第6話 王子の自覚

 アルールはたっぷりと湯船にかり、肉体に宿る魔力がようやく全快した。

 体を拭いていると、着ていたボロ服が別物にすり替わっていると気づく。


 ずいぶんと立派な生地だ。肌触りはベルベットのようになめらかで、邪魔にならない程度の飾りつけが施されている。

 なによりも黒と紫の色合いがじつに魔法使いとしてふさわしく、興奮に震えて歓喜した。


 さっそく袖を通し、エルスカの名を叫びながら広間へ駆け戻ると――。


「わあ……とてもお似合いです、アルールさま。どうやらサイズはピッタリなようですね」


馬子まごにも衣装じゃのう。なかなかさまになっているではないか」


 竜人の娘は手をたたいて喜び、人に化けた白竜は腕を組んでうなずいた。

 興奮冷めやらぬアルールは両腕を天に突き出し、全身で感情を表現する。


「気に入った! すばらしい贈り物だ。感謝するぞ、ふたりとも!」


「まあ、そんなに喜んでいただけるなんて。とても愛らしく、わたくしも胸がいっぱいでございます」


「そうじゃのう、じつにかわゆいのう」


「……かっこいいではなくて? ひょっとして、単語を取り違えて覚えていたか」


「いいえ、合っていますよ。とっても男の子らしい出で立ちでございます」


「うむ、これで乳飲ちのは卒業じゃのう」


 これまで長命種と接したことがなかったアルールは複雑な気持ちになった。

 嫌味を感じないエルスカに対し、フウィートルは明らかにわかっていて小馬鹿にしている節がある。

 そこで咳払せきばらいをひとつして、言いたいことは言っておくことにした。


「白き竜よ。昨夜、エルスカには申したとおり、わたしは転生者である。魂のよわいはじつに二百を超えている。星によって一日の基準は異なるし、わたしのほうが長く生きているかもしれないではないか」


「ほう。どれほどの転生を重ねたかは知らぬが、わらわは二千歳であるぞ。服ひとつで舞い上がってしまう小僧にかわいいと言って、なにか不都合があろうか?」


「くっ。そもそも十五とあらば、この世界においては充分に大人ではないのか。あまりわたしをからかうでない!」


 成人を経験したことのないアルールは、たしかに精神的未熟さを自覚してはいた。

 だが、延々と続く子供時代とは決別し、いい加減、一人前として認められたかったのだ。


 それに対しフウィートルは、心を見透かすようなほほ笑みをたたえて言った。


「わかったわかった、転生者アルールよ。しかしその服を着た以上、第七王子イェイアンとしての自覚がなくてはならぬ。おぬしを陰から守り、支え、散っていった者たちへの感謝の念はあるか。負うべき責務を果たすべく、これから先、長き道のりを超える必要があるぞ」


「む……。わたしはただ魔術を追い求める平凡な存在に過ぎないが、『七番目の息子の七番目の息子』でしか見えないいただきもあるだろう。まだまだ知るべきことは多く、こちらが正義なのかすらわからない。しかし命を助けられた身として、最大限、恩義に報いる腹づもりである」


 あらためて決意を表明したアルールに、フウィートルは満足そうにうなずく。

 黙ってやり取りを見守っていたエルスカは、椅子いすを引いて座るように促した。


「さて、さっそくいろいろと話し合うことがございます。何はともあれ、まずは仲間を集めなければなりません。わたくしは偽王子イルールの母メルラッキに追放されて以来、各地を転々とし、最終的にここへとたどり着きました。その間、同族からは距離をおき、手を貸してくれる方は無きに等しくございます。ですが、すでに目星はつけてあるのです」


「ほう……。君はなかなかしたたかだな。それにしてもルールとは、いかにもわたしのまがい者のようで気に食わん。まずは敵の情報から教えてもらいたい」


「はい。現在、イルール率いるストラスクライドは、他国と同盟を結ばずに孤立しています。しかし、かつての衛星国や支配の届かなかった北方民族、及び闇の妖精や魔族の残党と手を結び、着実に力をつけているのです」


