第12話 ある戦士のうわさ

 翌朝、アルールが目覚めると、例によって白竜の抱き枕にされていた。

 妹たちとは別部屋だが、こんな姿を見られたらただではすむまい。

 ため息をついて白い腕からそっと抜け出す。


 広間では、すでに起きていた仲間たちがコップを片手に談笑していた。

 エルスカはこちらを認めるなり席を立ち、椅子いすを引いてくれる。


「おはようございます。今朝は良いお目覚めですか? このお茶は樹皮から煮出したものだそうで、ほんのり甘く、胃の調子を整えてくれるそうです」


「みんなおはよう。昨日はたらふく食べたから、まだ腹が重く感じるな……」


 謎のお茶に口をつけてみれば、たしかに優しくまろやかな味わいで、寝起きにはちょうどいい。

 フウィートルや村長の家族も起きてこないので、四人はこれからについて話し合うことにした。


「ティルトにカティナ、念のため確認だが、君たちはわたしに手を貸してくれるということでいいのかな?」


「もちろんよ。兄さまを長いあいだ監禁かんきんしていたイルールのやつをぶっ飛ばしてやりましょう」


「なんなりと。自分はこのおてんば姫についていくだけでございます」


「ありがとう、とても助かるよ。とはいえ、黒幕は明らかにメルラッキという母親だ。いったいどういう人物なんだ?」


 ティルトの飲みきったコップにお茶を注いでいたエルスカが、その問いに答える。


「メルラッキは白狐しろぎつねを意味し、出自不明の女魔術師です。この島で地位も権力もなかった彼女が、いかにして先王グリンドゥールさまに近づいたかは定かではありません。しかし引き連れてきた仲間――ハイランダーやダークエルフたちを思えば、おおよその出どころはうかがい知れます」


「名前からして、いかにも氷と闇の魔女という感じだな。属性だけで判断する気はないが、どんな勢力なのかは大体わかる」


 アルールにとって属性とは、肉体に宿る火水地風の四大しだいと、心に宿る光と闇の六つである。

 氷や毒などはそこに連なる副次的な要素として解釈していた。

 それらに善悪の区別はなく、あくまで分類上の印に過ぎない。


「この島で大きな影響力をもつ妖精には、大きく分けて二種類ございます。古くからこの地に住んでいたタルイス・テーグと、大陸からやってきたエルフです。ダークエルフは、容姿が異なるもののエルフの一種に過ぎません。人間側も二手に分かれ、これら二種族と手を結んでいます。われわれカムリに連なる者は、前者と協力関係にあるのです」


「ほう。ならば彼らに協力を仰ぐこともできるだろうか?」


「残念ながらそれは難しいでしょう。異民族が押し寄せた際も、彼らは軍事的協力をこばみました。タルイス・テーグとエルフは、それぞれがまったく異なる神々に仕える最上位の妖精族。人間のために直接介入することはまずありません。しかしダークエルフは同族内で争いがあるため、その限りではないのです」


 妖精の世界も一枚岩ではないようだ。

 敵の勢力を考えれば、現状の五人でどうにかなるとも思えない。


「ティルト、わたしたちの親族に、誰か仲間なってくれる者はいないだろうか?」


「権力に興味があっても、現状の兄さまに手を貸してくれる者はいないと思うわ。親族といっても政略結婚の産物だし、なにより私と兄さまの母さまはおめかけだもん。父さまが亡くなって以来、絶縁状態の姉さまもいるの」


「わたしには双子の妹がいるとのことだが……」


「ごめんなさい。その人について、私は何も聞いてないわ。だって兄さまのこともちゃんと知らなかったぐらいだから。イルールの妹とされる第六王女がいるそうだけど、一度も会った記憶はないわね」


 アルールは頭を抱えた。

 王家が分裂している以上、末弟まっていが入れ替わったところで、ほかの兄弟姉妹が気にする状況ではないらしい。

 むしろ先王の遺言が有効な本物であるほうが、かえって都合が悪い。

 つまるところ、すべてが敵なのである。


 会話が途切れ、皆で静かにお茶を味わっていると、出し抜けにカティナが口を開いた。


「そういえば、近ごろあるうわさを耳にしました。ストラスクライドに、謎の戦士がやってきたというのです。少女の身でありながら巨大な砲剣ほうけんを振りまわし、強い相手を見つけては決闘を申し込んでいるそうです」


