没落貴族の悪役令嬢ですが、騎士の溺愛(と転売)で幸せになります!

かのん

01.転生したら悪役令嬢の取り巻きで、没落貴族令嬢のモブでした。

水もしたたる良い男、という言葉がある。

目の前でずぶ濡れになっているヒロインは、それを連想させた。


中世特有の石畳の道に、空のバケツが転がっている。

それは赤い屋根から落下し、彼女を直撃するという役目を終えていた。


「あーっはっはっは!良い気味ね!」


バケツに足を乗せて高らかに笑うのは、悪役令嬢の私……ではない。


「あいつのドレスが台無しですね、レイナ様!」

「これで夜会には参加できませんわ、レイナ様!」


ヒロインの好敵手ライバル、レイナだ。

金髪の巻き毛、深紅のドレス、美しいが性悪そう……じゃなくて、きつめの顔。

レイナは私にちらりと視線を寄こした。私は慌てて声を出す。


「さ、さすがです、レイナ様!」


私は生前にプレイしていた、乙女ゲームの世界に転生していた。

名前はアリス・ド・ブローニュ。本編では『取り巻きC』と記載されていた。

レイナを取り巻くモブで、ヒロインをいじめるシーン以外に出番は無い。


でも、この貴族令嬢は深刻な問題を抱えていた。

ゲームで取り上げられなかったから、知る由も無かったが。



去って行くヒロインの背中を見ながら、レイナは満足そうに呟いた。


「ふふ。あいつがいなければ、王子はあたしの物ね」


彼女が馬車に乗り込むと、嬉しそうに取り巻き達が叫ぶ。


「今日こそ成功できますね!」

「あの濡れ鼠には隣の国のバカ王子がお似合いです!」


彼女達ははしゃぎながら、馬車に乗り込む。

それを眺めていたら、レイナが目で急かしてきた。


「あの、私はちょっと」

「は?どういうこと?」

「用事があるので夜会には行けません。じゃ!」


ヒロインと反対方向へ走り去る。

風に乗って、彼女たちの噂話が耳に入って来た。


「参加費が払えないのでは?」

「前々々々々回と同じドレスでしたわ。あのブローニュ家も、今はすっかり……」




家に戻ると、メイドのクロエが出迎えてくれた。

紫色の落ち着いた目には、ぜえぜえと息を切らしている私がいる。


「アリス様、どうされました?馬車は……」

「行きだけで帰らせた。うちにそんなお金ないでしょ」


玄関を抜けて廊下を歩いていくと、クロエは無言で付いてくる。

長い廊下には、世界各国の調度品コレクションが所狭しと飾られている。


「まるで美術館ね」


ため息まじりに吐き捨てた。これらが我が家の没落の原因でもあるからだ。

その内の一つ、壁にかけられた絵画を見て、私は足を止めた。


描かれているのは、湖畔に浮かぶ日の出。前期印象派の作品だろう。

前世で学芸員をしていた私だが、気になったのは絵の内容ではない。


「これが100万マネー?」


絵に貼られたポストイットを、私は指さした。


「はい。今朝エノー伯爵がお見えになり、その金額でお譲りいただきたいと」

「この画家、初期の絵は出回ってない。もっと価値があるわ。200万マネーで、他を当たってもらえる?」

「さすがの審美眼です、アリス様。しかし……」


クロエは長いまつ毛を伏せ、静かに言った。


「それでは今月の支払いに間に合いません」

「え、あの鹿の剥製が売れたんじゃなかった?」

「……持参金になるんです」

「持参金?誰か結婚するの?」


ブローニュ家には4人の姉妹がいる。

アリスは3人目、ちょうど真ん中だ。


「あれ。姉さんたちはもう嫁いだよね」

「非常に申し上げにくいのですが……」

「え、うそ。まじで?」


小さな封筒が、私の前に差し出された。

紋章から、差出人が隣国の王族だと分かる。


恐る恐る中を開く。

そこには婚約成立の旨が、淡々と書かれていた。


「あの色ボケ王子と結婚させられるの!?」

「大丈夫です。『男性器に足が生えているだけ』と噂ですが、きっと長所が……」

「ねえよ」


隣国の王子はゲーム本編でも出てくる。ヒロインの国を攻撃してくる描写が多い。

承認欲求、性欲、闘争心。男の悪いとこを全て煮詰めたような奴だ。

ふと私は、ある疑問が思い浮かんだ。


「女癖が悪いのに、どうして身を固める気になったんだろ?」


クロエは首を振った。分からないという意だろう。

次の瞬間、ドアがドンドンと叩かれた。仕立て屋の怒鳴り声が聞こえる。


「アリス様、少し失礼します。今月の請求でしょう」


玄関へ向かうクロエの姿は、私に拒否権がないことを知らしめるのに充分だった―

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