国を裏切って敵方についたのよ? 遠慮せずに地上へたたき落としてやればいいんだわ。飛竜に罪はないけれど、乗り手を失えば勝手に逃げていくはず」


 さすがは覇王の娘。各地を放浪しているだけあって覚悟が決まっている。

 アルールはティルトに感心するとともに恐れをいだいた。


 しかし、転生前の価値観を引きずるのは禁物だ。

 土地には土地、時代には時代、世界には世界のことわりがある。異界から持ちこんだ尺度で測ってはならない。


 これまで巡ってきた星々では、早世だったこともあり、同種族と交戦したことはなかった。

 初めて四足獣を殺めたときは、それこそ戻して、罪悪感に打ちひしがれたものだ。


「兄さま、大丈夫? あいつらだいぶ近づいてきた」


「なんとかね。フウィートルとすっかり離れてしまった。さすがに大丈夫だとは思うが、少し心配だ」


「ひとの心配してる場合じゃないでしょ。あの槍はウェルトゥムといって、投擲とうてきに特化しているの。軽いから十本ぐらいは装備してるはず」


 言っているそばから一本がすぐ横をかすめていく。

 稲妻の飛竜は黄色い翼をばたつかせ、ひどくおびえてしまったようだ。

 ティルトはその背をなでながら、優しく語りかける。


「落ち着いて、メステン・メリン。あなたは特別な子。あんな奴らには負けるわけないの」


「『竜気ブレス』は吐けないのか?」


「この子ならできる。でもこんな状況じゃ無理よ。私も剣しか持ってないし……」


「連中の狙いはわたしだ。分散したのは注意をらすためか、あるいはエルスカにも気づいたか……。背に腹は代えられん。飛び降りるから、君はひとまず逃げろ」


「はあ!? 何を言ってるの、兄さま? いくらなんでも無茶苦茶よ!」


「わたしを誰だと思っている。『七番目の息子の七番目の息子』にして転生者のアルールだ。君はすでに、その実力を知っているだろう?」


「でも、兄さま!」


 アルールは目の前の金髪をそっとなでる。

 己が間違っていた。一人ひとり、相手にかける言葉は変えねばならない。


「ティルト。君はじつに勇敢だ。メステン・メリンと共に、もうひとりをやっつけてくれないか? どっちが早いか競争だ」


「……わかった。お願いだから死なないで」


「ふふん、負けないぞ。では、検討を祈る」


 そう言って自ら体勢を崩し、落ちるように飛竜から離脱した。

 風にのまれてきりもみしながら、一気に後方へ吹き飛んでいく。


 前方に青白い二頭が見えた。その狭間の黄色が点となっていく。

 敵兵は慌てて速度を落とし、背後を振り返る。


「【風翼翔ヘドヴァン】!」


 アルールは全身に風をまとい、高速飛行を開始した。

 浮遊とは難易度がはるかに異なり、バランスを失えば簡単に命を落とす危険な呪文だ。

 敵に追いつくや即座に上をとり、風に乗せて声を送る。


「今すぐ止まれ! わが名はグリンドゥールの息子イェイアン。幽閉されし、まことの第七王子なり。簒奪者さんだつしゃイルールに仕えし者ども、まずは耳をかたむけよ!」


 竜騎士たちは返事の代わりに無言で槍を投げてきた。

 しかし勢いは弱く、あっさり風にはじかれて、あらぬ方向へ飛んでいく。


「それが答えか! 愚か者めが!」


 相手は飛竜を操り、絶妙に高度を上げて背後にまわった。

 さすがは精鋭と呼ばれるだけあって人竜一体じんりゅういったい。仲間と連携をとって散開し、ほぼ同時に左右から投擲を仕掛けてきた。


 敵の攻撃に耐える障壁を二枚も張る余裕はない。火の球をやたらめったら発射し、かろうじて迎撃する。

 相手は立て続けに槍を放つが、すべて撃ち落とすことができた。


 しかし膨大な魔力の消費とともに、こめかみに鋭い痛みが走る。

 高度な飛翔ひしょうを維持しながら別の呪文を重ねるのは無理があった。


 敵は投げ槍では無理と判断したか、突撃用の騎槍ランスに持ち替え、その矛先を向けてくる。


 こちらは昇って逃げるわけにはいかない。

 いまだ殺生にためらうアルールは、距離を保ちつつ心変わりの呪文を唱える。


「汝、秋空にまどの葉なり。ひるがえれ、【蠱惑眼ケヴァレズ!】」


 発動と同時に身を反転させて上昇し、輝く瞳で相手をとらえる。

 しかしよほど忠誠心が高いのか、あるいはすでに精神支配を受けているのか、まるで効果がない。

 目がゴーグルに隠れて性別も不明とあらば、はなから望みは薄かった。


 血管が破裂しそうなほどに脈打つのを感じる。頭痛は限界に近く、もはや敵に配慮する余裕はない。


「く……。ゆるせ、わたしはここで立ち止まるわけにはいかないんだ!」


 敵の突進をかわすと、宙で動きを止めて相手に向き直る。

 こんな上空ではいくら手加減したところで命の保証はないが、やられる前にやるしかなかった。


風霊シルフよ、色を抱きしめ、わが前に踊れ。【螺旋流キンウルフ】!」


 両手から解き放たれた突風が激しく渦巻き、乱気流が発生する。

 たちまち二頭の飛竜をのみ込み、残された投げ槍が一斉に宙を舞う。

 ふたりの兵は悲鳴をあげながら吹き飛び、灰色の雲へと突っ込んでいった。


 落ちる速度は万物みな同じ。だがそれは、空気抵抗を無視すればの話。

 お情けで、そこらじゅうに飛び交う風の精霊たちに、遊んでやってくれとお願いする。


「下は森だ、たぶんな。生きていることを祈ろう……」


 あるじを失った二頭の飛竜は、揃って北へと飛んでいく。

 ひょっとしたら鳩のように帰巣本能でもあるのかもしれない。

 おそらく竜騎士の育成よりも、彼らは高くつくだろう。


 爆発音がして振り向けば、遠くに白煙が上がっている。

 どうやらティルトとメステン・メリンも一歩成長したようだ。

 女の子は容赦がないなと苦笑しながら、騎獣の必要性を痛感するアルールであった。

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