「なんだそりゃ? また随分と剛毅ごうきな子だなぁ」


「なんでも、転生して異世界を渡り歩く、最強の戦士と豪語しているようなのです」


「転生だって??」


 アルールが目を丸くすると、ティルトはさもおかしそうにからからと笑った。


「聞いた聞いた。まったく、妄想もはなはだしいよね〜。しかも自分で最強と言っちゃうとかマジウケる! 兄さまはどう思う? 笑っちゃうでしょ。転生戦士って、子供じゃないんだから〜」


「こら! なんですか、その口の利き方は! 仮にもプリンセスなんですから、レディらしく振る舞いなさい」


「あたっ、何するのよ〜」


 従者にピシャリとひざを打たれた妹に、アルールは引きつった笑みを浮かべる。


「お、おう……。世のなかにはいろんな人がいて、じつに面白いな」


「だよねぇ〜」


 ――自分以外に転生者が?

 アルールは眉間みけんに指を添えてうつむいた。


 よくよく考えれば当たり前の話だ。

 なにも自分だけが特別な存在とうぬぼれていたわけではない。

 むしろそれを求めてさまよっていたのだが、この状況でそんな話が飛び出るとはまるで思いもしなかったのだ。

 そしてひょっとしたらその相手は……。


「いかがなさいました?」とカティナは不思議そうな顔をした。


「う、うむ。その人物が協力してくれるかもしれないという話だったな」


「ええ、そのとおりです。百戦錬磨ひゃくせんれんまだそうで、敵方てきがたも面白がっているようなのです。このまま勝ち続ければ王宮で登用する話もあるそうですが、そこをアルールどのが打ち勝てば、仲間になってくれるかもしれません。あくまで推測ですが」


「ふむ。ところで砲剣とはなんだ? なんとなく想像はつくが、この世界にそんな技術があるのか」


「火薬を仕込んだ大剣のようです。精霊力の強い方には不要な物に思えますが、特に優れた技術ではないかと。でも、珍しいことには変わりありません」


 どうやら魔法と科学が共存した世界のようだ。

 魔術にはそれなりの自信があり、兵士や巨獣を難なく倒したアルールだが、そんな物があるとなればだいぶ話が変わってくる。


「相変わらず、知るべきことがいっぱいだな。失われた十四年間はあまりにも大きい。その人物にはぜひとも会いたいが、命あっての物種ものだね。敵の本拠地にいきなり乗り込むのは、さすがに無茶が過ぎないだろうか。おそらく敵は、わたしが逃亡したのもつかんでいると思われるし……」


 ようやく抜け出した場所に逆戻りはごめんである。事は慎重に進めなければならない。


 アルールの頭を渦巻いていたのは、探し求める少女のひとり、最初の人生でよく行動を共にした幼馴染だった。

 長い黒髪で活発だった彼女は、病弱だった自分を守ってくれる心強い存在でもあった。


 もしあの子が自身と同様に転生の旅を続けていたら、くだんの人物のような生き方はしょうに合っているのではないか。

 本人かどうかはさておき、いちど確かめねばなるまい。


 会いたい気持ちと幽閉の地を避けたい感情の狭間で揺れていると、ティルトは自信満々で言い放った。


「大丈夫! 私は変装が得意なの。それにバレたって何とか乗り切れるわ。一応、イルールとメルラッキには会ったことがあるし、そうそう手出しはできないはずよ。私に何かあったら、六人の兄さまたちが絶対に許さないもの」


「頼もしい。もし君が第七王子だったとしたら、あっという間に解決しそうだな」


「ううん、それだったら私が困っていただけ。私がこんな生活を許されているのも、権力だの支配だの、難しい話には興味がないからよ。人には人の役割があるってグリフィズ兄さまが言ってたわ。だから私、アルール兄さまを全力で助ける。それが自分の正義だって思うから」


 なんともまあ、勇者のような少女だとアルールは思った。

 年相応の未熟さはあるが、現状を把握して人を見極める洞察力のみならず、勇気と優しさを併せもっている。


 なによりもこの無鉄砲さが、〝十四歳の呪い〟を回避するため慎重に生きてきた己に、長らく欠けていた要素ではないか。


「わかった、ティルト。その人物に会ってみようと思う。カティナも貴重な情報をありがとう。しかし君たちを危険な目に遭わせたくはない。巻き込んでおいてなんだが、くれぐれも慎重に行動しよう」


「決まりね。よし、それじゃあさっそく行動開始よ。とりあえずみんなを起こしてくる!」


 ティルトは残ったお茶を一息に飲み干すと、すっくと立ち上がって奥の部屋へバタバタと走っていく。

 頼もしい小さな背を眺めながら、変装が得意というのはおそらく真実ではない、と思う兄であった。

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