第13話 稲妻の飛竜

 ティルトにたたき起こされた者たちも広間に集まってくると、ささやかな朝食会が開かれた。

 食卓には、平民の主食であるライ麦パンにコケモモジャム、ヤギのミルクなどが所狭ところせましと並ぶ。


 話題はもちろんアヴァンクが中心で、ボス討伐の興奮がいまだ冷めやらぬようだ。

 照れくさいアルールは、村人の仕事ぶりに話を逸らす。


 村長の家族いわく、獲った肉の大半は加工されて中央に納められるという。

 だが美味だった尾の煮込みなどは、お偉いさんが食べる機会はないのだと彼らは笑う。


 食事が終わって一行の旅立ちを聞いた村長は、保存食の手配を家族に命じ、たちまち一週間分の準備が整えられた。

 金銭報酬はおとり役の乙女にしか払えない代わりに、大物を仕留めたアルールに貴重な肉を分けてくれたのだ。


 彼は今後も手伝いに来てくれと懇願こんがんし、困り事があれば必ず助けると約束した。

 ボスアヴァンクの背の皮はボロボロで勲章くんしょうにしかならないが、腹周りの毛皮だけで大きな収益になるとご満悦であった。


 やがて村人たちの仕事時間が始まると、一行は感謝と別れを告げ、荷物を背負って湖のほとりへ移動する。

 フウィートルに全員が乗るつもりだったアルールは、ふと疑問に思って妹に尋ねた。


「ティルト、君たちはどうやってこの集落まで来たんだ? 周囲は鬱蒼うっそうとした森だし、歩くのは大変だったろう」


「何を言ってるの、兄さま。私だってカムリの王族よ。自分の飛竜ぐらいいるわ」


「何だって!? 空を飛んで来たのか。それじゃカティナも?」


「いえ、自分はティルトの母方の従姉妹いとこにあたり、竜騎士ではありません。飛竜を使役しえきできるのは、王家と一部の精鋭せいえいだけ。いつもこの子の後ろに乗っています」


「そうだったのか。いいなぁ、わたしも自分の騎竜が欲しいぞ。幽閉中に差し入れてもらった本のなかに、すばらしい挿絵さしえがあったんだ。ただの物語と思っていたが、この国の成り立ちだったのかもしれないな」


 魔術と捜索そうさくに明け暮れていたこともあり、前世ぜんせで魔獣と触れ合う機会には恵まれなかった。

 巡ってきた星々にも騎乗生物は存在したが、最初の価値観が邪魔をして珍妙な姿に見えた。

 やはり竜は群を抜いて美しいのである。


 竜笛を吹き出したティルトをアルールがうらやましそうに眺めていると、フウィートルはからかうように言った。


「なんじゃ、わらわでは不満なのか? 美女にまたがり、寝食を共に過ごしているというのに」


「いや、言い方! あなたは人の姿をしている時間のほうが長いから、気を使うんですよ。わたしが欲しいのは共に戦う魔獣であって、それは仲間とかペットとは少し違う、相棒のような存在なんです」