 尋ねたアルールは頭を抱えた。現状たったの三人で挑む相手として、敵方はあまりにも強大すぎやしないかと。


「念のため聞いておくが、魔族の残党とは……?」


「かつてこの島は、魔皇帝と呼ばれる存在に支配を許しています。とうに撤退してはいますが、派遣された軍団の末裔まつえいが今も残るとされているのです。とはいえ敵地ストラスクライドを組織的に守るのは、北方の人間族ハイランダーや妖精のダークエルフなど、ごく一部に限られます」


「そっかぁ、一つひとつ片付けていこっかぁー……」


「はい、必ず勝機はございます!」


 その自信がどこから来るのかは不明だが、穏やかそうな竜人の娘は力強く拳を握った。


「……それで、味方になってくれそうな人物とは?」


「あなたさまの姉妹でございます。七人の王子には、上に五人の姉、下にふたりの妹がいらしゃいます。じつはあなたさまは双子なのですよ」


 もはや情報量――イェイアン王子の設定がてんこ盛りで、とても処理しきれそうになかった。

 静かに目頭めがしらを押さえるアルールをよそに、エルスカは話を続ける。


「そのなかで第七王女、異母妹のミヴァンウィーさまなら手掛かりをつかめているのです。彼女は地位に興味がなく、お目付けの騎士を従え、世直しの旅をしていらっしゃいます。人々から愛され、兄弟姉妹もおいそれと手を出せない稀有けうな方だそうです。そんな彼女が、近ごろこの近くに現れたと、風のうわさで耳にしたのです」


「随分と自由な子だな。おてんば姫ってやつか……。しかし、はたして協力してくれるかな? おそらく権力争いをきらって野に下ったのであろうに」


「正義感にあふれるお方とうかがっております。きっとあなたさまの境遇に同情してくださるに違いありません」


「だといいのだが。ところで、王子が入れ替わっている事実は周知されているのだろうか? 兄弟は何をしているんだ」


「第一王子のグリフィズさまは聡明なお方です。お気づきになられていると思われますが、情報が行き届いているかは定かではありません。なによりメルラッキはとうに地盤を固め、容易に攻められないようにしています。介入を期待するのは時すでに遅しかと……」


「そんな場所におもむこうとしているのか」


「……はい」


 口について出た言葉にエルスカがうなだれる。

 フウィートルは何も言わずに頬杖ほおづえをつき、こちらの様子を眺めていた。


 ――この竜、また試しているな。


 目が合ったアルールは内心いらだち、気づいた時には音をたてて立ち上がっていた。


「面白い! これまでの転生でつちかった魔術を試す絶好の機会だ。偽王子イルールとその母メルラッキを打ち倒し、ストラスクライドをわが手中に収めるぞ!」


「は、はい! お供いたします!」


 竜人の娘もつられて立ち上がる。白竜はその流れには加わらず、淡々と尋ねた。


「それで、その娘はどこにおるのじゃ?」


「ここより南に、シン・シオンという地がございます。鳥たちによれば、ミヴァンウィーさまは、そこに巣食う怪物を退治するおつもりだとか。女性をおとりにして狩りをするのですが、毎年この時期になると、集落で勇敢な方を募集するのです」


「なんと! 乙女をおとりにするなど言語道断! 待っていろ、わが妹よ。必ずや助け出す! 今すぐ行くぞ、エルスカ、フウィートル。余に付いてまいれ!」


 アルールは右手を横に一閃して叫ぶ。

 すばらしい衣装を手にいれ、魔力が完全に回復した今、復讐ふくしゅうに燃える悲劇の第七王子を演じるスイッチが入った。

 己を十四年ものあいだ幽閉し、恩人を苦しめてきた母子に対する怒りがふつふつと湧き上がる。


 するとその熱い想いが伝わったのか、フウィートルもすっくと立ち上がった。


「あいわかった、第七王子イェイアン――いや、転生者アルールよ。わが背に乗るがよい。今すぐシン・シオンに、なんじの妹のもとへと連れていってやろう!」


「恩にきるぞ、偉大なる白竜よ!」


 前に進み出た彼女はこちらに背を向け、腰に手をまわしてひざまずく。

 アルールは輪っかに足を入れると、まんまと竜のたくらみにはまり、赤子のようにおぶられてしまった。


「やーい、引っかかった、引っかかった♪」


「あはは、かわいいです」


「何をする! 降ろせ〜!」


 ……アルールの苦難は、まだまだ始まったばかりだ。

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