第4話 己を知る時

 アルールはエルスカに問うた。

 現在の器となっているイェイアンという人物が何者なのかを。


 少女――と呼んでいいものか、二百年近くの時を生きる竜人の娘は静かにうなずき、「あなたさまは前カムリ王国の七男です」と前置きをしてから、ゆっくり語り始めた。


「現在いらっしゃるこの地は、ブロード大陸の西方に位置する島国、アルビオンです。近隣の大陸から複数の他民族が流入した結果、島は大きく七つの王国に分かれ、多数の衛星国と共に領土を争っていました」


 流麗りゅうれいな語り口に合わせ、脳内で地図を思いえがく。遠い昔に憧れた土地と、どこか似ている気がした。


「今より三十年ほど前、山岳の小国家が飛竜を用いる戦法を確立し、またたく間に島西部の地――カムリをまとめ上げました。それからわずか十五年足らずで、今度は島の大半を統一しました。それがあなたさまの父、グリンドゥールさまにございます」


「ほう、竜を支配する国家なのか」


「竜といってもさまざまで、なかでも飛竜は動物的な種族。とても人間と共生できるような存在ではありません。小国家の七男に過ぎなかったグリンドゥールさまは、とある竜人を助けたことで、飛竜を使役するすべを学んだのです」


「なるほど、やはり父も七男なのだな」


「左様にございます。そして『七番目の息子の七番目の息子』とは、生まれながらにして優れた魔術の才がある、いわば魔道における神童。二代続けて、あいだに女児をはさまずに男児が七人続いた場合にのみ該当がいとうします」


「そりゃまたすごい。いったいどんな確率だ」


「グリンドゥールさまは、この存在がやがて必ずや覇を唱えるとの予言をおきになり、『自らの死後、すべての権力を第七王子にたくす』と宣言されました」


 アルールは、ひょっとしたら父王が自分を幽閉したのではないかと考えていた。

 となれば兄弟かと思うも、それは即座に否定される。


「王には複数のおきさきがおいでになり、彼女たちとのあいだに七男七女をもうけられました。どなたが七男を産むかは、その背後に連なる家系にとっても重要な意味をなしたのです。それゆえ、本物の七男であるイェイアンさまは生まれてすぐに幽閉され、偽の王子がすり替わることとなったのでございます」


「なんともまあ……」


 実情を理解するとともに、驚きあきれた。

 これはひどい転生事故だ。ようやく十五歳になれたものの、いきなり濃密すぎる。

 眉間みけんに指をそえるアルールをよそに、エルスカは話を続けた。


「魔術の才能は、生まれついての素質に加え、十四歳までの生活が大きく影響するとされています。ですからわたくしたちは、陛下が十五歳になれば監視の目がゆるくなると見込んでおりました。しかし最近になって殺害計画をつかみ、単独での救出を試みました」


「たち? 君とフウィートルのほかに仲間がいるのか?」


「はい。じつはあなたさまのお父上が助けた相手こそが、わたくしの父、グリシアルなのです。かつては竜人族マドライグの王でしたが、人と竜の双方に敗れ、山奥に潜んでいました。父もまた、人間の王家と結びつきを強めることで、王に返り咲こうとしていたのです」


「……背後関係がずいぶんドロドロしているな」


 アルールはとうとう頭を抱える。

 これまで他者の利用を目論もくろむ者たちと関わったことはない。

 命の恩人がそのひとりとは考えたくもなかった。


「わが父は、すべての王子に自らの子を補佐役につけると約束をしました。末娘の自分は、やがて生まれてくるイェイアンさまにお仕えする予定でした。ですが、グリンドゥールさまが側室そくしつに暗殺され、『七番目の息子の七番目の息子』が入れ替わる事態となりました。そしてわたくしは追われ、父も行方ゆくえ知れずとなり、計画は破綻はたんしたのです」


「殺された? そういえば最初に、前王国と言っていたな……」


「はい。現在のアルビオンは、各王子をたてて再び七つに分裂しました。政略結婚により各地とのつながりが深かったためです。反発心の強かった国を後ろ盾とする一部の王子と、にせの第七王子を除く勢力は、第一王子グリフィズさまを上王じょうおうとして連携しています」


「なんだ。全部が全部、血みどろに争っているわけではないのか」


「先のいくさからまだ年月が浅いため、表立っては、というだけでございます。強大な前王国が分裂したことで、吸収されたかつての衛星国も離脱の動きをみせています。ですからアルールさま……」


 エルスカは急に声のトーンを下げる。第七王子として生まれてしまった少年は、とても嫌な予感がした。


「どうかお願いでございます。偽王子イルールとその母メルラッキを打ち倒して王位を奪還し、お力を示してすべての王子を従え、戦乱にまみれたこの島に平和をもたらしてください!」