「ええ、わかりますよ、アルールどの。いつかは自分も騎獣をもちたいです」


 同意するカティナと会話していると、やがて空から稲妻のように黄色い竜が現れた。

 四足と翼の計六をもつフウィートルとは異なり、前肢が翼と一体となっている。

 飛竜と呼ばれるしゅだと思われるが、口は鳥のようにとがり、後頭部は長く丸みを帯び、胴体に対して翼が大きい。


 強風をまき散らして乱暴に地上へ降り立つと、耳をつんざくような甲高いおたけびをあげる。

 見慣れぬ人間に興奮したのか慌ただしく首を動かし、あるじの少女に何かを訴える。


「大丈夫だよ、メステン・メリン。この人は私のお兄さまなの。さあ、お腹すいたでしょう。栄養たっぷりの内臓を貰ってきたよ」


 ティルトは持っていた木桶きおけを横に倒し、アヴァンクのレバーを草むらに落とす。

 すぐに飛竜はがつがつと一心不乱に食べ始めた。白竜とは異なり、かなり動物的な種のようだ。

 その光景に圧倒されたアルールは、妹の力強さに感心した。


「たくましいな。すごい迫力だ。今までどこにいたんだろう?」


「空を飛ぶのが好きで、すぐ雲の上まで行っちゃうの。お城の飛竜は野放しでも平気だけど、この子はまだまだ狩りが苦手みたい」


 あっという間に食べ終えたメステン・メリンは、ティルトへ甘えるように首を伸ばし、頭をなでられる。

 その様子を見て、フウィートルはほがらかに笑った。


「ほっほ、じつにめんこいのぅ」


「でしょでしょ? ちょっと慌てん坊だけど、すごくかわいいの。雲より高い山岳に生息する、とっても珍しい種類なんだから」


「どれ、わらわにもなでさせておくれ」


 そう言って頭部に優しく触れる。

 するとせわしなかった飛竜はピタリとおとなしくなった。

 アルールは二重に驚き、妹に尋ねる。


「だいぶ大きいが、まだ子供なのか?」


「うん、私が卵から育てたの。そうじゃないと人に慣れないのよ。だから、兄さまが自分の飛竜をもつには数年かかるわね」


 思わずがっくりと肩を落としたアルールの腕に、フウィートルが突然、頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「わらわもおいしい肉をくれる者にはなつくぞ!」


「あー、うん、かわいいかわいい……」


 朝から内臓と尾をたらふく食べた二千歳児を、アルールは適当になでてあげた。

 すると、それまで黙っていたエルスカが顔をほころばせた。


「さすがは赤き竜の返り血を浴びた王家のご子息しそく、アルールさまです。あの気まぐれなフウィートルを従えてしまうなんて」


「いや、どう考えてもからかっているだけだ。竜にしろ竜人にしろ、長命種ってのはのんき者が多いようだな。さてと、そろそろ移動したいと思うが、日中では目立たないだろうか。ストラスクライドとやらには、どういう経路で向かうつもりなんだ?」


「ご心配には及びません。本日は雲が多いので、その上空を移動します。監視の多い海は渡らず、東の陸伝いに北を目指しましょう。大丈夫、本日の空は吉兆きっちょう。わたくしの想定どおりなら、きっと上手くいくはずでございます」


迂回うかいするのか。空気とかは平気なのかな? 君たちは平気でも、なにぶんこちらは十四年もこもっていたからな。正直、体力には自信がないんだ……」


「ええ、そうですね、無茶はいたしません。経由する東側は、第一王子グリフィズさまを上王じょうおうと認めるご兄弟の領域。雲を利用するのは一時的ですので、どうかご安心を」


 エルスカをあなどっていたアルールは感心した。どこか抜けているようで、先を見通す能力はさすが竜占い師である。

 返り血とはいえ竜のちからを有するこの体――イェイアンの体調もちゃんと考慮しているようだ。


 はるか以前にも、誰かからこのように世話を焼かれた記憶があるような……。

 懐かしさが込み上げたところで、ふと本来の目的を思い出し、気持ちを切り替える。


「よし、それでは出発だ! 目指すは敵地、ストラスクライド。決闘をしてまわる勇敢な少女とやらを、ひと目おがんでみようではないか」


 マントをひるがえしてアルールが号令すると、フウィートルは人から白竜の姿へとたちまち変化した。

 伝えていたとはいえ、ティルトとカティナもさすがにこれには驚いたようだ。

 稲妻の飛竜メステン・メリンも力量がわかるのか、恐れるように頭を下げる。


〝フハハハ! そうかしこまらんでもよい。わらわは人間どもの争いに興味はないが、エルスカの仲間とあらば協力は惜しまん〟


「た、頼もしいわね。あらためてよろしく、フウィートル」


 ぽかんとしたカティナとは違い、ティルトは竜の言葉が理解できるようだ。

 疑っていたわけではないが、彼女が第七王女ミヴァンウィーであるのは間違いなかった。


 彼女たちはゴーグルを装着し、飛竜のくらに荷物をくくりつける。

 アルールも大荷物を白竜の背に載せようとしたところ、翼で払われてしまった。


「うわっ! 何をするんだ」


〝たわけ! わらわはおぬしの飛竜などではない。おぶってやるのだから、荷物ぐらい自分で背負え〟


「ええ!? この量だぞ? なんとか言ってくれ、エルスカ!」


「アルールさま、これも体力をつけるために必要な、彼女なりの愛のムチでございます。わたくしも応援しますので、どうか頑張ってくださいませ」


「うそだろ! そんなのってないよ〜!」


 どこの世界に、大きな荷物を背負って竜の背にまたがる者がいるというのか。

 やがてフウィートルが陽光のまぶしい空へ舞い上がると、まったく絵にならないシルエットが浮かぶことになった。


 目指すは偽王子イルールが治める王国、ストラスクライド。

 異界を渡り歩く戦士が、長年探し求めてきた少女の片割れであると祈って、アルールはひとり歯を食いしばった。

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