「無理無理無理! 求められる終着点が遠すぎる! エルスカ、すまないがわたしは、ある少女の魂を求めて転生を続ける、平凡な存在に過ぎないのだ。そのために魔術の才を磨き、進むは魔道、ただひとつ。王位だの権力争いなどには興味がないんだよ」


「いいえ、陛下。ならばなおさら、この島の支配を取り戻すべきでございます。各地には王子たちを守護する竜王が存在し、それぞれが偉大なる魔法の知識を有しています。きっと転生の旅にも役立つことでしょう」


「話を広げないで! スケールがデカすぎるよー!」


 永遠の十四歳であったアルールは、長い時をさまよってきたにもかかわらず、一度も成人を経験していない。

 一気に押し寄せてきた大人の責任に押しつぶされ、子供のように叫んだ。


 一方のエルスカは席を立つと、歩み寄りながら胸に手を添え力強く訴える。


「陛下。密命を受けたわたくしは、予言どおりにあなたさまが誕生するのを心待ちにしておりました。幽閉されてひもじい思いをされていることも存じておりました。計画が破綻してからも、ずっと救出の機会をうかがっておりました。ですから、わかるでしょう? アルールさまはわたくしのすべてなのです!」


 長い時を生きる竜人の娘はとうとうこちらにすがりつき、涙を流して胸に顔をうずめてしまった。


 アルールは困惑する。

 自分が最初に転生してからいだき続けた熱い想いと同様に、彼女はずっと現世げんせの己を待ち続けていたのだ。

 魂こそ年下だが、肉体ははるかに年上。複雑な感情が入り乱れ、どうすればよいのかわからなくなった。


 ふと、いつだったか、自分が追い求める想い人が同じように泣きついてきた記憶がよみがえる。

 しかし、幽閉から救い出してくれた人物があの少女などと、そんな都合の良い話があるはずもない。

 だいぶ事情は異なれど、似たもの同士が引き寄せられた結果だと考えを改め、恩義に応える決意をした。


「よくわかった、エルスカ。どうかおもてを上げておくれ。たしかに君の言うとおり、竜王とやらの魔術はとても魅力的だ。

 しかし何より、身命しんめいしてわたしを救い出してくれた君の願いとあらば、応じないわけにはいかない。どこまでやれるか自信はないが、やれるとこまでやってみるよ」


 そっと背中をなでてやると、竜人の娘は泣きはらした顔を上げた。

 やはりまだ大人にはなりきれていない少女の面影。

 マドライグとやらがどれほど長命なのかは不明だが、白竜に子供扱いされていたように、この世界においてはまだまだ未熟であるようだ。


 エルスカは涙を拭いて立ち上がると、声を震わせながら静かに言葉をつむぐ。


「取り乱してしまい、まことに申し訳ございません、アルールさま」


「いや、よく頑張った。あらためて感謝する。助けてくれて本当にありがとう」


「もったいないお言葉です、陛下。今宵こよいはわたくしにとってもたいへん緊張感のある任務でございました。ですから、今日はもう休ませていただこうと思います。フウィートルが守ってくれていますので、どうかアルールさまも安心してお眠りください」


 エルスカは最後に簡単な間取りを説明すると、疲れたようにほおへ手を添えて言った。


「それでは、わたくしは先に横にならせていただきますね。おやすみなさいませ」


「ああ、おやすみ」


 残されたアルールは情報の山を整理しながら、しばらくのあいだほうけていた。

 よこしまな陰謀による幽閉が、図らずも〝十四歳の呪い〟を打破する鍵となるとは、じつに数奇な運命である。


 あやうく感謝しそうになるが、敵がみすみす脱走を見逃すとは思えない。

 すぐに追っ手が差し向けられ、命を狙われる羽目になるだろう。

 考えることは多いが、今はそれ以上に頭がはたらきそうになかった。


 音をたてないよう気をつけながら、皿を水の張られたおけひたし、泡の出る枝を使って歯を磨く。

 風呂場もあるようだが、さすがに疲労がまさってしまった。


 教えられた寝床におもむくと、意外にもベッドがふたつある。

 静かに寝入るエルスカを見つめてから燭台しょくだいの火を吹き消し、空いたほうに潜り込む。


 ゆっくりと呼吸をすると、なんだかいい匂いがした。

 以前どこかで嗅いだことがあるような。そう遠くない昔、いやついさっき……。


 魂がどんなに長い時を生きようと、肉体はわずか十五歳。

 おまけに体力は極限までそがれている。まどろみ、意識が薄れるまで、そう長くはかからなかった。

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